【35】あれこれあるも強気は失せずー井戸敏三『兵庫と歩みて』(総集編)を読む/5-21

 「二十年 ふり返り見て 思うこと あれこれあるも 今は夢なり」➖井戸敏三前兵庫県知事の詠んだ短歌である。昨年夏の退任のあと、神戸新聞のインタビューに答えた『兵庫と歩みて』の末尾を締めくくっている。井戸さんと付き合ってきた多くの県民は、皆この一句に「おっと、出たぁ」と、にやりとしたはずに違いない。「井戸前知事の20年」とサブタイトルのついたこの記事は昨年11月23日から、今年の3月25日まで、15回に分けて同紙に掲載された。長沼隆之論説副委員長がまとめたものである。井戸さんは在任中に『一歩いっぽ』と題するエッセイ集を幾冊も出版してきた。「決断の重さを感じさせない気さくさが『キャラ』」(長沼)と言われる〝井戸風歩き方〟があちこちにみなぎった楽しい読み物だったが、今回のものは、その総集編ともいえよう◆私と彼とは1945年(昭和20年)生まれの同い年である。誕生した場所も、たつの市と姫路市と同じ西播磨。この20年、いや副知事として彼が戻ってきたのが96年だから、25年余にわたってお付き合い頂いた。これを読むと、この20年が、阪神淡路の大震災から、県下各地を襲った大水害、そしてコロナ禍へと、「災害多発の時代」そのものであったことを、改めて思い知る。心から懸命の戦いの労をねぎらいたい。その上で一点だけ注文を。私は「日本熊森協会」「奥山保全トラスト」の理事、顧問として長く兵庫県に物申してきた。その私が注目したのは、2004年に県下を縦断した台風23号の被害について述べたくだり(第8回)。間接的要因に山林の荒廃を挙げて「県民緑税(県民税均等割に800円上乗せ)を06年度に創設した。この税を活用して整備した森林は、流出割合が減ったとの実証実験の評価もある」と井戸さんは胸を張る。だが、現実は、焼け石に水。対症療法的対応の域を出ないのではないか。森林の全面的広葉樹林化を私たちは訴えている。兵庫の山と森の現状は抜本的解決には程遠いことを憂える◆この読み物は前知事としての思いの丈が散りばめられており、読み応えあるまとめとなっている。ただし5期目後半の振る舞いについては、私のような応援団から見ても首を傾げざるを得ない面が目立った。かの公用車の件や、コロナへの「うちわ対応」など、世間の批判にいささかムキになり、自分を正当化する反面、そのせいをメディアに向け続けた。「知事の独自性とか発信力が問われた」のは、「マスコミの作り上げた偶像」とし、大阪の吉村知事と自分との差異を「疑念なしとしない」と抗議の姿勢は露わだ。新聞記者根性が抜けきれない私だけに、ついメデイアの側の目線で見てしまう。多選批判にも「4年に1度選挙の洗礼を受けており」、「変わって欲しいから批判する」ので、「当選回数の問題じゃない」と、強気一辺倒である。今更しおらしくはなれないにせよ、後味はよくない。どこでも誰でも「多選の弊害」は著しいことは、普遍的なものではないか◆井戸さんのこうした姿勢の背景には、ご自身の知力、体力への過剰なまでの自信があると私は睨む。幕降りてなお、「憲法改正論議で地方自治の位置付け」に向けて、「提言や提案をしていけないかと考えて」いるとの発言や、「延期になったワールドマスターズゲームに出て、平泳ぎの50㍍、100㍍を泳ぎ切る」との意欲には驚くばかりである。官僚を経て地方自治体のトップとして生きてきた井戸さんの人生も、いよいよ総仕上げの段階に入った。彼が現役である限り、こちらも未だ未だと、勇を鼓舞して来た私たち戦後生まれ世代。その兄貴分として、兵庫の、そして日本文明の歴史的転換期を見守る守護神の役割を期待したい。

 そこで私もスローガン風の一句を。「大仕事 終えて 今なお 燃ゆる覇気 日本の夢を 挑み果たせよ」(2022-5-21)

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