【19】5-⑦ 想像を絶する生き物の一瞬━━安藤誠『日常の奇跡─安藤誠の世界』

◆クマの談笑、ツルのダンス、フクロウの頬擦り

 「生きてるってことは実は奇跡の連続を経験していることなんです」──初めて安藤誠さんの「映像&講演」を芦屋市で開かれた講演会でのスライドやユーチューブを通して見て聴いた5年程前に強く印象に残った言葉である。それに刺激され、私の回顧録ブログは『日常的奇跡の軌跡』と名付けることにした。

 北海道阿寒郡鶴居村に根城を置き、日本中を駆け巡る写真家でアウトドア・マスターガイドの安藤誠さんと私は、一般財団法人「日本熊森協会」の顧問を共に今も務めている。その履歴は私の方が古いが、新しく加わった安藤さんの影響力は遥かに強く深い。講演を幾たびか聴き、釧路湿原近くにある、彼の経営する宿泊施設「ヒッコリーウィンド」にも行った。その人物の奥深さに傾倒してきた私だが、改めてその成り立ちをこの本で知って深い感動に浸っている。

 表紙は、人間のような表情をしたクマの顔をアップで撮った写真である。170頁に及ぶ本文の中に、兄弟と思しき二頭のクマの談笑する立ち姿、数羽のタンチョウヅルたちのダンス、つがいのエゾフクロウの頬擦り、凍った樹液を必至に舐めるシマエナガ、二羽のフクロウがじっと見つめる前を跳ぶように逃げるリス、サクラマスの滝登り、カメラに向かって威嚇するキツネの夫婦といった、動物や鳥そして魚のおよそ私たちが見たことのない一瞬の仕草を捉えた写真が次々と登場する。

 彼の講演会ではこれらの写真と映像をたっぷり見せて貰ったものだが、改めてその奇跡ともいうべき一瞬の姿に圧倒される。国際的な野生動物写真コンテストや自然にフォーカスした写真コンテストに幾たびも入賞している凄腕の作品については何度見ても息を呑むばかりである。

◆湿原の夜に野鳥や動物たちの音楽会

 「ご縁を歩く」と銘打たれた第一部では、クマを始めとする動物や自然との、幼き日の出会いが語られ、「栴檀は双葉より芳し」を強く実感するばかりだ。塾講師から大工になる青年期の苦労談では、出会いの不可思議さを味わう。とりわけ、お金の工面で行き詰まった時に、泣き喚くかと思った奥さんが「ふーん、で、今日何食べる?」と言ったくだりには思わず吹き出した。「こんな大変な時にどういうこと?」と逆ギレする彼に、彼女は「そんなこと言ったって仕方ないでしょ?でも、お腹が減ったっしょ?」とのやりとり。彼は「その時に思ったことは、この人には逆立ちしても絶対に勝てないんだなということでした」と。とてもチャーミングな彼女を知っている私だけに、この場面にちょっぴり羨んだしだい。

 この人は、写真家でガイドという本業以外に、自転車、バイク、ギター、陶磁器など多彩な趣味を持ち、それぞれの道に師匠や仲間がいる。第二部「 安藤誠の世界」ではそのことが愛おしげに語られ、ぐいぐい引き込まれる。そして第三部「ヒッコリーウィンドのネイチャーガイド」では、星空の下でのカヌーという幻想的な風景を始め、湿原の夜における野鳥や動物たちの音楽会、神様きつねの話などが、臨場感たっぷりに描かれ魅惑する。中でも空は晴れているのに突然雷が光り始めた時の描写が凄い。【モニターに映し出された映像に思わず叫んでしまった。それは小さな天使のような女の子に見える雲が稲光を雄阿寒岳のほうへ優しく包み持ち運ぶかのような光景。神々しい光はまるでカムイの矢のように見える】と。そう、この人は文章もまた実に巧みなのだ。この本を読んで、どうしてももう一度、かの地にたまらなく行きたくなった。

【他生のご縁 一目会って話を聞いてとりこに】

 北海道知床岬で観光船が沈没するという悲惨な事故が先年あり、多くの悲しい犠牲者を出してしまいました。実はこの場所近くに、私は安藤誠さんの案内で陸路行ったことがあります。ヒグマが大勢の見物客やカメラの放列の前で悠々とマスを捕まえ食べるシーンをじっくりと見せていただきました。まさに、奇跡の連続であったことを今懐かしく思い起こします。

 実は私が彼に紹介したもうひとりの男がすっかり捉われてしまい、大変な友情を結ぶに至っています。この人物は転勤で東京から札幌勤務になり、釧路をしばしば訪れるようになりました。ご両人を知る私は2人はきっとウマが合うと睨みましたが、案の定でした。安藤さんが講演のたびにいかに意気投合したかに触れていることを仲間から聞いてその都度驚きます。

 釧路湿原を案内された時に、私の歩き方を見て疲れていることを瞬時に見抜かれました。あれこれ気遣いをして頂いたことを思いだします。宿泊施設の前庭でキャンプ場さながらの雰囲気の中で彼が作ってくれた手料理の旨さも忘れ難いものがあります。野生動物の一瞬の生態をカメラに納め続ける腕からすれば、私のような柔な都会人の心の中を見抜くことなど赤子の手をひねるようなものに違いないと、出会うたびに畏れを抱くしだいです。

 彼の母上は著名なデザイナーで、鶴居村で作品展示ショップを開いておられます。そこに立ち寄り、私にはとても高価なアイパッドケースを買ってしまいました。いつも彼に見守られている思いで満足しています。

 

 

 

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