[3]感受性の浪費へ華やかに筆が踊るー三島由紀夫『アポロの杯』を読む/9-10

三島由紀夫没後50年を記念する一連のテレビ放映。その一つとしてのNHKBSの『今夜はトコトン三島由紀夫』(8-13)を観た。登場するパネラーに新鮮さを感じたこともあり、見応え十分だった。平野啓一郎、佐藤秀明、宮本亜門、ヤマザキマリ、宇垣美里、ハリー杉山(司会役)の6人。この番組後半で、それぞれが三島の著作からの〝一推し〟をあげるコーナーがあった。『金閣寺』『奔馬』『午後の曳航』『不道徳教育講座』『美しい星』と、私にとって読み方の浅深は別にして、これら5冊は既知のものだった。恥ずかしながら存在すら知らなかったのが『アポロの杯』(『三島由紀夫紀行文集』所収)だった。読み終え強いインパクトに圧倒された★1951年末に三島が南北米大陸から欧州へと、4ヶ月ほどかけて初の海外旅行をした際の紀行文である。戦後の米国による占領が続く状況下。未だ一般市民の海外渡航は許されず、知人のつてを頼って新聞社の特別通信員というかたちをとった。時に26歳。かつて幕末期(万延元年)に、福沢諭吉が遣米使節団につてを頼ってもぐり込んで初の海外渡航をした(4ヶ月ほど)時の年齢が25歳で、ほぼ同じ。片や敗戦後の日本が復興に向かう前夜、片や日本近代化の夜明け前。自由気ままな個人の旅と、曲がりなりにも通商条約批准のための幕府使節団の随行員の旅。三島と福沢ー似て非なる二人の船旅をつい比較してしまう誘惑に苛まれた★三島の少年時代は、決定的な病弱の中で異常なまでの感受性を研ぎ澄ます揺籃期。早熟な三島はこの旅の時までに、通常の作家、文学者の域を遥かに超えた創作活動を展開した。その後の自決に至る20年を思うとき、この旅は彼の人生のスプリングボードだったように思われる。「感受性を濫費し」「すりへらしてくるつもり」だとの、旅への意気込みの十分過ぎる披歴に、読むものは身構え続ける。とりわけ、「希臘(ギリシャ)は私の眷恋の地である」で始まる「アテネ」編はあらゆる意味で際立っている。「無上の幸に酔って」三島は、「筆が躍るに任せ」て、「今日ついにアクロポリスを見た!パルテノンを見た!ゼウスの宮居を見た!」と、〝らしくなく〟はしゃぐ★「一生のうち二度と訪れるであろうか」とまで言う三島は「絶え間のない恍惚の連続感」に浸り尽くす。並の感性しか持たない私など、三島の類稀な「希臘礼賛」に接すると、つい〝ひねくれ心〟が頭をもたげる。そんな国が欧州のお荷物と見做されるほど、今冴えないのは何故かと。かつて、ローマの地で作家の塩野七生に会い、イタリアの今昔を比較して同じような問いかけをしたことを思い出す。芸術家の鋭過ぎる感性への、凡庸極まる政治家の嫉妬がもたらす愚問であろうか。諭吉から三島へ、繋がるものは、ただ一つ。西洋文明、その思想に翻弄されない〝自主独立の日本〟へのあくなき渇望である。ゴールは未だ水平線の彼方に霞んで見えない。(2021-9-11一部修正 敬称略)

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