本好きの行きついた果てに(下)(36)

もう一つは、私の尊敬する先輩と、わが妻と三人で懇談した折のことだ。談たまたま本のことに及んだ。よせばよかったのに、私は妻について、「うちのは今までの人生で三冊ぐらいしか本を読んでいないんですよ」とついオーバーながら、本当に近いことを言ってしまった。音楽を愛好する感性人間たるかの女は、読書を習慣とするに至っていないのである。

すかさずキッとした顔をした妻はこう切り返してきた。「確かにこのひとは沢山読んでいますよ。だけどもなーんにも身についていないんですよ」と。先輩は「ほーら言われた」と、呵呵大笑された。蜂の一刺しのような妻の逆襲はこたえた。あらためて”中国における常識”を描いた、異色の歴史家・岡田英弘の傑作『妻も敵なり』を思い起こした。恥ずかしいというよりも、妙にすっきりした気分になった。確かに当たっている、との自覚があるからだ。いらい、我が読書生活の結果としての貧弱さに思いを致さざるを得なくなってしまった。

数多の先人が本をどう読むかについて、その手の内を披露してきたものを私は漁ってきた。一番印象に残ってるのは、読書の達人と言われる松岡正剛が『多読術』で紹介している読書法だ。彼が最も感動して真似したと言われるもので、兵庫・但馬に「青谿書院」(せいけいしょいん)を開いた池田草庵の方法である。掩巻(えんかん)と慎読(しんどく)という二つ。なんだか難しそうで有難そうである。しかし、実際はそうでもない。前者は、「書物を少し読み進んだら、いったん本を閉じて、その内容を追認し、アタマの中ですぐにトレースしていく(順を追ってなぞる)」やり方。

後者は、「読書した内容を必ず他人に提供せよ」というもの。かの吉田松陰が真似をし、導入したと伝えられているから凄い。とはいえ、私はそれを徹底して実践したわけではなく、それこそ身についていない。

なんでもかんでも次から次へ読み、下手したら一度読んだものを、読んでいないと思ってまた読み、終わりの方になって気がつくというケースさえある、というのだから始末が悪い。

ついこの間新訳が出たというので飛びついたショーペンハウエルの『読書について』にはいささか衝撃を受けた。「読書するとは、自分でものを考えずに代わりに他人に考えて貰うことだ」から、「自分の頭で考える営みを離れて、読書にうつると、ほっとする」と鋭く見抜く。加えて、「読書しているとき、私たちの頭は他人の思想が駆けめぐる運動場にすぎない」と畳み込んだうえに、「たくさん読めば読むほど、読んだ内容が痕跡をとどめなくなってしまう」と決めつける。あまりのお見通しの立派さにほとほと笑ってしまった。ショーペンハウエルといえば、デカルト、カントと並ぶ西洋哲学御三家のひとり。兵庫は丹波篠山ゆかりの民謡で盆踊り唄の”デカンショ節”の語源との説もあるこの三人の哲学者。苦手な哲学をいい加減に考えていた報いかもしれないなどと、妙な自責の念にさえ駆られるからおかしなものだ。

蔵書をめぐっては、いくら家内から責め立てられようとも、置いておけばきっと役に立つことがあるとの思いが頭から離れなかった。それは、子どもに本を譲るということである。

ところが、つい先日、書棚の前で、「この辺りからなら、どれでも好きなものを持って行っていいよ」と私が言ったときに、娘夫婦は何と応えたか。「本は言えに置かないのが私たちのポリシー(原則)です。家は狭いし、だいたい本は図書館から借りて読めばいいと考えています」と。うーん、そうくるとは予想外であった。「いいんですか、こんなに貰ってしまって、有難うございます」と押し頂いてくれるものとの反応を信じて疑ってなかった、わが身が滑稽に思えてならなかった。

それならば、と私の視線は自ずと四歳の孫娘に向かう。ここにある本は、お前が大きくなったら、み―んな、あげるよ、しっかり読むといいね、と言った。こういうと、孫娘の目はとたんに輝いて見えた。ようやく仄かな満足感を抱いた。

だが、かの女が大きくなる頃には、紙の本はどうなっていることだろうか。電子書籍なるものの存在が頭をよぎる。確かに場所は必要としない。必要な時には自在に取り出せる。電子書籍が幅を利かす時代の子にとって、古い紙の本は益々遠いものになっていくに違いない。(2014・6・28)

 

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