(97)6-③ 薬剤師の誇りと由来を謎解きのごとく━━山本章『医者が薬を売っていた国日本』

◆医薬分業の歴史をわかりやすく

 薬というと誰にも、それこそ苦い思いをしたり、晴れやかな気分にさせられたりと、いっぱいの思い出があろう。少し前のことになるが、酒を飲む席で、歯痛がどうしようもなく酷くなった。ビールや酒、焼酎などを呑んでる最中に、痛み止めの薬をつい一錠だけ飲んだ。この後どうなったか。いやはや、思い出すだに辛い。就寝前に歯を磨いた途端、つまり薬を飲んでから5時間後くらいだったろうか、口の中が唇から舌までちょうど歯の治療時に麻酔を打たれたと全く同様にしびれだしたのだ。そして約30秒後歩くことも出来ぬほどの酩酊状態が起きた。以来二日間に亘って断続的に同じような症状が起こり、大変な思いをする羽目になった。

 医師に問診を受けても直ちに原因などは分からない。めまいのための薬を呑んでも全く効かない。脳梗塞ではないかとなって、CTやMRIなどを撮って調べたが、特に異常はなし。結果は「酒のせい」ということになり、やがて自然治癒した。

 こんな極端な例とは正反対にそれまでの苦痛からウソのように解放されたことも勿論多々ある。しかし、大筋は、〝効くもくすり、効かぬも薬〟というところかもしれないというと、薬剤師さんに怒られようか。私の周りには薬剤師出身の元衆議院議員や元神戸市議会議長らの友人、知人が少なくない。その筆頭とでもいうべき人物が8年ほど前にすごい本を出した。山本章『医師が薬を売っていた国 日本』である。

 これは日本における医薬分業の歴史を、きわめて分かりやすくかつ専門家の批判にも十分に応え得るように解説した画期的な書物だ。本人は薬剤師学徒や薬局関係者に読んでほしいと言っているが、これは薬を飲んだことのある人がみな読むべき本であると心底から思う。というのは、なぜ医薬分業が日本でかくほどまでに遅れて実現をみたのかが、あたかも推理小説を読んでいるかのように引き込まれつつ分かる仕掛けになっているからだ。

◆医師絶対化への問題提起

 謎解きをするべく著者はそれこそ時空を超えた旅に出るが、これがすこぶる楽しい。スイス・サンセルグから始まりフリードリッヒ二世の十字軍遠征につき合わせられる外遊──さながらこれは歴史散歩だ。また、日本全国の薬剤師の先達たちの足跡を追う旅は、知られざる逸品の苦労話の連続で、目からうろこならぬ、近眼にコンタクトを着けた趣きである。しかも適時、落語からの落し噺が出てきたり、「徒然草」からの兼好法師の言葉が顔を出し、おまけに自作の短歌まで幾つか披露されている。まさにほどよい癒しを感じた。

 医薬分業について少し私の感想を述べたい。正直、普通の暮らしの中で薬剤師の力を実感することはこれまでなかった。で、ご多分にもれず〝医師絶対〟の基本姿勢で、今日まで来たことは否めない。つまり、長い時間待って僅かな時間の診察のすえに医師が処方したものを、また薬局へ行ってそれなりに時間を費やしたうえで貰うのは、どう考えても時間の浪費だと考えてきた。医師が処方したついでに薬も渡して貰えばいい、と恥ずかしながらつい先年まで思ってきていた。今でも時々思わぬこともない。それは調剤薬局といいながらいわゆる調剤をしているのか、単なる出来合いの薬を棚から探し出すにしては随分と時間がかかるではないか、などと疑問を感じてきたからだ。

 本当に医師と薬剤師が対等に分業してやっていけるのか。だいたい、医師が処方したものを探し出すだけではないのか、などとかなり辛辣で傲慢な見方をしていたのである。それがこの本を読むと一変した。種明かし、謎解きを読まない人にするべきでないので控えるが、私の積年の疑問がほぼ解決した。ただ、山本さんにここまで期待されたうえで、本来のあるべき薬剤師の姿を明示された結果、現実の薬剤師さんたちの仕事ぶりがそれに見合ったものになるかどうかについては、いささかの不安と不審が残るとだけは言っておきたい。いつぞやも薬剤師資格を持たない人に、調剤させていた薬局の存在が報じられていたことだし。

【他生のご縁 奥行きの深さと軽妙洒脱さと】

 山本章さんは、姫路市で1945年に生まれた私と同郷の同い年です。幼い頃に両親を共に肺結核で亡くされ、養父母に育てられました。ご自身も若くして同病に罹り、落第を経験するなど辛酸を舐める苦労を重ねた末に、京都大学薬学部に進み、のちに旧厚生省に就職。最終的には麻薬課長を経て、製薬会社に天下るという薬と縁の深い人生を過ごしてきました。

 これまで政治家と高級官僚という関係を超えて、同郷、同年の誼みで親しくさせていただいてきました。今では、「姫人会」なる同郷の仲間の会で年に1-2度ご一緒するのが本当に楽しみです。様々な局面で奥行きの深さと軽妙洒脱さを垣間見せてくれるお人柄に、私はぞっこん参っています。

 第二弾の麻薬に関する本に続いて、先頃『出でよ!精神科病棟━━大勢で大勢の自立を支援する』という本を出版されました。退官後、一段と熱心に取り組まれてきたNPO法人活動の所産が盛り込まれています。障がいを持つご長男の実体験に基づいた心揺さぶられる本です。

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