(389)中国を舐めていた日本の末路──邉見伸弘『チャイナ・アセアンの衝撃』を読む/5-20

 中国の経済力、科学力、軍事力など近年の国力の進展は凄まじい。実は2年前に出版された遠藤誉『「中国製造2025」の衝撃』によって私は覚醒させられたつもりだった。それでも、香港やウイグルなどでの自由・人権抑圧の報に接する度に、その評価は揺らいできた。いったい、この国はなんなのか、と。中国を分析する際に、どうしても政治の視点が経済を見る眼を曇らせる。やがて中国が世界の覇権を握るとの予測をデータの裏付けと共に示されても、頭か心のどこかで打ち消す響きが遠雷のように聞こえ、響き渡ってくるのだ。

 しかし、政治を一切抜きにした経済の現場からの報告は全く違う印象をもたらす。邉見伸弘『チャイナ・アセアンの衝撃』である。これまでの「中国観」を台風一過の青空のようにクリアにしてくれる。著者はデロイトトーマツコンサルティング合同会社執行役員・パートナー、チーフストラテジスト。豊富な図表、グラフを駆使し、章ごとに分かりやすいポイントをまとめてあり、読みやすい。

 「日系企業はここ5年で中国からの撤退が続く。大きな理由はコスト増だという。同時に進出先の拠点がほとんど変わっていない」「自動車産業等においては日本企業がタイを中心に圧倒的なシェアを占めていることもあり、中国製品は安かろう。悪かろう、アフターメンテナンスでまだまだといった認識だ(中略)日本企業は簡単に切り崩せないという視点もある」──こうしたくだりには、中国の躍進がいくら著しいといっても、どうせ大したことないはずと、どこか中国を舐めた我が身には合点がいく。人権に無頓着で、お行儀も悪い、そのくせ計算高い。平気で交渉相手を騙す。そんな国民性を持った国の企業と付き合うのはとても無理だ──これが概ね日本人の「対中商売観」だと思ってきた。中国に永住を決めた「和僑」の友人でさえ、ついこの前まで中国企業との商いはよほど習熟した者でないと危険だ、との見方を振りかざして憚らなかった。

●公開情報を丹念に読み込む

 そんな見方で敬遠するうちに彼我の差は益々開いたのかもしれない。中国の都市経済圏の凄まじい発展ぶり。地続きのアセアン都市圏との綿密な繋がり。自分たちが「知らないことを知らない」うちに、怒涛のように様変わりしている「チャイナ・アセアン関係」。その実態が鮮やかに描かれていく。中国で人口が1億~2億人級の都市群が全土で5群もあるという。日本の人口は減りこそすれ増えはしない。この比較ひとつでも打ちのめされるに十分だ。

 著者は、国際会議やビジネスミーティング、会食等の場を通じた情報交換を貴重な情報源に、海外に出れば現地不動産屋の案内で、津々浦々の人々の生活を収集してきた。コロナ禍にあっても、公開情報を丹念に読み込み、筋トレをするように報道との差に繰り返し目をつけていく──この地道な作業の結果が見事なまでに披露されている。

 中国経済の異常なまでの進展ぶりは、私のような昭和戦後世代には理解が中々追いつかない。何かにつけて私の古い頭は「共産中国の見果てぬ野望」の域を出なかった。そんな思いをこの本は、生きた「経済」の観点から、「中国恐るべし」を実に丁寧に裏付け、刮目させてくれる。とりわけ中国の変化の実態を見極めるには、3つの眼が必要だとの指摘はずしりとこたえた。

 人の眼だけではなく、鳥の眼で事業・産業全体を見、魚の眼で時代の流れを読み、虫の眼で現場の動向を見る、というものである。完全に後塵を排した日本に活路はあるのか。「日本企業が知らない日本の強み」と題して、最後に「これからの生きる道」が示されている。ここで「経済」に疎い身は救いの手を得たように、ほっとしてしまう。むしろ、「生きる道はもはやない」と突き放された方が良かったのではないか。暫く経ってからの「続編」で読みたかった、などと余計なお節介気分が頭をよぎる。

【他生のご縁 尊敬する先輩の後継者】

 邉見伸弘さんは、私の尊敬してやまない公明新聞の先輩・邉見弘さんのご長男。随分前から、親父さんから消息は聞いていました。「慶應に入った、君の後輩になった」「卒業して、経済の分析をあれこれやってるみたいだ」と。それがつい先ごろ、「中国関係の本を出した。読んでやってほしい」となったのです。直ちに、注文して読むに至りました。

   弘さんは、私より4年先輩。公明新聞の土着派猛者連中にあって、理論派として光り輝く存在でした。『日本共産党批判』で市川主幹を支え、『公明党50年史』をまとめ上げた人でもあります。生前の市川さんのところに呼ばれたらいつも邉見さんが横に居られたものでした。お二人の会話を眩しく聞いたものです。

 「父から、市川さんと赤松先輩のことは、本の話と共にずっと聞いて育ちました」──頂いたメールのこの一節を読んで、心揺さぶられました。「父子鷹」を見続ける読書人たりたいと、思うばかりです。

 

 

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