Monthly Archives: 7月 2015

山口対安倍の党首討論こそ聴いてみたい

日本の外交・安全保障に関する問題を、新聞記者として、政治家として、そして一市民として、40年あまりも追い続けていると、このところの安保法制にまつわる論議はひときわ感慨深い。そのうちの一つが中道政党への理解を得ることの難しさだ。いわゆる左の勢力からは、かねて保守の補完的存在として位置づけられ、右からは手かせ足かせになる厄介な存在として、公明党はうとましい政党とされてきた。今回も政権の内側にあって、安倍・自民党の嫌がる歯止め策を講じてきているはずなのだが、自公ともに大人の作法に徹しているのだろう、それが表に出てきていない。ということが、結果として今回の問題をより分かりにくくしているというのが私の見立てだ。「集団的自衛権の行使を限定的に認めても、それは憲法9条の枠内に収まるもの」だということを巡っての論議は、去年の閣議決定に至るまでの自公の協議の中にすべて出尽くしているはず。それを露わに出来ずに反対勢力がいくら自公政権を批判しても、包装の出来具合をあげつらってるだけで、中身の収まり方を無視しているようなものだ。同時に与党の側も国民に、あるいは支持者にわかりやすく説明をするといっても、ここを封印したままでは、あまり実効あるものとは言えないのではないか▼元内閣官房副長官補で防衛省幹部だった柳沢協二氏から、七月初めに二冊の本が送られてきた。一冊は『新安保法制は日本をどこに導くか』という小冊子で、もう一冊は、『新・自衛隊論』という名の新書である。これらと、以前に送って貰った『日米安保と自衛隊』という遠藤誠治氏責任編集になる本を共々に合わせ読んだ。かつて公明党が自衛隊の存在を巡って、「違憲の疑いがある」といっていた頃に、親しくお付き合いをした、懐かしいジャーナリストの前田哲男さんや、紛争処理屋としての実体験をしばしば聴かせて貰った伊勢崎賢治東京外大教授らが登場する本で、なかなか読みごたえがある。このうち、小冊子で、私が注目したのは、安倍政権に対抗する力をつけていくうえで大事なことは、「護憲派が戦争のことをリアルに語ること」であり、「防衛戦略を持つ護憲派になっていくこと」の二つを挙げて、締めくくっている点である。言い換えれば、彼がこのところ付き合っている「護憲派」が、戦争を机上で語るだけで、防衛戦略を持っていないことを痛感してるのに違いない。恐らくは彼らを啓蒙することに、新たな生きがいを燃やしておられるものとお見うけする▼その柳澤氏はもう一方で「自衛隊を活かす:21世紀の憲法と防衛を考える会」(略称「自衛隊を活かす会」)の代表としての仕事に余念がないようだ。去年の6月に発足して以来、元幹部自衛官や安全保障論の専門家と議論を重ね、日本防衛と国際貢献という二つの分野での自衛隊の役割を明確にする試みに取り組んできているという。『新・自衛隊論』にはその会の構成メンバーによる議論の中身が明らかにされるとともに、巻末に「変貌する安全保障環境における『専守防衛』と自衛隊の役割」という「提言」が収録されている。柳沢さんは相当にこの提言に入れ込んでいる風がうかがえて興味深い。私としては文字通り固唾をのみつつ熟読したが、覚醒させられることはあまりなかった。⓵21世紀はどういう時代か⓶日本防衛のあり方⓷国際秩序に対する日本の貢献⓸日米同盟における日本の立ち位置ーの4つのパートに分けて、その認識が示されている。それぞれ評価してみよう。⓵では、「米国の覇権の終わりと国際テロの広がり」という変貌する世界情勢の中で、日本は相も変らぬ冷戦時代の思考で対処しようとしていると、批判の矛先を向けたうえで、⓶では、相手国が攻めてきた場合にのみ、しかも外交で解決しない場合にのみ、相手国の侵入を阻止するためだけに武力を行使する、としてそれこそ日本の持つべき力としての「専守防衛」が強調されているだけ。⓷でも、武力の行使以外の別の道を考えることが求められているというだけで、民間におけるNGOの活躍が提示されていても、具体的な自衛隊の活かし方には殆ど触れられていない。さらに、⓸では日本は日本としての立場を確立し、アメリカとの間で戦略的な議論を闘わせることを指摘するといった平凡なことに終わっている▼これを読んでいて私は、公明党が約40年前に世に問うた『領域保全力構想』を思い出した。領土・領海・領空の領域を保全するために、日本列島の水際で、敵の攻撃を防御するときにのみ武力は行使されるべきだというものである。「合憲の自衛隊像」を描いたものとして当時は注目された。今回の安保法制における、日本防衛のイメージは、公明党のかねての構想にいう水際が少し外縁に伸び、領域概念が拡大した感は否めない。このあたりの説明はもっとなされていいだろう。また、柳沢さんらに問いたいのは、「非戦のブランド」を守ることが必要だといいつつ、いくつかの場所で武力行使の必要性にも触れていることだ。「(武力行使について)そこまでは否定しませんが」というのでは、「非戦のブランド」が泣く。それなら「不戦」とするべきである。よもや「非戦」は比喩に過ぎぬ、とは言わせない。ともあれ、参議院での野党の安保法制批判が実のあるものになることに期待したい。尤も、野党議員の質問力に期待するよりも、憲法学者対国際政治学者の学者論戦やら、朝日新聞社対読売新聞社のメディア対決の方が面白いかもしれない。しかし、それよりも山口那津男公明党代表と安倍晋三首相の安保法制を巡る党首討論こそ聴いてみたい。去年の両党間の協議録も公開してもらいたいが、それが無理だというなら党首討論か、特別委員会での両氏の対決でもいい。自公両党の主張は、どこがどう違っていたか、違っていた主張をどういう過程を経て合意形成に持ち込んだのか、はっきりさせてこそ真に成熟した連立政権といえるのではないか。そして、それがなされれば、一気に国民の安保法制理解は進むと確信する。(2015・7・31)

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一日五回の感動と笑いで健康長寿をゲット

このところ朝起きるのが楽しみだ。早朝のランニングをして、仕事に出かけるという、いわゆる今日用(教養ではなく、今日用事があること)と今日行(教育ではなく、今日行くところがあること)に満たされているということだからではない。一日に五回感動して、五回笑おうという自らに課したテーマが起き抜けに証明されるからだ。床についてから目を覚ますまで一度もトイレに行かずにいた、なんて朝イチバンの感動だ(70歳ともなろうとすると、どうしても、ね)。今朝なんてホッとするやら喜ぶやら大変だった。手術するしかないね、といわれてたのが、夢の中のことと分かって。しかもその医者たるや、まったくその世界と関係のない友人だった。ひとしきりベッドの中で一人笑った。こうした寝起きから寝床につくまでの感動メモをノートに記すってことは、やがて大きな体験に繋がるに違いない▼こうしたことをするようになったのは、言わずと知れた笑医塾塾長の高柳和江女史の強い影響による。これまでもしばしば書いてきたように彼女は私の高校の同窓生。『笑いが命を洗います』ってタイトルの電子書籍も、一緒に昨年出版した。心から尊敬する偉大な医師だ。その彼女がまたしてもすごい本を書いた。『笑医力』だ。びっくりするほど健康になるという副題つき。「読書感想文書いてね」って彼女が言うので、「違うよ。読書録なら書くよ」と、小さな反発をしてから数か月が経ってしまった。ありきたりの書評はいやだと思ってるうちに、毎日の笑いと感動をメモってると、日々の充実とはこういうことかと思うようになったのである▼朝のトイレチェックの感動を皮切りに、ある一日の5つを紹介しよう。二つ目は、長い間行方を捜していた書類が書斎を整理しているうちに突然出てきた。これは嬉しかった。三つめ。坊勢島に魚を食べに行こうと言っていた友人が、胃の調子が突然におかしいので医者に行くと言い出してキャンセルになってしまった。既に胃の大半をなくしている男だけに心配だった。だが、検査結果は大丈夫だったとの電話があり、わがことのように喜べた。四つ目。新聞を読んでると、近所の市場の菓子屋さんの店主(姫路市新在家の橘屋)がミラノ万博に出品するという。日本文化の世界への発信に繋がる慶事だけに喜んだ。最後は、安保法制をめぐって、「集団的自衛権」の賛否が民主党や維新の党内で分かれているという記事を発見したこと。これは夜の政治向きの会合で話すネタが出来た、とちょっぴり嬉しくなった▼こういう風に感動はそれなりにするものだが、本格的な笑いとなると結構難しいように思われる。高柳先生も、書いている。「最近、一緒にのけぞって大笑いした92歳の男性は、90年ぶりに笑った」って。ったく、笑わせてくれる。実際、どこにも笑う材料は転がってるのかも。彼女も「おやじギャグがきっかけに」と勧めている。私はもともと自分の本のタイトルに『忙中本あり』とつけてみたり、電子書籍の題名に『六〇の知恵習い』とか、ブログのタイトルに『後の祭り回走記』などと、ダジャレ風のものいいが好きだ。しばしば連発して周りからひんしゅくを買っているので、そろそろ卒業したいのだが一向に収まらない。それどころか、つい最近も、自分の出版予定の本のタイトルを『現代 古希ン若衆』にしようと思ってるぐらいだから懲りてはいない▼「常識をうち破る人たち」の章が印象深かった。80歳を超えた岸恵子さんの話に始まって、100歳の現役サラリーマンの話まで、なかなか読ませる。その章の最後を高柳さんは「だって、人間は125歳まで生きられるんだから」と結んでいる。実際、彼女は若い。講演会などで「私は26歳でーす」というのはいささか”さばの読み過ぎ”だが、「皆さんも今日は27歳よー」って(時々年齢は変わるようだが)おっしゃる。参加者は嘘でも若く見立てられて、満更でもなさそうのは面白い。最近読んだ『103歳になってわかったこと』の著者の篠田桃紅さんが今度は『百歳の力』という本を出した。これは自叙伝だが、不思議な魅力がある。通常の人のすべて反対をやってる風に書かれてるところがミソだ。高柳さんも、きっと篠田さんぐらいまで生きそう。ン?でも彼女はその頃になっても、「私26歳よー」っていってるのかな。それは少々怖すぎる。(2015・7・26)

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「維新」をめぐる親子の葛藤と日本文明

父と息子ー亡くなって三十年ほどが経つわが父を,最近は思い起こし、息子たる自分と比較することが多い。何かにつけてうるさかったことや、ささいな仕草に至るまでそっくりだと家人に指摘され苦笑してしまう。そんな次元に止まっているうちはいいが、このところ少し妙なことに気づいた。両の手のひらに、しこりやきわめて小さなこぶのようなものができて皮膚がひきつる。これって晩年の親父が気にしていた症状とまったく同じ。幾度か手のひらを見せられたものだ。先日、整形外科にいくと医師が「デュピュイトラン拘縮」との診断をしてくれた。ひどくなると、切開手術をするという。「遺伝」の二文字を思い出し、切開するかどうかは寿命との競争だなと考えざるを得ない。明治43年(1910年)生まれの父は私が生まれた昭和20年(1945年)には35歳だった。その前年に赤紙が来た。”遅すぎる応召”に敗戦必至を予感したという▼こういった私的な出来事を書き記すきっかけとなったのは、安部龍太郎『維新の肖像』を読んだからだ。直木賞受賞となった『等伯』を、友人で法華経学者の植木雅俊さんから勧められて読んで以来、すっかりファンになった。総合雑誌『潮』に連載中は気になりながらも読めず、今頃になって手にした。それは「明治維新」の位置づけを,最近しきりに考え出している自分の問題意識の影響と無縁ではない。朝河正澄(前の宗形昌武)と朝河貫一という実在の親子の物語を、二人の克明な対比をしつつ描いた小説は、「維新」の表と裏を浮き彫りにして、まことに読みごたえがあった。戊辰戦争における二本松藩の壮絶な戦いを改めて突き付けられた。父・正澄の若き日の戦士としての姿を小説で描く息子・貫一は米国・イェール大学で学ぶ歴史学者。著者の安部さんの今の主張と貫一の想いが二重写しになって迫ってくる▼息子・貫一は「明治維新は大化の改新とならぶ叡智に満ちた革命だと信じて疑わなかった」から、父・正澄の戊辰戦争に加わった「行動は時代の流れに逆行するものだとしか思えなかった」。この貫一の考え方が、日露戦争以後、満州事変、上海事変の流れを通じて日本の破滅へと向かう中で誤りだと気づく。学問的解明から小説を書くことへと気持ちを切り替える。このあたり、息子・貫一と著者・龍太郎の意識の一体化がうかがえて面白い。二人に共通する意識は「日本はどうしてこんな国になったのか。何がどこで間違ったのか……」である。薩長史観と反薩長史観はこれまでも幾度かぶつかり合ってきた。これまでの結論は、日本の近代化にとって明治維新政府の強引な進め方は、それあったらばこそアジアで抜きんでた地位を築くことが出来た、というものであろう。功罪相半ばするが、功が上回っているとの受け止め方が通り相場だった。しかし、その流れが今激しく逆流しつつある。少なくとも私の体内では▼こういったとらえ方を一段と高めてくれる役割をこの『維新の肖像』は果たしてくれた。関東軍の他国侵略の姿を「薩摩や長州が戊辰戦争においておこなった所業を、判で押したように繰り返している」ととらえ、「明治維新を美化し、彼らの自己正当化を許した史観や教育や世論が、こうした過ちを継続させる温床となった」と、息子・貫一は語る。それは即、今の世に続いているというのが著者の警告に違いない。この本を読んで改めて、維新前と維新後の日本文明の変容という問題に想いを致さざるを得ぬ。偶々『潮』八月号の「戦後七十年を問う」というシリーズ企画に、国文学者の中西進先生が「詩心と哲学こそが国を強くする」という小論を寄稿されている。「日本はアジアの文明をすべて受け取ってきて拒否せず、たくましい創造性を発展させてきた」のだから、アメリカ型グローバリズムに劣ったりはしていないと言われる。確かにそうだと思いたい。しかし、維新以降怒涛のように入ってきた西欧文明に対しては、創造性を発展させて変貌させてきたのかというと、心もとない。このあたり読者としての私が引き続きこのテーマを考え抜き、ささやかながらも行動を起こさねば、と思うゆえんである。私が物心ついた頃は高度経済成長の真っ只中。銀行員としての父はかりそめの良き時代を謳歌していたとの記憶だけが、今鮮明によみがえってくる。(2015・7・21)

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心理学と仏法哲理の共通点は「他者貢献」

易や手相などを若い時から時々見てもらってきた。高島易学のコンピューター占いや手相占いをしてもらって、その強運を指摘されたこともしばしばだった。何でも気分よく前向きにとらえる性格が功を奏しているということなのだろう、と勝手に思い込んでいる。先日は、色彩心理学の使い手にヒューマンカラーカウンセリングをしてもらったのだが、面白い結果を得た。「色は心を語ってくれる」「あなたのイメージカラーは」という呼びかけで、クレヨンで紙に6か所、色を塗っただけ。どの色をどこの場所にどの順に塗ったかが判断材料なのだが、後日頂いた見立ての結果は、見事なまでに当たっていた。「正直でまっすぐな性格の人です」とか「急に思い立った言動はさけて、一息入れてから」などといったカウンセリングには、笑ってしまった。いかにもその通りだからだ▼中学校時代からの親友で、今は臨床心理士をやっている志村勝之と私は、昨年『この世はすべて心理戦』なる対談を電子本で発刊した。少々小難しい中身になっているものの、カリスマ・カウンセラーなる異名を持つ彼の発言部分は極めてためになる。カウンセリングについては、現代心理学の先達たちの所産をかなり詳細に追求しているのだが、色彩心理学について触れなかったのは惜しまれる。その彼がフロイト、ユングよりも高く買っているのがアドラーだ。このほど岸見一郎、古賀史健『嫌われる勇気ー自己啓発の源流「アドラー」の教え』を読んだ。これを読む気になったのは、無類の本好きの友人の机の上に置いてあったからだけというのだから、「正直でまっすぐな性格の人」の「急に思い立った言動」にふさわしい▼この本は、哲人と青年の対話形式から成り立っている。アドラー研究者の哲学者・岸見さんと、フリーランスライターでアドラーに関心を若き日より持ち続けてきた古賀さんとの真剣勝負だ。アドラーについては志村との対談で初めて知った程度であった私だが、この本で大いに親近感を持つに至った。現代心理学が哲学、宗教の分野と大いなる共通点を持っていることはあまねく知られている。この本でも結論部分に、アドラー心理学が、自由なる人生の大きな指針として「導きの星」というものを掲げ、その方向に向かって進むことが幸福への道であるとしていることはきわめて興味深い。この星こそ、「他者貢献」だという。日蓮仏法でいうところの「自行化他」における「利他行」に通じる。つまり他人に利益を施す、いわゆる菩薩道的行為を指す。岸見哲人は、「『他者に貢献するのだ』という導きの星さえ見失わなければ、迷うことはないし、なにをしてもいい。嫌われる人には嫌われ、自由に生きてかまわない」とも。「世界とは、他の誰かが変えてくれるものではなく、ただ『わたし』によってしか変わりえない」という記述を読み、私自身が若き日に仏法を知った頃に抱いた確信がよみがえった▼本書の題名の「嫌われる勇気」については、志村と交わしたやり取りを思い起こす。彼は、「他者の評価を気にかけない」というところが、本当の自由な生き方に繋がる最大のポイントだ、お前はいささか他者の評価を気にし過ぎていないか、と迫った。「他者から嫌われることを怖れず、承認されないかもしれないというコストを支払わないかぎり、自分の生き方を貫けない、つまり自由になれない」というのが、アドラー心理学の核心だ、とも。私は、政治家として「他者の評価を気にせざるを得ず」、「他者から嫌われたくない」との思いがどうしても先立ってしまうことを、口にせざるを得なかった。赤松個人としては、他者の評価や嫌われることは一向に気にならぬのだが、政治家としては、と。このあたり、結局は政治家として大成せず凡庸な身で終わったものの”引かれ者の小唄”ということなのだろう、と今は自らを慰めているのはいささかさみしい気もする。(2015・7・15)

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69歳になっても未だ分からないことだらけ

淡路島出身で今は東京中野区に住む私の友人がいる。先日ほぼ6年ぶりに電話をしてみた。私の声を聞くなり、「赤松さん、あれから私すごい体験をしたんです」と言う。何だって、と聞いてみると、今から5年前、彼が50歳の時に初めての子どもを授かったというのだ。奥さんは当時45歳。それだけではない。生まれ故郷の淡路島にいた彼の母親が、その1年前、つまり、6年前にすい臓がんを患い、死を覚悟した闘病を余儀なくされていた。看病のために東京から駆けつける彼の妻に対して、その母親は、「思い残すことはお前たちに、子どもがいない(彼は一人息子だから孫がいない)ことだ。私は死んだら、お前たちの子どもとして生まれ変わりたい」ーそう何度も口にしたという。死後まもなく彼女は妊娠して、母親の死後一年ほどが経って、かわいい女の子が誕生した。そしてその性格たるや死んだ母親にそっくりという。彼は間違いなく母親の生まれ変わりを実感している、と▼「永遠の生命」を口にしている私だが、このような体験談を稀にせよ聞くと,改めて確信せざるをえない。心底から感動した。あの6年前に彼と中野のとあるカラオケ喫茶で歌い飲んだ時に、そういえば、子どもの授かり方を私が先輩からの話や体験を通じて話したものだ。それを彼は忘れてしまい、話した当の私もその後彼のすごい体験を聞く機会を失っていたとは、悔やまれる。そういう不可思議な感動をした直後に、篠田桃紅『一〇三歳になって分かったこと』を読んだ。「『いつ死んでもいい』なんて嘘。生きているかぎり、人間は未完成」という言葉にしびれてしまって。69歳になっても分からないことだらけの私としては、タイトルにも惹かれた。かねて私は、音楽や美術など芸術に打ち込むひとの生き方に強い関心を持っている。我を忘れる時間を長く持つのが共通しているかのように思われる。別に芸術でなくても良いようなものだが、終わりがなさそうなだけに、そう思う度合いは強い。篠田さんは、そのあたりについて「人というものが、どういうものであるか、わからないから、文学、芸術、哲学、さまざまな活動をして、人は模索しているのです。なんでこんなことをやるのだろう、ということを一生懸命やっているのです」「なにかに夢中になっているときは、ほかのことを忘れられますし、言い換えれば、一つなにか自分が夢中になれるものを持つと、生きていて、人は救われるのだろう」と述べている。夢中になって、時間を感じない時に、人間はよく生きてるなんて。これほどの逆説があろうか▼人はどうしたら幸福になれるか、のくだりも興味深い。今日までの100年余の人生を通じてのあれこれを述べ、「黄金の法則」はないのでしょうか、と自問したあと、「自分の心が決める以外に、方法はないと思います。この程度で私はちょうどいい、と自分の心が思えることが一番いいと思います」と、結局は平凡な答えなのだが、この人が言うとぐんと重さを感じる。また、死の恐怖について、若い友人から「どうしたら怖くなくなるか」と問われて「考えることをやめれば、怖くない」と助言したとある。さらに、その項の最後に「人は老いて、日常が『無』の境地にも至り、やがて、ほんとうの『無』を迎える。それが死である、そう感じるようになりました」とも▼ここらあたりは、69歳のしかも永遠の生命を信じ(たい、というほうが正確かもしれない)ている私などは異論が鎌首をもたげてくる。「無」の境地とは、何だろうか、と。それは「空」とどう違うのか。「無」は一切を生み出さない表現だが、「空」は無限の可能性を秘めた状態をさすものだと思う。目には見えないからといって「無」と言えるか。人の人生も、「死」とは、何もない「無」ではなく、次に繋がる「空」かもしれないのでは、と。こう考えると、怖いというよりも次の生が楽しいものになってくるはず。冒頭に紹介した友人のおふくろさんなど、差し詰め病床でしきりに息子の子になることを夢見ていたのではないかだろうか。この夢想は、思わず微笑みがわき出でてくるのだが、さてどうだろうか。(2015・7・10)

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戦後左翼たちを虜にした『資本論』の今風読み方

長く生きていると不思議なことに出くわす。かつて大学時代にマルクスの『資本論』を読むかどうか悩んだ末に、手にはしたものの殆どわからないで放置した。それが50年ほど前。その後、共産主義国家ソ連の崩壊とともに、「やっぱりね」と『資本論』を捨てた自身のかつての選択に自信を深めた。それが20年ほど前のこと。で、それもつかの間、今再びの『資本論』の季節の到来なのだから。尤もその登場の仕方は、共産主義、その柔らかな姿形としての社会主義の復活としてではなく、資本主義のなんたるかを分かるためのものとして、である。つまりは、かつては資本主義と決別するための座右の書であった(そういう活用の仕方が喧伝されていた)ものが、今は資本主義を再発見するためのものとしての地位を獲得しつつあるかのように見える。そういうことをあらためて自覚させてくれたのが佐藤優『いま生きる「資本論」』であり、佐藤優・池上彰『希望の資本論』だ▼この二人は今の現代世界に起こっていることを何でも見事に解説して見せ、それぞれの分野の専門家と対談し、そしてまたそれらの所産を本に表すということをやって見せている双璧に違いない。かたや外務省、かたやNHKで禄を食んだご両人だが、双方の出身母体からは、やっかみとくやしさ半分で、評価する向きが少ないと見える(私の友人たちだけかも)のは、この世のありようを感じさせて面白い。佐藤さんはどちらかといえば男性や大人の向学心の強い向き、池上さんは女性や若者の物知り好きの連中に好まれている節がある。それなりに棲み分けしているようでいてこれがまた面白い。『資本論』ものでいうと、池上さんには『高校生から分かる「資本論」』なるものがあるが、私なんかにはクセがある佐藤ものが好みだ。『いま生きる「資本論」』は、売る側の宣伝コピーによると、「人生を楽にする白熱&報復絶倒講座」というのだが、あながち過剰広告ではない。例えばこういうところだ。マルクスは、働き手に専門性がない場合は、「いくら人間としていい人であっても、代替可能な商品として扱われる」。だから、今の世では、「いかに資本主義システムの中で、そんな扱いを受けずに済むか」という指南書を書けば、よく売れる。経済評論家の勝間和代さんが「コモディティになるな、スペシャリストになれ」といい、「資本家」になれとはいっていない。「熟練労働者」という代替できない存在になれ、といってるのは、そういうことなんだ、と。続けて、尤も、彼女の自己啓発本は難しくて、なかなかその通りには実践できない。それに比べて佐藤が書いた『人に強くなる極意』は全部自分で実践したことしか書いていない、と。ちゃっかり自己宣伝も忘れていないのだから、抱腹とまではいかないまでもかなり笑える▼佐藤、池上の対談本の方もまるで”知的漫談”の趣すら漂う。いちいちは挙げないが私として嵌ってしまったのは、第六章「私と資本論」のくだり。とりわけ、革マルと中核派の内ゲバの実態や、既成左翼政党との佐藤氏自身の距離感を描いて見せているところなど興味深い。「革マル派の場合は、ベースは一応宇野経済学や梯明秀の経済哲学ということになっていました。中核派はどちらかというと、理論よりも、日本の任侠団体の歴史などと合わせて見たほうがいい」とあったのは門外漢の私としては意外だった。以前に私のブログ『忙中本あり』で『革共同政治局の敗北』を取り上げた(「ある左翼革命家の敗北と新たなる旅立ち」)が、あの本の著者の一人・水谷保孝はとても任侠道とは縁遠いと表面上にせよ見える男だからだ▼先日、佐藤優さんの崇拝者でもある柏倉義美氏(彼は元早大革マル。今は創価学会地区部長という変わり種。なかなかの知識人)が偶々書店で川上徹『戦後左翼たちの誕生と衰亡』を見つけ、その中に水谷保孝氏が載っていると知らせてくれた。去年の一月に出版されたもので、10人の新旧左翼活動家へのインタビュー構成なのだが、こんな本の存在は知らなかった。水谷は教えてくれなかったのだから、まったく水臭い。「次なる作品にこそ人間・水谷の生の声を期待したい」などと私が先のブログに書いたのに。彼は「(早稲田大の)雄弁会で初めての左翼の姿、ナマノ姿を見」て、「左翼って傲慢だなあ」と思いながらも「あらゆる権威に対する生きた批判精神を見た気がし」て、自分のそれまで育ってきた文化との違いを感じたと述べている。「あらためてマルクスを読まなければいけないな」と思ったというのだ。「60年安保闘争の敗北をのりこえる、戦後民主主義を打破する、社会党・共産党に代わる党をつくる、これがキーワードだった」とも。彼は本多延嘉という先輩活動家の影響を強く受け、その後の人生を決定づける。そして槇けい子(旧性)という左翼活動家と出会い、結婚する。彼女はたった一人の女性としてインタビューに答えているが、夫・水谷保孝がインタビューされると知って、自分も、と名乗り出たという。このあたり夫婦の妙なる関係を表していて、私には水谷らしいと思えた。ともあれ、初めて戦後左翼の生の声を聞けて、とりあえずは満足している。(2015・7・5)

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