【20】失敗にこそ学べ━━黒江哲郎『防衛事務次官冷や汗日記』を読む/2-7

 元防衛事務次官が自分の失敗談を書いた、との新聞広告を発見した。長く外交安保分野に関心を持ってきた者として、「黒江哲郎」の名は明確に覚えている。私より一回りほど歳が違うので、付き合う機会はあまりなかったが、実直そうな雰囲気と、人気米映画の『24時』に登場する「クロエ」と同一名とあって、妙に忘れ難い。防衛省の事務方トップに上り詰めた人が「失敗だらけの役人人生」なるサブタイトルのついた本を出すとは。読む前に失敗の中身を邪推して心配しなかったといえば嘘になる。旧知の防衛官僚、自衛隊幹部のさまざまの顔が浮かび、複雑な心境になった。人の失敗談は面白いが、国家の安全を司る役所の裏事情を暴露して大丈夫なのか、との危惧を抱いたのである。

 時系列での章立てのため、最初の頃に登場する若き日の黒江さんの失敗談は実に興味深い。立ちくらみでフロアに昏倒したとか、車の中で、大臣に醤油を浴びせたといったことから、総理大臣やら、防衛大臣、先輩幹部に怒鳴られた出来事が次々と出てくるのだ。そんな中にさりげなく、政治家との付き合いにおいて、使ってはいけない「Dことば」やら、相手を乗せる「さしすせそ」といった言葉の使い方が挿入されている。つまり、「ですから」「だから」「だったら」は、相手を怒らせるし、「さすが」「知りませんでした」「凄いですね」「センスありますね」「そうなんですか」は、逆に喜ばせるというわけだ。理詰めで相手を屈服させる愚かさを説くくだりなど、身につまされる。

●〝男の器量表〟の感も

 この失敗談は、同時に相手側の人物査定にも繋がっている。醤油を浴びた大臣の対応の仕方を始め、必要以上に怒った人、逆に優しい言葉をかけてくれた人物などが散りばめられており、さながら〝男の器量評〟の感もする。知っている人ばかり出てくるので興味津々にならざるをえなかった。そう、この本は遅れてきたる後輩官僚たちへのこよなき教訓集であると共に、政治家の嗜みにも深く関わる〝村の掟〟集とも読める。我が後輩たちに読ませたい。そして、官僚、政治家の世界だけではなく、世の中全ての働く人たちへの〝仕事の手ほどき〟にもなっている。「冷汗三斗」の体験談を読むうちに、この国の「防衛」の実態が縦横斜めから分かってくる仕掛けだとも。

 この人は「南スーダンPKO日報」問題で、次官を引責辞任した。「自分の能力に対する過信の裏返し」で、「いつの頃からか、議論の際に相手の主張に耳を傾けるよりも、自分が正しいと考えるところを主張することばかり考えるようになっていた」と、「謙虚さを欠いていた」ことが失敗の原因だと、締め括っている。この問題は私には、当時の大臣の未熟さに全てを帰すところなきにしもあらずだったので、逆に彼流の謙虚さが浮き彫りなった感がする。最後になるが、この本の中で、公明党及び議員のことが3箇所出てくる。いずれも、温かいまなざしで貫かれた記述で、その優しさに改めてホッとする思いだ。さて昨今、優秀な大学生が就職先に官僚を志望しなくなったと聞く。この本が世に出回ってどうなるか。大いに気になるところだ。(2022-2-7)

【他生のご縁 解説を担当した朝日記者とも】

 この本について、私は当初危惧を抱いたことから書き出しています。恐らく、著者としては、この私の書き振りは不本意だと誤解するのではないかと〝危惧〟していました。案の定というべきか、黒江さんは、冒頭を読み「身構えた」といいます。後に批判めいたことが続くことを予想したのでしょう。しかし、そうではなかったことにホッとしたという意味のメールが届きました。タイトルから、あたかも防衛事務次官のゴシップ集であるかのような印象を受けたことを素直に私は表現したのですが、いささか不味かったようです。

 「政策は、政府が無機質に決定しているのではなく、生身の人間が努力を積み重ねて作り上げています。そうした政策決定過程の実態をお伝えできればと思います」というのが本心なのですから、サブタイトルは、『失敗から透けて見える政策決定過程』というあたりにして欲しかったと思っています。

 この本は、元防衛官僚を中心に作るサイト『市ヶ谷台論壇』での連載を、朝日新聞の論考サイト『論座』に転載されたものです。その辺を含め藤田朝日新聞編集委員が読み応えのある「解説」を書いており、大いに関心を持たせます。とりわけ安倍元首相に「厳しい刃」を向け続けた同新聞社の媒体に元事務次官の論考を載せるのは、元職同士とはいえ、それなりの苦労があったと思われます。当然ながら「平和安全法制」のくだりでは、きっちりと批判の矛先が元首相に向けられております。

 実はこの人は衆院憲法調査会の欧州視察団の随行記者。その一員だった私とは20年ほどの繋がりがあります。鋭いと定評のある敏腕記者です。そういう観点からも読む楽しみがありました。

 

 

 

 

 

 

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