【85】住まいと老いと品格と──塩野七生『人びとのかたち』を読む❹/6-24

 衣食住──人間が生きていく上で欠かせぬ三大要件は、どれも大事で、重要度の優劣はつけ難い。ただ高年齢になると、食や衣はそれなりに贅沢やおしゃれに挑戦できるものの、住まいばかりは、新築や改造もままならない。テレビや映画で、素敵な家を見るたびに、思うことは多かったが、もはや諦めた。そんな私だが、かつてこの映画を見たときは、大きな家に住むのも考えものだと思わなくもなかった。その映画とは『ローズ家の戦争』。観たのは随分前だが、シャンデリアを空中ブランコのように使って夫婦が争う場面(どっちが襲うか覚えていない)にはたまげた◆ストーリーは大方忘却の彼方なので、説明は端折る。要するに、夫婦喧嘩が高じてそれぞれに思いのこもる豪邸から離れたくなくなった。心は冷え切ったにもかかわらず、離婚もできず家庭内別居ならぬ〝家庭内戦争〟に陥る。まさに壮絶な乱闘が展開され、やがて遂に死に至るというもの。豪邸に住んだものの離婚する羽目になった有名芸能人カップルというのは時々耳にするが、流石に家が「戦場」となったケースは知らない。観終えて、ああ自分ちは狭くて良かったと、皆妙に胸撫で下ろすかも。私のような40代になる直前に7部屋もある家を借金して東京に建てながら、選挙のために流浪の旅に出たまま帰れない人間も珍しい。引退した後も自宅は人様に借りて貰い、自分たちは70代後半になった今も、狭いマンションに仮住まいをし続けているというのだから、これもまた哀れだ◆年老いてからの住まいが私たち夫婦のように、若き日と逆転してみすぼらしくなってくると、自業自得とはいえ、あれこれ〝心の整理〟が必要である。それこそ書斎にぎっしりと揃えた蔵書はとっくに消えてしまった。本は図書館で借りて読むといった生活に慣れると、何だか20代に戻ったようだ。だから、若さ維持に繋がるとは口にするものの、所詮痩せ我慢にすぎないだろう◆老いをあらゆる面から描いた映画といえば、『8月の鯨』。塩野さんはここでも凄く品のある老姉妹に着眼している。今や品格の良い老人には滅多にお目にかからなくなっただけに、この映画は希少価値がある。住まいのありようと、気品は直結せぬと自らに言い聞かせているものの、自信はない。どんなところに住んでいても心には錦を飾っていたいものではある。この映画も是非、ビデオで観て、〝老いの道連れ〟にしたい。前回に続き、塩野七生さん理解のキーワードは「ディグニティ」だという点に、大いに共感を抱く。(この項了 2023-6-24)

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