長い間国会に席を置き、外交防衛の議論に参加してきたものとして、引退後も当然ながら国際政治の動向は気になる。しかもかねて交友を重ねてきたひとの手になる分析ならなおさらだ。外務省出身者で物書きに転身した人には岡崎久彦氏から始まって東郷和彦氏や佐藤優氏にいたるまで知人は少なからずいるが、今回取り上げる宮家邦彦氏にはとりわけ思い出が多い。初めて議員会館で彼と会ったころというと、1998年頃で私が当選して5年後くらい、確か彼は中近東第一課長だったはず。話の合間にフセイン・イラク大統領の似顔絵入りの腕時計を見せられたのは印象的だった。直接本人から貰った、と。そう、彼はアラビストだったのだ▼その後彼は、日米安全保障条約課長や中国大使館公使などを経て、イラク大使館公使やら中東アフリカ局参事官などを歴任し、05年に家業を継ぐとの理由で外務省を退職する。09年からはキャノングローバル戦略研究所に務めるかたわら、テレビや新聞雑誌で評論活動を精力的に展開してきている。彼が現役の役人だった頃に、幾つかの外交・防衛に関する論文や、中国から帰国した際には書き溜めたメモ風の中国論を見せてもらったこともある。きっと将来は本にして公開するのだろうと密かに思っていた。だから稼業を継ぐために外務省を辞めると聞いても俄かには信じられず、きっと遠からず物書きになるのだろうと、疑わなかった。その彼がまさに満を持して出版したのが『語られざる中国の結末』と『哀しき半島国家韓国の結末』の2冊だ。すでに様々の書評に取り上げられ、高い評価を得ている。選挙戦のさなか、電車やクルマであちこちと移動したりする車中や早朝の自宅書斎で読み終えた。総選挙も最終盤なので未読の方は選挙後にじっくりと味わってほしい▼なんといっても宮家氏のこの2冊の特徴は詳細な中国大陸と朝鮮半島の未来予想図であり、あらゆる可能性を予測したシュミレーションを表にしたうえで、事細かに論じていることである。中国については米国との衝突後の行方、結末として7つの理論的可能性をシナリオ化している。また、朝鮮半島をめぐっては、中華地域の動向をにらみつつ、8つのシナリオに加え、それぞれ3つのサブシナリオを提示しているから、合計24パターンに及ぶ。しかも従来のこうした分析では欠落していた満州地域など中華周辺の歴史をしっかりと見据えている。であるがゆえに、この地域に関心を持っていた向きには、まさに痒いところに手が届く感じがする。かくいう私も、めくるめく思いで頁をめくった。だが、この地域への関心がいまいちの向きには恐らく煩雑かつ難しく、読みずらいかもしれない▼で、宮家さんが指摘するそれぞれの結末だが、意外にというか、常識的に見える。中国については、出すべき答えは日本がすでに過去150年間での試行錯誤の末に出しているものとして挙げていることからもその穏当さがわかろう。また朝鮮半島については、「統一・強大化する中華政府が,北朝鮮という緩衝地帯を維持するために、たとえ金一族を取り除いてでも『朝鮮民主主義共和国』という枠組みを守ろうとする」というシナリオが最も蓋然性が高いとしている。また、韓国の持つ原則が「冷戦時代にのみ機能する『日米韓連携』ではなく、伝統的な対中華『冊封関係』となった可能性がある」としているくだりが注目される。自制を利かせた書き方だけに見落しそうになったが、印象深く迫ってくる▼『韓国の結末』本の「おわりに」で宮家さんは筑波大の古田博司教授との不思議な縁を語っていて少々驚いた。私と古田教授との関係も改めて触れるまでもなく深いからだ。さっそくに宮家評をメールで訊いてみた。直ちに、「彼はほんものです。なかなか的確だ」といった意味あいの褒め言葉が返ってきた。誰に対しても歯に衣着せぬ厳しい見方をする彼にしては破格の高評価だった。岡崎久彦氏が逝ってしまった今、その穴を埋めそうな大物論客の登場に拍手したい。次作は、恐らくかんぐるに、彼が二度にわたって赴任した国・イラクがターゲットだろう。多分そのタイトルは『文明の交差点で喘ぐ イラクの結末』であろうかと私には思われる。(2014・12・13)