「人新世」ー人類が地球を破壊し尽くす時代を指すとのこと。1995年にノーベル化学賞を受賞し、今年1月に亡くなったパウル・クルッツエン氏が名付け親だという。その恐るべき時代を救う鍵が、『資本論』を書いたカール・マルクスの晩年の思想の中にあるとの見立てを述べたのがこの本である。著者の大阪市大大学院准教授・斎藤幸平氏は35歳。飛び切り優秀な若き経済思想家の注目される意欲作でありながら、気にしつつ読まずに放置していた。理由は簡単。『資本論』なるものへの〝定説〟が邪魔をした。その上、「人新世」とのネーミングにイメージが定着しなかったのである。読んでみてつくづくわかった。本も人と同じように見かけだけで判断してはいけない、と強く思う◆今、世界が直面している問題は「気候変動」で、2030年は世界史の分岐点であるとさえ喧伝されている。だからこそ「脱成長」論が台頭してきている。ところが、日本では殆ど無視されているのが現実だ。経済的に恵まれた団塊世代と困窮する氷河期世代の対立に矮小化されていることが原因だと著者は指摘する。成長の果実をしっかりと享受した老人たちが、後は野となれ山となれでは、若者世代が怒るのは当然だ。ここは、老いも若きも一体となって、きたるべき非常事態に備える必要があろう。かつて「南北問題」(この著者はグローバルサウスと呼ぶ)といわれた地球上の経済的格差は益々酷くなっていく一方なだけに、目を特殊な日本的視点だけに留めず、頭を上げて広く世界を見渡したい◆岸田文雄首相が「新しい資本主義」なる言葉を持ち出している。この意味するところは「株主優位でなく公益中心に」「成長と分配の好循環」などの方向性は示されていても、未だ全貌は明確になっていない。恐らくは、行き詰まった資本主義の現状を打開したいとの思いのみが先行してのネーミングだろう。日本のデフレ不況的混迷は、とっくに20年を超えて30年をも凌駕する。であっても、ひたすら経済成長を待望し、V字型回復を目指す流れしか目につかない。それだけに、その方向性を覆そうとする著者の意気込みは注目されよう。しかし、その作業を、あろうことかマルクスの晩年の思想の読み直しで試みたことには驚く。「ソ連の崩壊」を挙げるまでもなく、既にその思想の〝駄目さ加減〟は世に流布しまくっている。「資本論読みの資本論知らず」であっても、世の定見に変化は起きにくい。むしろ著者の提言を「新しい社会主義」の勧めと見てしまう◆「処女作に向かって回帰する」との言葉がある。人の知的創造行為は、一番最初の作品に原型が宿っているというもので、晩年にそれまでとは全く違う方向性を出すというのは、豊臣秀吉の「朝鮮征伐」を出すまでもなく、悪評が常だ。マルクスが今の地球異変を予測したうえで、処方箋を書いていたのを多くの専門家は読み落としている、といわれても俄に首肯し難い。尤もこのように私が言うのも、単にこの著作の初読みの読後印象の域を出ない。この本の興味深いところは、ヨーロッパにおける「脱成長」に向けての具体的な動きを、スペインのバルセロナを始めとして幾つか挙げていることだ。これらが未だ〝未熟な苗〟の段階であることは想像に固くない。それでもそこにしか地球を滅亡から救い、世界史を塗り替える手立てがないとしたら、我々も急ぎ呼応する動きを示さねば、と思う。(2021-12-15)