【57】大統領の「議会襲撃」扇動──阿川尚之『憲法改正とは何か』を読む/10-29

 選挙結果に疑念を持った大統領が自分を支持する有権者を扇動、暴徒化させ、議会乱入を許した──昨年1月のアメリカでの出来事である。我々は報道を通じて、トランプ氏のしでかしたことをそう認識した。現に彼の責任をめぐって、下院特別委員会が調査を進めるべく、当の本人やその側近を召喚しようとし続けてきている。だが、それに応じようとしないままもう2年近くが経った。このほど、連邦地裁が元首席戦略官のスティーブ・バノン氏に対して、禁錮4ヶ月の実刑を言い渡したと伝えられた。一方、トランプ氏及びその支持者たちは、バイデン民主党に激しい敵意を剥き出しに反撃を繰り返す。こうしたニュースを聞くにつけ、米国分断化への更なる懸念は募る一方である。まるで南北戦争の再来ではないか、と。そんな思いから米国の憲法についての歴史に思いを馳せるに至った。そこで阿川尚之さんの本を読むことにした。だが、この本はトランプ大統領誕生後の2016年5月に発刊されたもので、当時日本では安保法制で大騒ぎの末に決着をみた頃だ。むしろ「日本人の硬直した憲法観を解きほぐす快著」との触れ込み通り、我が日本国憲法に考えが及ぶ。日米の憲法比較についての興味深い内容であった◆「大統領が憲法に挑むとき」(第9章)では、「私の知るかぎり、憲法に公然と反して、あるいは憲法を無視して、政策を実行すると明言した大統領は1人もいない」とあるのは当然のことであろう。ただ、南北戦争の時のリンカーン大統領が講じた一連の措置は、憲法上の措置を踏まずに行われた。民兵の召集や戦費をまかなう債務保証の発行、南部諸港の封鎖などを、憲法上の手続きを踏まずにやったのである。後にこうした行為の一部は大統領の合憲性をめぐって争われた。阿川さんは、米国憲法では、連邦議会の権限については「相当細かく規定」しているが、大統領のそれについては、「比較的おおまかに定めている」ことに注意を促す。戦争をめぐっては、「議会は憲法が与えた自らの憲法権限を盾に、しばしば大統領の戦争のやり方を掣肘する」ため、「制限を嫌う大統領とのあいだでは、争いが絶えない」──これはよく分かる。ただ、選挙結果をめぐっての大統領の議会襲撃扇動は、憲法の想定範囲だったに違いない◆「アメリカ憲法改正の歴史から何を学ぶか」(第10章)は、正式な手続きによるものと、それによらない実質的な改憲の是非についての考え方の例示が参考になる。①憲法の制定と改正は一体②憲法の改正は国民の権利③簡単過ぎる改正は危ない④憲法は解釈しないと始まらない⑤解釈によって憲法は変わる⑥護る憲法、破る憲法⑦国のかたちは国民が決める──このくだりではとくに④⑤と⑥について、日本との違いを痛感する。年がら年中戦争をしまくっているように見える国と、戦争を放棄している国とを比較すること自体に無理があるのだが、国のかたちを考える上で興味深い。米国の場合は大統領の権限が強い。対外的な戦争に踏み出す際に、「戦争権限の限界について論争が繰り返される」が、その都度「国民は『仕方がない』と受け止めてきたように思われる」。大統領は事後的に議会の承認を求め、選挙を通じて、国民はその評価を表明する。およそ、そんなことが許されない日本の場合は、安保法制のように憲法の解釈そのものから大騒ぎになる◆最後に、日本の憲法について感想を述べているところが興味深い。❶改正が一度もない日本の憲法❷保守的な護憲派、進歩的な改憲派?❸憲法の全面改正は望ましいか❹改正手続き条項改正の是非❺日本国憲法は硬すぎるか❻解釈改憲はすでになされている❼司法審査と憲法論争の活発化❽国際情勢の変化と憲法の解釈❾たかが憲法、されど憲法──ここで披歴された感想はこの本の白眉で、いずれも私には極めて穏当に思える。とりわけ、❻で、安保法制は合憲か違憲かで論争が続くが、「ひとえに国民のあいだで今後この法律が定着するかどうかにかかっている」との結論には我が意を得たり、である。最終的に「一種の知的ゲームとして、無謬性を排し、多少のユーモアも交えて、正式の改憲や実質的な改憲も含めあらゆる可能性を検討することこそ望まれる」と締めくくっている。この線で我が国会もいくしかない。(2022-10-29)

★他生のご縁 妹御・阿川佐和子さんとの面談せがむ

 阿川さんにお会いしたのは「慶大出身の国会議員の集い」の場が初めて。私の現役の頃は毎年恒例で、楽しみな会合のひとつでした。この時とばかりに色んな方々と交歓のひとときを持ちました。阿川さんはかの有名な作家・故阿川弘之氏を父に、『聞く力』の著者で、マルチタレントの阿川佐和子さんを妹に持つ方です。

 初対面の時に、「佐和子さんに会わせてください」などとミーハーそのものの発言をしてしまいました。「いいですよ、言っておきます」と温かくも嬉しい返事。それからしばらくして、偶然にも新幹線車中で彼女とばったりと出会いました。束の間でしたがお話できたのです。素晴らしい笑顔に満足したひとときでした。

 

 

 

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