ニクソンからトランプまで、歴代米大統領9人の立居振る舞いを9冊の本として出してきた米国人ジャーナリスト、ボブ・ウッドワード。その分野の最高峰に紛れもなく位置する人物である。このうちトランプについてだけ2冊(これで合計10冊になる)も書いた。一期4年の間に『FEAR 恐怖の男』と『RAGE 怒り』の2冊である。なぜか。1冊目は歴代大統領のうち極めて特異な人物の出現に対して警鐘を乱打する思いで就任間もない頃に出版した。その中身について「不公平だ」との批判が強烈な形でトランプ周辺から発せられ、2冊目が三年後の2020年に出された▲この2冊を読む直接のきっかけになったのは雑誌『選択』4月号の河谷史夫の連載「本に遇う 事実を見ない大統領」である。とりわけ同誌の編集後記に「彼の筆による大統領列伝は、米国現代史の最良の読み物だ(中略)私たちの時代の唯一無二のライターである」とあり、「緊急事態宣言が出た時の、一気読み候補になった」との記述に、私も倣った。『大統領の陰謀』(ニクソンのウオーターゲート事件)以外は読んでいなかった。それを読む気にさせられたのは、常軌を逸しているとしか思えないトランプを、このライターがどう料理したかに興味が募ったのだ。しかも、一作目にケチがついて、いわば仕切り直しの二作目がどうなったかに▲一作目では、トランプが会見を一切受けつけなかった。一転、二作目では17回ものインタビューやら電話のやりとりもあった。どちらの側も気を遣った結果だろう。ことはトランプだけに終わらない。国防長官のマティスや国務長官のティラーソンらが辞任に至る経緯も丁寧に書かれている。一作目ではマティス始め周辺からも著者に反発があったことへの配慮だろう。そのゆえか、私が二作目で最も心撃たれたのは、マティスが中国の魏鳳和国防部長をジョージ・ワシントン邸マウントバーノンに案内した場面である▲【マティスはいった。「しかし、戦うのはもうこりごりです。戦死した兵士の母親に書いた手紙は数え切れません。もう書きたくない。あなたも書く必要はないんです」魏のような中国の軍人の大部分が、武器を持って戦う戦闘を経験していないことをマティスは知っていたー1979年の短期間のベトナム侵攻以来、大規模な紛争は一度も経験していないはずだ。戦争はとてつもなく過酷なものになるはずだということを魏に知ってもらいたいとマティスは思った】ーこの前後の描写はマティスへの配慮が目立ち、胸を撃つ。二作目は全編にわたり、著者のトランプへの気遣いが過剰なまでに溢れているが、「結論はたったひとつしかない。トランプはこの重職には不適格だ」で、終わっている。著者ウッドワードは、この作品の出来栄えには極めて不本意だと思っているに違いない。それは「不公平だ」とのトランプの攻撃に、著者の迷いがそこはかとなく窺えるからである。(敬称略 2021-5-11)