小松前法制局長官の死を前に、去来すること (34)

小松一郎前法制局長官が亡くなった。晩年は本人にとって不本意なことが少なくなかったものと思われる。彼が外務省国際法局長の頃に、よく私の議員会館の部屋であれこれと懇談した。豊富な外交知識を包み隠して実に物腰優しい紳士だった。後に駐仏大使になられて、「是非一度来てください」と言われながらも果てせずなかった。最終のお立場になられて苦労されていたのに、一度も激励の言葉もかけずに終わった。心残りだが、ご冥福を祈る▲小松さんの大先輩・小倉和夫氏が赴任されていた頃にパリを訪れ、その著『中国の威信 日本の矜持』を頂いた。裏表紙に「2001年8月26日仏国巴里にて」と揮毫されている。この人は、吉田茂賞を受賞された『パリの周恩来』から、料理にまつわるものまで幅広い著書を持つ。私は、頂いた本から、日中関係を見る研究や論説が、幕末以降の西洋のアジア進出前後に依るものに大きく偏りすぎていることの非を学んだ。古代から中世にかけての中華の秩序の中での日本外交の歩みをしっかりと踏まえたうえでないと、自ずからかの国を見誤るということを、である▲集団的自衛権問題の与党協議がいよいよ終盤に入ってきたと見られている。これまでの憲法9条下における自衛隊の許容される行動については、個別的自衛権行使がその範囲内であり、集団的自衛権は持っている権利だけれど行使は出来ないというのが、政府の憲法解釈であった。注意を要するのは、個別、集団の境界が曖昧だったということだ。それを整理するのが今回の協議の焦点である。最初から集団的自衛権を認めて、それを限定したり、歯止めを加えるということではない。あくまで、個別的自衛権で出来ることが未だあるはず(これを明らかにすることを、私は適正解釈と呼ぶ)。つまり、集団的自衛権と従来取り違えてきたことがなかったか、ということを確認する作業を今しているはず、というものである。これがまっとうなギャラリーの認識だ。だから、「自衛権拡大に歯止めをかけろ」という表現は誤解を呼ぶ。あるべき姿に自衛権を整理するのであって、決して歯止めをかけて、縮小解釈したり、個別自衛権の枠を超えてしまう拡大解釈をしてはいけない。集団的自衛権行使を容認してしまってから、限定したり、歯止めをかけてももはや遅いのだ▲このあたりを小松氏が健在ならば議論したかった。法制局長官を引き受けていなければ、もっと長生きをしていたはずなどとは言うまい。彼の真面目さが、集団的自衛権行使容認の側に立つ転換点の役割を受けさせ、その役人人生を最後の段階で劇的なものにしたのであろう。フランスでの様々な経験やら積み重ねた国際法から見る、日本の安全保障や外交の在り方について、小倉さんのように、書きたかったはずであろうに。そうした彼の後半生を思いやりながら、残された与党協議の山場を見据えたい(2014・6・24)

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