【59】6-⑦ 地獄の沙汰にも屈しない──村木厚子『日本型組織の病を考える』

◆まるで犯罪推理小説のおもむき

 村木厚子さん──郵便不正事件で不当逮捕(2009)され、454日間勾留され、無罪が証明(2010)されて今度は一転、厚生労働事務次官に就任(2013年)、退官後(2015年〜)は様々な福祉活動を展開する。話題になり続け、最近は忘れられているこの人のことを改めて考えたいと思い、出版から4年経ったこの本を選んだ。まるで犯罪推理小説を読むように吸い込まれながら、胸打たれ涙することもしばしばだった。検察官のデタラメに歯ぎしりする思いに陥りながら、心温まる家族愛や友情溢れる仲間たちの支援に感激する。そして「日本型組織」のもつ病理に思いをいたすことになった。

 これほど起伏に富んだ読み応えのある事実に基づく問題提起をする本はそうザラにない。働く女性たちは、その逞しい〝燃える魂〟に感化され、己が平穏な日々を自省する。働く男たちは、こんな難事が自分の人生に降りかかってきたらどうするかと身構える。私のような後期高齢者は、のほほんとして生きてきた人生との比較に慄然とする。いやはや凄い。あまりのスーパーウーマンぶりに驚くばかりである。これは優等生たちの〝別世界の物語〟だと、凡人が思い込む危険性さえ潜んでいよう。

 というのは全部読み終えての読後感。前半1-2章はひたすら検察の無謀な悪だくみに呆れ果て、半年近くに及んだ彼女の拘置所生活に怒り天を突く思いになる。後半の3-4章からは視点が背景に広がる。決済文書の改竄という〝前代未聞〟の出来事が繰り返されるのは一体何故だろうか。村木さんは、それは建前と本音の乖離にあり、間違いを軌道修正出来ない組織の病弊に起因するという。権力、権限、プライドがあって外からのチェックが入りにくい「財務省、防衛省、検察、警察などが典型」で、「マスコミや、教師や医者など『先生』と呼ばれる職種も危ない」と、具体性を持たせた記述は興味深い。実は、この本の発行元はKADOKAWA(角川書店)。「東京五輪汚職」を連想し、ブラックユーモアを感じてしまうのはご愛嬌と言えようか。

◆退官後も世直しに取り組み続ける

 様々に思いを広げさせてくれる好著だが、家族愛については超弩級に抜きん出ている。地検から呼び出しを受ける前に、郷里高知に住む父親に村木さんは心配しているだろうと、電話を入れる。──父「やったのか」私「やってない」父「それなら徹底的に戦え」私「徹底的に戦う」──ここは、グッときた。地方公務員だった父とのこのやりとりで、娘の腹は決まった。厚労省同期の夫は、もとより動じるはずがない。共戦の同志として一体だ。「相談しやすく、信用できる、一番の親友が彼」とくると、読者は「もうご馳走様」というしかない。「イクメン」で2人の娘さんを徹して可愛がり大事に育ててくれたとのくだりに接すると、非のつけどころなしの百点満点のパートナーであり、共稼ぎ夫婦の鑑である。厳しい検事たちとの壮絶な戦いから、感動的な勝利を経て、日常の生活ぶりに至る村木さんの生き様を見ると、ほんのりした人間性が一貫していて気持ちいい。「いい人っていいなあ」というどこかで聞いたセリフが浮かんでくる。

 事務次官を終えて退官をした後も村木さんは、「若草プロジェクト」という、貧困、虐待、ネグレクトなど厳しい環境に置かれた少女たちを救い、支援する運動に関わってきた。また、「共生社会を創る愛の基金」なる累犯障害者への支援にも取り組む。福祉と結びついていないため困窮した挙句罪を犯してしまう人に手を差し伸べている。共に、彼女の拘置所での体験がきっかけだ。「退官後も『世直し』を続ける」との第6章にこうした活動の全貌が明らかにされていく。強い刺激を与えずにはおかない。

 この本は、無実の罪に突然はめられた「女性巌窟王」のようなドラマであると共に、働く女性にとっての参考書でもある。極上のカタルシスを味わえるうえ、いかに生きるかのとっておきの指南も受けられる。ついでに日本の行く末に思いを凝らす老政治家はこの上ない気づきを貰えた。

【他生のご縁 無罪後に直接会って体験を聞く】

 この事件を知った時は私は厚労省をとっくのむかしに去っていました。直接のご縁はなかったものの、落ち着かれたら是非会って話が聞きたいと思いました。30年ほど長田高校の後輩Kさん(厚労省勤務)に仲立ちを頼みました。彼女は日頃から尊敬してやまない村木先輩のことゆえ、直ちに連絡を取ってくれました。10年ほど前のことです。女性官僚2人との有意義な語らいでした。

 村木さんのお話で印象深かったのは、既に書いたように、夫・太郎さんや2人の娘さんら家族と多くの友人らの支えで、周りがあったればこそと言っていたことです。父上の話はこの本を読んで初めて知りました。加えて、拘置所内で、本を沢山読まれたとのことなので、どんなものを?と聞いてみました。塩野七生さんの『ローマ人の物語』全15巻です、と真っ先に挙げられました。自分も既に読んでて良かったと、ほっとした気分になったものです。全部で150冊読まれたとのことですが、逞しい精神力に感銘します。

 

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