(193)もうひとりの主役を深く考えるー林景一『イギリスは明日もしたたか』を読む

 世界中を驚かせたのは8年前の米大統領選でのトランプ氏の勝利と英国の国民投票でEU離脱が決まったことだった。共に、一般的な予想を覆しての結果だった。ISなど米欧に対する「価値観の反逆」ともいうべき動きが顕著な時代の流れとして伺えるときだけに、より一層注目される。歴史の分岐点とまでいわれる事態。だが、その背景を解説する本については、前者に比べて英国に関するものは圧倒的に少ない。そこへ格好の読み物が登場した。●年前まで、英国駐在大使をしていた林景一さんの『イギリスは明日もしたたか』だ。まさに実況中継風の溢れる臨場感と、深い英国の歴史への洞察力に基づいたもので、知的興味が強く惹きつけられた。

 林さんと私は付き合いが古い。公明党の外交安全保障政策の担当をしていた当時、国際法局長などをされていた彼と幾たびか議論をした仲だ。後にアイルランド駐在大使をされていた頃に、私は司馬遼太郎氏のアイルランド編『街道を行く』を片手に、同地を案内して頂く幸運にも恵まれた。こも旅は自民党の石破茂氏らと訪れた英国視察旅の行程を私だけ延ばし、彼の地に赴いたのである。厚生労働副大臣をしていた折でもあり、同地の医療事情を学ぶ目的があった。加えて、当時の町村外相の代理で、ダブリン在住の邦人に、日本、アイルランド友好に貢献された表彰をさせていただく役目もあったのだ。もちろん、遊びに行ったわけではない。

林さんのただならざる筆力は『アイルランドを知れば日本がわかる』で十分に分かっていた。本当は英国について先に書きたかったはず。ところが、巡りあわせの妙というべきか順序は逆になった。尤もお蔭で最高の舞台装置のもと、水を得た魚のように英国を料理してくれたものを読める私たちは幸せであると言えよう。

   ●英国のお手並み拝見という気分に

 英国が直面している事態をどう見るか、そしてこれからどうなるかについて、楽観論、悲観論双方のシナリオを冷静に分析したうで、今判断を下すのは早いとしている。当然だろう。だが、そこはタイトル故もあって自ずと楽観論の方に読む側の比重はかかる。EU離脱派が「英国一国ならば、世界を相手に自分たちの新たな経済ネットワークを確立する作業も、あっという間にやってみせる」としている辺りに、英国のお手並み拝見という気分になってしまう。

 複雑極まりないこれからの国際政治の展開は、誤解を恐れずに傍観者気分でいえば滅茶苦茶に面白いとも。しばらく世界史で脇役に追いやられていた英国が久方ぶりの主役に、との期待感すら禁じ得ない。メイ首相について報じられることが少ない日本にあって、「鉄の女・サッチャー」並みの辣腕を期待させる書きぶりだ。「氷の女王」「冷たい魚」「ひどく難しい女」など彼女への評価は政治家としては高いと見るべきだろう。英国という国は普通の日本人にとって分りにくいところが多い。聞き古された英国紳士との呼称とは真反対の、狡くてしたたかなイメージは、世界史にそして日本史にあまた刻印を残す。そこからくる好悪の感情を乗り越えて、現実の国際政治は日米英のパートナーシップの重要性を求めている。

 林さんもこの本で英国との協調を訴え、「原則を守るために、分をわきまえながらも、他力を活用して実力以上の成果を上げることを目指す」存在である英国に見習えと強調している。それは分かる。だが、ギリシャ哲学、キリスト教に裏打ちされた西洋思想に対して、根底において異質の価値観を持つ日本という原点を忘れてはならないとの思いも同時に頭をもたげてくる。西洋発の「民主主義」の在り様、行く末に警鐘が乱打されている今だからこそ深く考え直すいとまを持ちたい、と。

【他生の縁 アイルランドからイギリスへと続く】

林景一さんと私を更に強く結びつける役割を果たしてくれた人がいます。早稲田大学教授の岡室美奈子さんです。アイルランド・ダブリンに私が行った時に、偶然この人も来ておられ、大使館でお会いしました。いらい、日本で林夫人も交えて4人で幾度かお会いしました。

 この人は司馬遼太郎さんのアイルランド紀行に登場してきます。留学生時代の若き日にダブリンにやってきた司馬さんとホテルで落ち合う場面があるのです。ここの書き振りはどう見ても、司馬さんが瞬時、乙女に胸ときめかせたとしか思えないのです。岡室さんは多くの友人から冷やかされたというのですが、面白いエピソードです。

 林さんは、英国大使の後、外務省を退官され、最高裁判事に就任され、それも今では終えて一民間人になっています。先年、残念ながら夫人を病気で亡くされてしまいました。

 

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