【95】没落の兆し漂う超大国と日本━蓑原俊洋『大統領から読むアメリカ史』から考える/9-28

 

 いま、超大国アメリカはおかしくないかとの懸念がつきまとっている。それを言い出すなら、英国も、中国も、もちろんロシアもとっくに狂ってる、そして我が日本も、との声が聞こえてこよう。つまり地球全体、全人類にそこはかとない不安が漂っている。その問題意識の上に立ち、まずアメリカという国の歴史をつぶさに見てみたい、と思った。そんな折、『大統領から読むアメリカ史』を手にすることになった。建国の父ジョージ・ワシントン初代大統領から46代のジョー・バイデンに至るまでの46人を6つの章に分けて解説している。順序よく「建国期」からスタートせず、最後の「冷戦後」から読み始めた。なぜ「分断」が常態になったのかを探るために◆ドナルド・トランプ前大統領の登場がもたらした「危機」に至る「転換点」となったのは43代のジョージ・ブッシュ(息子ブッシュ)だと、著者は見る。学生時代は、殆ど勉学に背を向け、酒に溺れていたことはつとに有名だが、結婚を機にキリスト教メソジスト派の妻の献身的な働きで立ち直る。といった家族や周辺の努力もあり、大統領になったものの、本人はいたって凡庸な指導者だったことが描かれる。しかも2001年9月の同時多発テロの勃発以降、政権内のネオコン(新保守主義者)に主導権を握られ、急速に自由主義世界のリーダーとしての矜持を捨て去り、単独行動主義へと邁進することになった。著者は、「ブッシュの最大の過ちは、建国の父たちが希求した崇高な理想を蔑ろにしたこと」と断じ、「かつてのアメリカの輝きはブッシュの時代に一気にその明るさを減じた」と言い切る◆実はその背景に、深く横たわるのが、カナダのジャーナリスト・ナオミ・クラインいうところの「ショック・ドクトリン」の蔓延という問題があると思われる。これは、テロや大災害などの恐怖で国民が思考停止している最中に、政治指導者や巨大資本がどさくさ紛れに過激な政策を推し進める悪辣な手法のことを言うのだが、ブッシュの時代に一気にこれが広まったと見られる。「ハリケーン・カトリーナ」への対応の中で、この魔の手法が被災地を蹂躙したことなども、国際ジャーナリスト・堤未果の解説が詳しく暴いている。この辺りについては、既にこの欄の89回(「特筆すべき民衆からの反撃」)で書いた通りだ。このあと、44代のバラク・オバマがブッシュの残した禍根を払拭するべく、果敢に改革に挑戦する。ただ、オバマは変革の風を吹かせたのだが、多くの実績を残した半面、同性婚の容認などリベラルな価値観をいしずえとする変革の動きが、畏怖の念を抱く保守層の反動の機運を一気に高めることになった。さらにオバマはシリアによる化学兵器の使用や、ロシアのクリミアへの侵略・併合といった肝心の場面で、弱腰な姿勢に終始し、口先だけの指導者との印象を内外に与えてしまう。黒人のリーダーであるが故のリベラルなスタンスも逆に作用し、一部白人の経済的苦境をベースにした、貧富の差への被害者意識を助長したのである◆つまり、トランプが登場する前に、ブッシュがアメリカ国内に「悪魔的手法」が跋扈するのを放置し、次のオバマが、アンバランスな形で「人種差別の空気」や、共和、民主両党の過激な差異化をもたらしてしまった。そんなお膳立ての上に、45代のトランプが自由勝手な大統領として君臨し、米国内の「分断」を決定的なものにしたというのだ。現在のバイデン大統領に、その「分断」を根底的に是正する力は、トランプとの直接的対決の当事者だけに、望めそうにない。それよりもむしろ、プーチンのウクライナ侵攻から始まった世界の「分断」という、もう一つの攻めに喘いでいるのが米国の現実だといえよう。著者は、これからの世界が、応仁の乱以後の日本の戦国時代のようになるのか、ナポレオン戦争終結後の「ウイーン体制」のように、超大国が不在でも大国同士の連携が進むのか、という二つのシナリオを想定している。その上で、後者への道が日本の積極的関与で可能になると希望的観測を述べ、それこそ「意味をなす国家」日本の生き方だというのだが‥‥。(2023-9-28)

 

Leave a Comment

Filed under 未分類

Comments are closed.