【58】世界の名画を陶板で再現、一堂に──玉岡かおる『われ去りゆくとも美は朽ちず』を読む/11-4

 四国は徳島県鳴門市の小高い丘の麓にある大塚国際美術館。そこに私は過去2度行ったことがある。最初はただただそのスケールに驚き、2回目は専ら感心するだけ。3度目の正直よろしく今度こそじっくり鑑賞してみたいと思っていた。その矢先に、兵庫は東播磨・加古川市在住の作家玉岡かおるさんが同美術館完成への一部始終を題材にした小説を書いた。この9月に出版されたばかり。直ちに飛びつき一気に読んだ。かねて人生最大の事業は、後世に不朽のものを残すことにまさるものはない、と思ってきた男の話だ。世に巨万の富を築くも、単に私腹を肥やすだけではむなしい。古今東西の一千点もの名芸術作品を、未来永劫にわたって朽ちないであろう陶板で作り直し、一箇所に集めるという離れ業をやってのけた。その人こそ「大塚製薬」の創業者大塚正士氏だ。彼をモデルに、そのもとでのプロジェクトチームの労作業を克明に描いた中編小説である。

 陶板による名画再現と聞いてまず思うのが、本当に長く持つのかとの疑問であり、持ったところで、所詮コピー、複製ではないかとの本質的疑念である。この小説でもその辺りについて、登場人物相互間で賛否が戦わされる。陶板の持つ寿命の長さは、既に発掘されたイタリアのポンペイや中国、エジプトの遺跡で証明されており、数千年の歴史を経て、今我々は見ることが出来る。

 一方オリジナルはせいぜい数百年しかもたない。このように、陶板によって長く保存が可能なことは実証済みなのだから、世界に現に存在する原画を20世紀の時点で陶板化すれば、半永久的に持たせられるというわけである。陶板の技術で本物と寸分違わぬものを作ることが出来、それを日本の徳島・鳴門に集めることで、大勢の日本人に見せたい──それこそ地域観光、郷土起こしの究極に繋がるとの発想だ。この世に今ある芸術作品を一生のうちに見られるか、見られないか。当初抱いた私の〝真贋の疑念〟は次元が異なる比較として吹っ飛んだ。

●美へのあくなき執念

 この本の読みどころは、一つは主人公の〝陶板国際美術館〟実現へのあくなき信念。次に関係者、とりわけ美術の専門家たちそれぞれの執念であろう。1000点の作品をどの分野からどう割り振って集めるかをめぐる会議の場面は特に面白い。古代ローマ、スペイン宗教画、ルネサンスなどを専門とする個性豊かな登場人物の丁々発止のやりとりに引き込まれる。また、著作権利所有者にどう許可を得るのか。これも興味深い展開がなされているが、現実にはこちらが想像する以上に、うまく運んだようで、ほっとさせられた。この小説を生み出すに当たって、著者の取材と構成への苦労がしのばれる。尤も、「存外に楽しかったわ」って、玉岡さんのことゆえ、いわれるかも。

 人間は長く生きても100年前後。それに比して美は永遠である。いかにして美しい芸術作品を生きながらえさせるかは、人類の課題だろう。だが、我々個人にとって、それらを生きてるうちにどれだけ見ることが出来るか?美術全集で見るのがせいぜいで、ヨーロッパの美術館で直接見ることができる人はそう滅多にはいない。この本の主人公はそれを陶板で蘇らせるという画期的な方法を踏襲することで可能にし、しかも1箇所に結集させた。この辺りを考えると、この本はやや淡白な印象を抱く。もう少し背景を深掘りして長編にしても良かったのではないか、と。また、美術館に展示されている作品の一部でも写真で掲載されていたら‥‥(おっと、それでは小説ではなくなってしまうか)。絵画芸術、美術作品の奥深さをペンで描くことの難しさを感じつつ、あれこれ想像の翼が羽ばたく。2年前の夏、大塚美術館と目と鼻の先にある南淡路市に家族で行きながらリゾートホテルにいただけ。徳島・鳴門に一歩も踏み込まなかった。孫や子を連れて行っておけば?来年の楽しみに取っておこう。

【他生の縁 作家デビュー直後の自宅へ】

 玉岡さんのご自宅に随分前に実は行ったことがあります。初当選以来、色々な面で親しく付き合っていただいた、播磨地域を拠点にする建設業界の雄・S社のW元社長と一緒に。彼が偶々地域のお茶会の場で玉岡さんにお会いして意気投合、お誘いいただいたのでとのことでした。

 いらい、彼女の小説はデビュー作『夢食い魚のブルー・グッドバイ』(1989年)から、織田作之助賞に輝いた『お家さん』(2007年)など、それなりに読んできました。つい先年には、北前船に取り組んだ男を描き、新田次郎文学賞を受賞し、一段と円熟味を増しています。

 一方、この地域特有の「溜池問題」にも取り組んできています。環境保護団体と共に企画したフォーラムに対し、泉房穂明石市長から「税金の無駄遣い」だとの暴言を浴びたことが話題になりました。よりによって、播磨生え抜きの著名な女流作家に噛み付くとは無謀なことよと、皆彼を憐れんだものですが‥‥。

 

 

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