【73】「巨悪」と「被災」に挑む「仕事人」──西岡研介『噂の真相 トップ屋稼業』を読む/2-13

 『神戸新聞』から『噂の眞相』へ。新聞記者からトップ屋へと転身した筆者は、その後、週刊誌などを舞台にフリーランスの物書きとして活躍している。この本が世に出たのは2001年。あの頃、直ぐに読んだ。新聞記者時代の彼をそれなりに知っていて、大いに興味を持ったからだ。

 読み終え、不思議な爽快感を感じた。こういう男に睨まれると、スキャンダルの主は怖いだろうなあと思った。うち続く不条理な出来事。その影でうそぶく悪者。誰かこんないい加減な奴を始末してくれないものか。世間一般の秘められたる期待を背に、快刀乱麻を断つ‥‥。

 実は、2023年1月8日に久しぶりに放映された新シリーズ『必殺仕事人』(東山紀之主演)を観た。スカッとした。そして、改めてこの本を思い出し、ほぼ20年ぶりに再読した。「そうか。西岡は『仕事人』なんだ」と独りごちた。〝強きをくじき、弱きを助ける〟──彼の人生の〝変わりばな〟となった本を前にして、そう合点する。

 彼がターゲットにした最初の人物は、N高検検事長。いわゆる女性スキャンダル。いつでもどこでも起こってきたし、今もある不祥事。珍しくはない。だが、この事件は、やくざな『噂の眞相』が取り上げたものを、かたぎの『朝日新聞』が追いかけてトップ記事にしたことが違った。結果的にはスクープした西岡記者の名を高からしめるに十分だった。

 彼の手にかかった有名人は数多いが、この本で読者としての私の印象に残ったのはN弁護士、I元知事、M元首相の3人。本には勿論それぞれ実名で激しく攻撃されているが、故人であったり、噂の域を出ぬものもあったりするのではと、あえて実名は書かない。彼は新聞記者から『噂眞』に転職した理由を、「マスコミ報道が孕む『構造的欠陥』に悩んだ私は、批判の対象を権力者、しかも大物に絞るというこの雑誌の編集方針に共鳴したからこそ」と書き、そこに「逃げ込んだ」と心情を吐露している。彼のいう「構造的欠陥」とは「『ペンを持ったお巡りさん』よろしく、捜査当局と一緒になって、罪を犯した『元一般人』を追い回し、その過程で罪なき人まで傷つけ、時には『冤罪』まで作り上げる‥‥」ことを指す。耳の痛い事件記者は多かろう。

    この本は、いわゆる大物の「噂」を追って一撃を加えるトップ屋の実像を描いただけではない。阪神淡路大震災に直面した地元記者としての、辛くいたたまれない経験もしっかり書き込まれている。加えて「災害や事故、そして犯罪による被害者に対して傍若無人な振る舞いをして恥じないマスコミは必ず社名を挙げ、徹底的に批判した」とまで述べて、自分の属した世界に厳しい刃も向け続けた。しかし、彼は、それと同時に、自身が転職をした背景に「自分は震災から逃げた」ことも忘れていない。

   この時から約10年後の2012年4月に出版された『ふたつの震災 [1・17]の神戸から[3・11]の東北へ』は、同僚記者だった松本創との共著だが、その思いへの決着の書でもある。「一瞬にして5000人以上の命が失われ(最終的な死者は6434人)、住民や警察、消防による懸命の救出活動が続いていた現場で、西岡はあまりに無力だった。救出を手伝うでもなく、悲しみにくれる遺族にカメラを向けることはもちろん、声を掛けることもできず、ただただた佇んでるだけだった」──ここから始まる「神戸から東北へ」の被災地でのトップ屋の筆致はいかに、と新たな西岡を追う読者の心は妙に高まるのだ。

 「阪神・淡路大震災で私たちの前に立ち塞がった最大の敵は、自らの記憶も含めた『風化』だった。当時、ともに20代のチンピラ記者だった私たちはそれに、いともたやすく打ちのめされた。(中略) 今後も東北の被災地を歩き、愚直に、言葉を紡いでいく──。阪神淡路大震災で味わった無力感や後悔を今も抱え続けるもの書きの、ささやかな抵抗である」。こう、西岡記者はあとがきを結んでいる。スキャンダルへの厳しいタッチと大震災地への優しい眼差しと。ジャーナリズムが追う二つのジャンルは、「人災と天災」という2つの災害に立ち向かう人の心根をも分ける。

 新聞記者として人生のなりわいをスタートして、政治家を経て今は、元記者として老境を迎えた私も、西岡記者の激しさと優しさを前にして共感することは少なくない。『仕事人』の原点は、社会悪、巨悪への怒りである。その点を忘れぬようにと、自らを戒める。と共に、縁あった記者であり、トップ屋の行く末も見届けたいものである。

※他生のご縁  取材する側からされる側へ

筆者と初めて会ったのは、私が衆院選に出馬した時。今からほぼ30年前。彼は候補者を担当する駆け出しの記者。その後の〝変身〟が信じられないほど「純な印象」でした。と、思う私自身も似たり寄ったりでしたが‥‥。

ここで取り上げたように、彼は堂々たるもの書きに〝進化〟していきました。彼の活躍を見るたびに私も原点を銘記するのです。

 

 

 

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