【70】5-⑥ ネグレクト、虐待を防ぐために── 阿部憲仁『人格形成は3歳まで』

◆「凶悪犯罪多発の時代」をどう見るか

 三つ子の魂百まで──昔からよく聞いてきたし、しばしば口にするフレーズだ。人の性格や気質などのあり様は、ほぼ三歳ぐらいで決まり、幾つになっても変わらんという意味に私は理解してきた。青年期に、気弱な自分を変えたいとの思いもあり、日蓮仏法の門を叩いた。だが、「宿命転換は出来ても、性格は変えられない」と知って失望したものだ。それから60年近く経った。今ではしみじみとその意味が分かる。

 人間形成は、環境で決まるか、それとも、生まれながらのもので決まるのか。こんな議論も繰り返してきた。結論は二者択一ではなく、どっちも影響するということに落ち着いたものだ。そういう過去を思い出す本に出会った。

 『人格形成は3歳まで』の著者・阿部憲仁氏は、国際社会病理学者で桐蔭横浜大の教授だが、実は20年来の私の親しい友人でもある。副題に「最新凶悪犯罪分析に基づく子育ての参考書」とある。28人の凶悪犯を分析し、幼少期の家庭環境に問題ありを実証した上で、最終章に「家庭における親子の在り方──子育てマニュアル12の法則」がまとめられている。「失敗した者たちから学ぶ『こう育ててはいけない』という反面教師的なマニュアル」なのだ。

 1995年の阪神淡路大震災以降、この30年近く〝大災害の時代〟の到来と呼ばれてきたが、同時に〝凶悪犯罪多発の時代〟とも言われる。日本の社会も自然環境も、「安全・安心」はもはや神話の領域とさえ。〝子育てこそ最大のテーマ〟と施政方針演説で述べた岸田首相や政治家に読ませたい。少子化対応で予算分配にしか関心がないようでは、いけないよと。阿部さんはアメリカで、「ギャング、マフィア、白人至上主義者ら数多くの凶悪犯罪者たちと直接やり取りを重ね、彼らの家庭環境と犯罪タイプを含めた人格分析に努めてきた」経歴の持ち主である。かねてその体験を仄聞してきたが、改めてその所産を披歴され、怖い犯罪者の顔に辟易しつつページを繰った。いやはや、よう書くなあと呟きながら。

◆興味深い12のマニュアル

 安倍晋三元首相射殺犯の山上徹也を筆頭に、28の類例が考察される。ここではかねて気がかりだった3つの事件の分析を取り上げたい。一つ目の山上の犯行は、「『母親の愛情のネグレクトによる無差別殺人』と同じ心理メカニズム(常態化した攻撃性)によるもの」だと断定する。「怒りの放出先が、元凶(母親)に向かわず」、旧統一協会から元首相へと移行していった流れの分析は鋭い。3年前のSNSでの「俺は努力した。母のために」との「悲痛な叫び」は、「自分の犯行を『正当化』するための後付けの大義名分である」と。二つ目は、「元厚生労働事務次官連続殺人事件」。愛犬が保健所で殺処分されたことに対して、所管官庁のトップに「復讐」した。父が献身的な交通指導員だった家庭で、顧みられずに息子は育った。「親の偏った生き方によるネグレクトによってポッカリと空いた穴」をどう埋めるか。心の闇は愛犬の死から40年余後に炸裂する。その原因は「子供の感情を完全に無視した父親の非道による」と。三つ目は、「元農水事務次官長男殺人事件」。この事件の元凶は、「『学歴』のような自分の表面的な価値観でしか子供を見ることのできない親の姿勢」。両親に、子供の時から「ネグレクトされ続けた」長男は44歳の時に、元事務次官の父親とぶつかった末に殺害された。

 著者は、凶悪犯罪を単発自爆型=ネグレクト系環境(親から子に関心が向けられない)と、犯行継続型=虐待系環境(子どもに不自然な力がかけられる)とに大別する。幼児期に、ネグレクトや虐待を受けて育ったら、こんな恐ろしい犯罪に関わる人間に育つのかと、改めて思い知らされる。そうならぬために①家庭は、子どもが社会に出る準備の場②親はもう一度自分自身の性格や行動を見つめ直そう③子どもが自立して生きていける力をつけてやる④親が子に愛情を与えなければ「人」として育つことはできない──などの12のマニュアルが興味深い。

 「子育ての主役はあくまで『母親』である」との11番目のマニュアルを発見して、「父親失格」の私など正直ホッとした。読み終えて、人間が本来持って生まれた資質は、主役・母親、脇役・父親の「ネグレクトや虐待」によって、残酷にも捻じ曲げられることは明確になった。私は、「日本の危機は、〝団塊世代の子育ての失敗に起因する〟」との自論を持ってきた。今さら、〝孫育て〟に妙な手や口を出して、事態をさらに悪化させぬよう、じっと見守るしかなさそうだ。

【他生のご縁 「熊森協会」に繋がれた出会い】

 阿部さんとのご縁は、一般財団法人「日本熊森協会」に始まります。2人とも「クマと自然」を愛してやまぬもの同士。両方の連れ合いを交えて4人で幾たびか東京・新大久保でお好焼きの鉄板を囲んだことも懐かしい。

 彼が英語の達人と聞いて、私は恥を忍んで個人塾の生徒になったもの見事に挫折。その師匠が私につけた渾名は「永遠の受験生」──これは〝生涯学習〟の志を捨てぬ私の本質を見事に突いた名ネーミングと密かに満足するしだい。

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