「『令和』の考案者は私と同じ名前なんですね」ーこの名言を発した人こそ、誰あろう、文化勲章受賞者・中西進先生である。肩書きを「万葉集学者」、としようとしたら、ご本人はそう呼ばれることはお好きではないとのこと(本文中にあり)なので、よした。しかし、万葉集の研究で今日までの大をなされた。「初春の令月にして、気淑く風和ぎ」との万葉集の一節を典拠にした「令和」という年号を、この人が思いついて標題の著作を表す起因となったことも間違いない▲中西先生と私は同じ一般社団法人『瀬戸内海島めぐり協会』に所属する仲である。先生が代表、私が専務理事を務める。であるが故に、学者としての先生の凄さも、そのお人なりも知ったつもりでいた。しかし、この『自画像』を読んで、いかに私が先生のことを何も知らなかったかが、ようく分かった。面白い。こんな90歳の年寄りに自分もなってみたい、と心底から思う。75歳である私は90歳の中西先生に、ほとほと惚れ込んでしまう。生い立ちから、学問の道を経て、「令和」の由来に至るまで興味津々の話題で最後まで飽きさせない▲これまで様々な先達の、老いに至った道のりを聞き、それぞれに感じ入った。しかし、いかなる人々のものよりこの人の語りは凄い。凄すぎる。全くと言っていいほど歳を感じさせないのである。「体力、身力を養う」が、ご自身の究極の持論だとされ、それ故に卒寿を迎えるに至ったと言われるのだが、全編どこにも「後ろ向きの示唆」を感じさせない。永遠に生き続けられるかの如き錯覚に陥る▲この本、実は中西先生の自伝とするには物足りないと思われる。随所に写真が散りばめられ、極めて興味深いのだが、いささか軽いと思ってしまうからだ。ご自身が書かれた文章ではなく、鵜飼哲夫讀賣新聞編集委員の聞き書きであるから無理もないのだが、そう思わざるを得なかった。そうしたら、あとがきに「心してその諸点を整理し、普遍的な観点から見つめて、別に叙述していきたい」とあった。本格的なものはまた書かれるのだ。安心した。この本で中西先生は、含羞を込めて、ご自分の人生を振り返り、今の時点で思う存分に表現された。次には白寿を前に本格的な自伝を期待したい。(2020-5-23)