(17)日本人の忘れものを、思い出すために

ソチの影でのバリ。冬季五輪で日本中が一喜一憂していた最中に、暗いニュースが飛び交った。スキューバダイビングを楽しんでいた日本人女性7人が流され、5人は四日後に漂流先の岩場で救出されたとの事故だ。私はこのニュースを聴いた瞬間に中西進『日本人の忘れもの』を思い起こした。中西さんは、25歳だった娘さんをスキューバダイビング中に亡くされて(1999年伊東)おり、そのことをこの本の中で書いておられる。最愛の娘を海中で死なせてしまった悲しみを堪え、自然をおそれぬ行為はごうまんだと厳しく断じておられる。

「むかしから水にもぐってアワビをとる海女は、おまじないの星印などを手拭いやノミ(アワビをとる小刀)にかいて魔除けとした。海がそれほどこわいものだとよく知っていて、敬虔な祈りを海の神にささげたのである。海女はウエットスーツを着てはいけないのだという。着ると海中に長くいられるから、アワビをとりすぎてしまうからだときいた」ー陸上と同じように海中を歩き回る。美しい海中に魅せられたひとが何人も私の友人や知人の中にもいるが、もうハマってしまうとこたえられないもののようだ。中西さんは、そうした自然へのおそれを忘れた現代人の遊び感覚に警鐘を鳴らしておられる。山河を尊び、天地に祈りをささげた本来の日本人を取り戻せ、と。

この本はかなり以前に購入していたが、読まぬままでいた。ざっと頁を繰って、常識的なことが書かれてるエッセイ集だなどとそれこそ傲慢にも早呑み込みしてしまっていたのだ。それを取り出して三巻全部一気に読むようになったのは、中西さんにお会いした際に交わした言葉による。先ごろ、万葉集の魅力に取りつかれていた私は、「お書きになられた作品の中で、お勧めはなんでしょうか」と訊いてみた。当然、ご専門の分野から挙げられると思っていたら、さにあらず「そうですね。『日本人の忘れもの』でしょうか」と。

私たちが父や母に聞いていながらうろ覚えになっていることやら、21世紀はこころの時代ということを口にしながらも忘れてしまってることを一つひとつ掘り起こし、思い出させてくれる。字源にまで遡って優しく解きほぐす手法には、まさに目からうろこが落ちるという表現がぴったりする。私は、この本に書かれている中西先生の珠玉の言葉を覚えこもうと実は愛用のアイパッドミニの中にメモを書き続けた。のんきな私のことだ。メモをしてしまえば、安心とばかりに忘れてしまいそうだが、それでもそこまでさせる力がこの本にはある。

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