【66】仏像、古物に取り憑かれた記者──武田良彦『骨董病は治りません』を読む/12-28

 呆れ果てた。4LDKのマンションの部屋のすべてが骨董品でいっぱいなのだ。著者との付き合いは、私が新人議員だった頃に遡るが、神戸新聞の東京詰め記者だった。それからほぼ30年。こんな趣味があるとは知らなかった。先年ある日。突然にこの本が送られてきたので、お礼を言うべく電話をかけたところ、偶々彼が主宰する「芋煮会」が近日にあるという。これは行くしかないと即断した。

 リビングには仏像やら埴輪のようなものが林立。ソファの上にも大日如来像が。普段は武田さんの枕元で寝姿を見つめてるとのことだが、来客で布団を片付けるついでに、その像もソファに移動するとのこと。徳利、花瓶茶碗、急須、お皿と思しきものや古銭など、本来収まるところからはみ出て、ところ狭しと並ぶ。絵画の類も同様。壁にかけられたもの以外はあちこちに立てかけられている。

 およそ私は骨董なるものに興味がなかった。旧友が京都や奈良の古寺漫遊のついでに、骨董品を見て回るということを楽しげに語っても、聞き流してきた。そんな私がこの本を読む羽目になった。元々新聞に連載されたものだけあって、実に読みやすく面白い。全部で66編。一つずつにオチがあり、まるで落語集。導入噺が泣かせる。

 骨董屋の店主との25年前の神戸での〝処女体験〟だ。松の図柄入りの古伊万里のそば猪口に目が止まった。値段は、聞くと15000円。額の汗を拭う彼に店主は「お客さん、骨董を買うの初めてやね」と。店主の骨董入門のご高説を聞くも決断がつかない。結局は値が半額だった傷ものを買った。その夜。念入りに漂白剤をつけて洗ったのち晩酌を始める。すると、買いそびれたあの松の図柄が脳裏に。なぜ買わなかったかと、夜通し後悔する。翌日仕事後、直ぐに店に行く。亡母への香典が入っていた財布から、店頭に並ぶ5個全て買った。猪口の飲み口の傷には、恐るべき「骨董病のウイルス」が入っていたに違いない、と。ここから先、次々と体内に広がった病の進む様子が語られる。

 店の主人との駆け引き、お金との相談。パターンは似ているものの、対象が変わる上、段々上手くなる買い方の手口に引きこまれる。ページを捲るうちに読む方にまで病がうつってきそう。怖くなる。ただ、この病、うつって欲しい気もする。日本の歴史、文化への関心が大きく変化するという副作用つきだから。

●「紅旗征戎吾が事に非ず」

 藤原定家の短歌の掛け軸を、京都の古美術品オークションで20数万円で落札した話が出てくる。堀田善衛の『定家明月記私抄』を読んで以来、定家が日記に残した「紅旗征戎吾が事に非ず」が気になっていた彼は飛びつく。1989年のベルリンの壁崩壊を機に、文学、政治に関心をなくしていた胸に響いたのだ。政治には関与せず、歌の道に専念するとの芸術至上の生き方に共鳴するものがあったのだろう。尤も、私はかつて定家のこの言葉を知った頃に、彼とは違う感慨を持った。定家は当時の政治に直接関与できない故に別の道に進んだに違いないと、思ったのである。

 「1989年」は確かに大きな転換期であったが、私は一段と政治にのめり込んだ。ほぼ30年が経って、ゴルバチョフの「理想」はうたかたのごとく消え、プーチンの「現実」が執拗に世界をさいなみ、消えない。人の生き方では、武田さんの見立てが正しかったのかもしれない。

 一番高い買い物を彼がしたと思われるのが200万円の脇差(小刀)。鳥取の古美術店で一目惚れして、定期預金を解約する。15万円以上のものを買ったことがないのに。この病に罹る人が不定期に起こす〝発作〟らしい。毎夜、寝る前に刀を抜き、刃紋や拵(外装)を眺めるのが日課になる。3日目の夜、深酒をして帰った彼が刀を眺めていると、突然、両手が勝手に右首筋にその刃を寄せた。逆らえない力が両手を動かしたのだ。そこへ、天井から声が降りてきて、「切れ」「切れ」と。「背筋に異様な寒気が走り、すんでの所でわれに返った」という。幸か不幸か、翌朝店主に事の次第を話すと、快く返品に応じてくれた。いらい、刀剣には手を出すまいと彼は決めるものの、20数年ぶりにまた発作に見舞われる‥‥といった具合に続く。

 芋煮会の場で、こんなに集めてどうするの?と訊いた。眼鏡をかけた仏像のような顔はニコニコするばかり。その時私は、この御仁は骨董品屋になるに違いないと思った。

【他生のご縁 〝おひとりさま〟ゆえの〝求道〟】

 武田さんはかつて但馬支局時代に、出石出身の加藤弘之第二代東大総長の史伝を書きました。なかなかの出来栄えに、いつの日か2作目をと期待していたら、ようやくこの本が出たのです。

 こうした趣味が続くのも一人暮らしだからに違いありません。仏像に添い寝されるよりも生身の、と思うのですが‥‥。古いものを愛する彼には若い娘さんは、似合わないのかも。そのうちに、大年増を紹介されると睨んでいます。

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