本好きの行きついた果てに(上)(35)

一昨日(25日)、京都で文化講演会『忙中本ありー本好きの行きついた果てに』を行った。その際に話した内容を二回に分けて、大まかに再現します。

高校を卒業してまもない頃。友人と一緒に神戸のとある大型書店に行った。彼は「こんなにも本はいっぱいあるのだから、少々読んだからと言っても追い付かないね。だから僕はあんまりシャカリキになって読まないことにするよ」と。私はその時直ちに、いや、だからこそ俺はがむしゃらに読むぞと呟いたものである。

あれからほぼ50年が経つ。誕生日がやってくるたびに、兵庫・但馬の生んだ異色の作家山田風太郎の『人間臨終図鑑』(年齢順に著名な歴史上の人物の死に方を描く)をとりだして、その時点での私自分の年齢で亡くなった人のページを開き、読むことにしている。もはや、下巻に突入してしまった。

よく座右の書と言われるように繰り返して読む本を持っている人が多い。私など全くと言っていいほどそれはない。この風太郎のものとて、関連部分を読むだけで繰り返して読みはしない。そのうちいつか意中の本に出会うはずと思って生きてきたが、残念なことに未だ出会わないのである。

一体ひとは一生のうちに何冊の本を読めるのだろうか、などということを誰しも考える。年におよそ100冊として、15歳から60年間読み続けると、約6千冊くらいか。ま、いくら頑張ってみても1万冊がやっとかも、などと取らぬ狸の皮算用ならぬ、”読まぬ読書家の夢心地”になったりした。

勿論世の中には強者がいて、一日一冊(頁数にはこだわらない)主義と称したり、「量書狂読」を売り物にするコラムニストの井家上孝幸のように『一年で600冊の本を読む法』といった本を書くひともいる。しかし、通常の人々はそんな読み方はしないだろう。かくいう私は、10冊ぐらいを同時並行的に読んだりするが、スピードは普通。したがってこれまでで、せいぜい5千冊がやっとだろうと思われる。もはや人生の陽は沈みかけているのに、若き日に夢見た”悟りの境地”というゴールは未だ見えない。いつも気にしているわけではないが、時々困ったものだと思う。

一体何を目的に本は読むものか。勿論ひとによって色々だろう。西播磨が生んだこれまた異色の中国文学者・高島敏男に『本が好き、悪口いうのはもっと好き』との絶妙の題名の本があるが、ともかくも理屈よりも好きだから、面白いから読むというのが普通一般だと思われる。フランス文学者で異彩を放つ・鹿島茂は「人生に四楽あり、一に読書、二は好色、三には飲酒、四には悪口」と、蜀山人の三楽をもじって、一つ付け加えている。好色、飲酒をこの位置に置くのは異論を持つ向きもあろうが、読書が”人生お楽しみレース”のトップの座を占め、悪口が上位を窺っているとの構図は大きく外れていないものと思われる。

ひとは、忙しくなると現実から逃避したいとの思いが募るもの。学生時代、試験が近づくと妙に小説がよみたくなった。小人閑居にして不善をなすのだから、「忙中本あり」が大事とばかりに、今やその言葉を造語して、私はブログのタイトルなどに使っている。

つい先ごろ、本にまつわる幾つかの気になる出来事があった。一つは20年間の東京での単身赴任に区切りをつけ、家族の住む家に戻って来ることに伴い起こった。事務所や宿泊先などに積み上げていた蔵書をどうするか。そのまま送っても受け入れる余地は到底ない。悩んだ挙句に思い切って処分することを決断した。読みもしないのに、いつか読もうと買い溜めた本なども含め数千冊。得難いものなどを除いてほとんど全部を後輩たちや、お世話になった方々に惜しげもなくお譲りした。

ついでに家の狭い書斎もなんとかしてよ、との家内の間断ない責め苦に負けてしまい、数百冊だったが、市の図書館の主催する古本市に提供してしまった。それこそダイエット後の痩せた身体を見るようにスカスカの書棚になってしまったのである。かつて一冊といえども手元から本を手放したりすることがなかった、わが身としては大いなる変身ではあった。(続く 2014・6・27)

 

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