【54】7-② ものごとの本質を追う真摯な姿勢━━田原総一朗『創価学会』

◆テレビ出演で「挑発」にハマってしまった私

 ひとまわりほど歳上のジャーナリストの田原総一朗氏のことを、私はかつて畏敬の念を持って見ていた。新聞記者願望の強かった私ゆえ、その道の大先輩として憧れていたといってよい。特に取材対象を追い詰めるその手法の鮮やかさには惚れぼれする思いだった。ただし、こちらが政治家になって、勝手が違った。2回ほどテレビで彼の番組に出て、この人お得意の「挑発」を受け、まんまと嵌ってしまった。屈辱感を味わった。それ以来どうも好きになれない。他にも理由はあるのだが、ここでは触れない。

 そんな私だから、テレビの司会番組は観ても、彼の著作はあまり読まずにきた。ただ、『創価学会』については読まないわけにいかない。むかしよく見た懐かしい映画をDVDで見直すかのように読んだ。この道60年の辣腕の人がもたらす手際の良さには唸るばかり。ただし、この人らしいツッコミが足りないところも指摘せざるを得ない。

 田原氏がこの本で解き明かそうとした重要な関心事は2つ。一つは「来世は本当にあるのか」との思想・哲学的関心。もう一つは「創価学会が『深刻な危機』を幾度も経験してきていながらその都度乗り越えられたのはなぜか」との組織論的関心。前者は池田先生との対談で極めて興味深い答えを聞き出したことを明かす。後者は、池田先生と会員一人ひとりとの絆の確かさにあるとの実態を彼は発見した。これに付随する展開を追いながら、ものごとの本質を追う真摯な著者の姿勢に強い感銘を受けた。ほぼ60年程創価学会員として生き、公明党に深く関わってきた人間として、多くの新たな気づきをも得ることが出来た。子どもや孫、友人たちに読ませたいと心底思った。

 ◆〝得意のツッコミ〟の足らなさ随所に

 一方、自民党を批判してきた公明党が今や連立政権を組むに至っていることを、リアリズムに徹したリベラリストの田原さんはどう見ているか。時系列的に追ってみよう。初めて連立政権を組んだ1999年10月の自自公内閣発足時。「(自民党を腐敗政党と批判してきたのに)明らかに豹変であり、私には納得し難い」。世間を分断する賛否両論が飛び交った2015年9月の安保法制成立時。「(自民党のブレーキ役を演じている)公明党がこの姿勢で頑張るかぎり、私は公明党を支持する」──16年後の見立ての変化の謎解き──原田稔会長とのやりとりが興味深い。

 立正安国という信念を持ちながら、どうして日本の政党で一番腐敗している自民党と連立するのかと、田原氏が訊く。それに会長は「連立することで、庶民目線を政治に反映させ、また、政治を浄化させることを目指したのでは」と答える。田原氏は「全然浄化できてないじゃない、どうしてそんな自民党とくっついているんですか」とたたみ込む。会長が「おっしゃられることはよくわかります(笑)」と述べた後、政治の安定の必要性から見て、果たして連立から公明党が外れるのがいいのかどうか、「慎重に(公明党には)考えながら進めてもらいたい」と答える。そこで田原氏は矛を納めている。

 かつて山口代表との対談本で、安倍元首相のいわゆる「モリ、カケ、さくら」問題を取り上げたくだりがあった。あの当時、「さくら」について、安倍さんと山口代表との新宿御苑での壇上でのツーショットが話題になっていた。それだけに田原氏のツッコミには緊張感を持って読んだ。しかし、ほとんど彼らしさがない中身だった。いつもの彼とは違って甘い田原氏が浮かび上がってこざるを得ない。恐らく根っこは人がいいに違いない。この本の締めくくりは「世界広宣流布に挑戦し続ける創価学会がどこに向かうのか。池田が育ててきた弟子たちの動向に、これからも注目していきたい」と結ばれている。

【他生のご縁 テレビで「冬柴さん」と呼ばれて】

 田原総一郎さんのテレビ番組に、出た時のこと。あれこれやりとりした最中に、私に返答を促す際に、「ふゆしばさん」と明確に問いかけられました。瞬時、私は、「赤松ですよ」と大きく言い返しました。彼は、バツが悪そうに「ああ、失礼」と言ったように聞こえました。その後、直ぐコマーシャルタイムになったので、その合間に「田原さん、酷いですねぇ。わざと言ったでしょ?」と伝えました。尊敬する先輩に間違われることに、目クジラ立てずともいいのでは、ということもあるかもしれません。しかし、名札も付けているし、似てもいない私に大きな声で違う人の名を呼ぶのは、失礼千万です。

 また、私が初めて出版した本を田原さんに届けたことがあります。ぜひ一読してほしいと思ったからですが、なしのつぶて。いちいち反応はしておれないということでしょうか。

2023年12月5日の正午過ぎ。上京中だった私は後輩の公明新聞のT 記者とランチを食べるべく、第一議員会館の地下食堂に行きました。入ってすぐのところに田原さんが座っておられました。私は直ちに、上に述べたような過去の思いをぶつけました。遠い過去のこと、恐らくわからなかったのでしょう。それには答えず、「アメリカとの関係が大事だよ、公明党頑張って」とだけ。嗚呼。

 

 

 

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