この道一筋50年の心理学研究の所産ー志村勝之『こんな死に方がしてみたい!』を読む(1)

志村勝之のブログ『こんな死に方がしてみたい!』をこれから随時取り上げていきたい。彼が1年かかって書き綴った12パートの読み物を一か月ごとに区切って彼の主張を紹介しながら、それに対比して私の考えを披露していこうという試みである。何しろ彼は筋金入りの心理学研究のひとで、その道一筋50年といってもいい。単なる研究者という域にとどまらず、文字通り「臨床心理士」という立場を縦横無尽に生かしながらひとの死を考え抜いた。その所産がこのブログだが、実に読み応えがある▼本当は皆さん彼のブログを読まれることをお勧めするが、時間もお暇もない向きは、私のブログを通じて彼のおおよその考えは分かるようにしていくので、それでも間に合うと信じる。ともあれ彼のように「ひとの死」を真正面から取り上げて論じていった本はあまり目にしたことがない。いや、そこは私の浅学の故で、この世には数多の同種の書物があると言われる向きは多かろう。では訂正しよう。志村のように、あらゆる角度から「死」を考えた末に繰り返しを厭わずにブログという形態でこの思考経過を表明したひとは恐らく彼が初めてではないか▼志村勝之とは何者か。追々語っていくことになるので、ここでは詳しくは触れない。一橋大で、社会心理学の泰斗たる南博教授に師事していらい、心理学に心酔し50年あまり。今では「浪花のカリスマ臨床心理士」の名を欲しいままにしている(というのは私の勝手だが的を見事に射抜いた見立て)とだけ言っておこう。私とは神戸市の中学校で一緒に学んだ仲。お互い違う高校で過ごした3年間と1年の浪人生活の合計4年の空白の後に、東京は中野で再会。というか、彼の中野での下宿先を頼って私が神戸から上京してきたわけだ▼そこで図らずも二人は創価学会の座談会にでることになり、彼の下宿先のおばさん(小学校の教師)に折伏されることとなった。で、私は即刻その場で入会を決意し、彼はそれを断った。いらい、51年半の歳月が流れた。その間に勿論、幾たびかの交流はあった。最大のものは彼が後に妻としたひとを私も憎からず思っていた時期があったことだろう。そして私が40代になって間もなく政治家の道をこころざし、結果的に「失われた40歳代」と私自身が自虐的に規定するような落ち着かなく騒がしい季節の到来で、迷いを生じたときにいつも惜しまぬ激励をしてくれた。そんな二人が古希を迎えた直後に、彼が綴ったブログは実に衝撃的であった。ここまで彼が「死」を考えていたとは思わなかったからだ。そして、これはある程度は想像はしていたが、ここまで彼が私と正反対の方向を向いていたとは驚くほかなかった。(2016・10・14)

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