車は動かせても、人はなかなか動かせないー寺松輝彦『偉人はかく教える』を読む (53)

「人を動かす秘訣」ーサブタイトルにこうある。人なら誰しも一度は人を動かす魅力に取りつかれるはず。かつて私も真剣に考えたことがあるテーマだが、いつの日か脇に追いやっていた。寺松輝彦『偉人はかく教える』は、ナポレオンからの書き出しにはじまって、終章の織田信長に至るまで古今東西のリーダーたちの知恵と哲学を披露してくれる。アマゾンで手に入れ、一気に読んだ。歴史の山河に埋もれていた様々な名場面、名セリフがあたかも起床ラッパに起こされた兵士のように蘇ってくるから面白い▼著者は3万人の経営幹部を育て上げたカリスマ講師であり、実は私の50年来の友人だ。早稲田を卒業してから、ひたすら社員教育の世界で邁進してきた。新入社員の取り扱いから社長の立ち居振る舞いまで、会社経営の現場を知り抜いた男が、半世紀に及ぶ自身の研鑽を余すところなく提示している。これまでは業界におけるハウツーものの出版が主だったが、このたびは初めて一般読者の胸元にまで激しく迫ってくるものを出版した。私的な関係を超えて多くの人々に読んでほしいと思う。昭和30年代に少年期を過ごした者たちにとって偉人伝は慣れ親しんだ分野であるが、最近はどうだろうか。あまり読まれているような気配を感じない。この書は、経営の任に当たる人たちへのこよなき指南書ではあるが、同時に春秋に富む青年若者たちへの副読本でもある▼先日NHKの人気番組「知恵泉」でホンダの創業者・本田宗一郎氏の経営者ぶりを二回に亘って取り上げていた。これは、今年初めに民放で取り扱っていたトヨタの基盤を不動のものにした豊田喜一郎氏を描いた映画「リーダーズ」と同じように深い感動を与えてくれた。寺松さんがこのホンダ、トヨタのトップ(トヨタは5代目・豊田英二氏)を現代ニッポンの代表的経営者(偉人)として取り上げているのには満足を覚えた。この本は六つの章からなるが、人格、有能、決断と行動、規律、人間味などのキーワードの中で異彩を放つのは、第四章の「姿と形と振る舞いの神通力」だ。管理者らしさをどこで発揮するか。それは「立ち居振る舞いの模範を示す。これしかない」と。さらに、「将軍は決してためらいや、落胆、そして疲労の色を見せてはならない」というジョージ・S・パットン将軍の言葉を挙げて、「堂々たる姿を演じきる」必要性を強調する。ここらあたりは、寺松さんの若き日の姿とだぶって見え、私には無性に懐かしい思いが溢れてきてならなかった。そう、いつも彼はかっこ良かったし今もそうなのである▼カリスマ性を持つ優れたトップに共通するポイントを5つ挙げている。⓵不可能を可能にした実績を持つ➁希望を人々に与える⓷人の善なる部分を認める➃自分の持てるものをえ分かち合う➄人生を前向きに楽しむーこれらはいずれも彼自身が備えている要素なのだ。私などこのうちの殆どを持ち合わせていない。せいぜい5番目だけぐらいか。人生のとばくちに二人して立っていた頃。常に自分を鍛え上げることに執心していた彼を、私は眩しく感じていた。こう思いを募らせて読み終えた私は、この本には表紙のジュリアス・シーザー像をのぞき、絵や写真のたぐいが一切掲載されていないことに気づいた。せめて著者の凛とした顔写真を載せればいいのに、と。ついでに登場する偉人の索引が掲載されていると便利だとも思った。ともあれ、畏友の手になる、ひとの生き方の実践の書の登場に、いま心からほのぼのとした気分に浸っている。(2014・10・1)

【この人は長く小説家修行中の身にあります。今も日本の古代に題材を求めて、日々格闘しています。昔は彼は政治家に向いている、なればいいのにと正直思ってきました。自身を律しつつ、ストイックに物事の成就を目指しゆくその姿勢は、男心をくすぐること大なるものがあったのです。演説をさせても、この国の未来を語らせても惚れ惚れするくらいの才能を見せてくれました。20歳台からずっと共戦の日々を過ごしてきましたが、さして才能に恵まれていない私の方が政治家になってしまいました。人生って不思議なものです。いま彼は機会あるごとに、こよなきアドバイス、激励を繰り返してくれるのです。得難い友の一人です。

 透徹した歴史観に基づく彼のものの考え方は、傾聴に値するところが多く、いつも参考にしています。つい先日も、「戦後政治を見る場合、日本古来の歴史研究が欠けているように思えます。明治以降はイギリス、ドイツ、戦後はアメリカの価値観を取り入れるのに急で、前者は江戸時代を、後者は、明治、大正時代を否定することに力を入れてきました。夫婦別姓選択制などもそうですが、なぜ夫婦同姓になったのかなど、歴史的な経緯を含めた議論が必要ですね」などという見解を寄せてくれました。

 直木賞の発表があるたびに、私は彼の名を探しています。(2022-5-8)】

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