(123)護憲派も改憲派も書かなかった真実ー長谷川三千子『9条を読もう!』

 9年前安保法制をめぐる議論を通じて、浮かび上がってきたのは「憲法改正」をいったいどうするかという課題である。そんな折もおり、まことに適切な本が出た。長谷川三千子『九条を読もう!』である。わずかに91頁のちっちゃな新書に過ぎない。しかし、内容たるや薄っぺらどころかずっしりと重い。宣伝文句にあるように、ここには「誰も書かなかった憲法9条の真実」があり、「護憲派も改憲派も必読の一冊」だといえよう。長谷川三千子さんといえば、『民主主義とは何なのか』の対談で、かの岡崎久彦氏がここまでへりくだるかというほどに持ち上げた、極めてうるさ型で硬派の論客だが、この書ではまことに丁寧に書いていて別人かと見まがうほどの優しさが横溢している▼憲法学者がこぞってと言っていいほど「違憲」を強調した安保法制法案。しかし、多くの憲法学者(ジュリストのアンケートでは調査対象の63%)が自衛隊そのものを違憲ないしはその可能性あり、としていた。その前提をもとにすれば、彼らの対応ぶりは当然すぎる帰結といえよう。長谷川さんはまず冒頭で、憲法学者の習性からして憲法の欠陥をあげつらうことは難しいということを指摘している。「すでにある法律や憲法を大前提として、それをいかに整合的に解釈するかが自分たちの仕事であると心得てい」る人たちが、その矛盾を指摘などできるはずがないというわけだ。9条1項と2項の内容が正反対であり、1項を守れば2項が守れず、2項を守れば1項を守ることができないという矛盾を指摘したうえでの、このくだりには挑発を大きく超える問題提起としてなるほどと頷かされる▼1項の戦争放棄が、全面放棄なのか、それとも条件付きなのかについて、不戦条約と国連憲章、そして憲法前文を対比しながらの論理展開はまことに面白い。近代国際社会が国の外でも内でも「力」の概念を柱に成り立っていることを一語で体現しているのが「主権」という言葉であった。であるがゆえに、「不戦条約」でも、各国に最低限の「力」の保持と行使の権力を認めないわけにはいかなかった。自衛戦争を認め、制裁戦争を認めているゆえんである。1項が仮に全面的に戦争放棄をしているとすれば、完全に国際法に背を向けた憲法になってしまうというわけだ▼また、「9条2項は平和を破壊する」についてもなかなか読ませる。かつてある護憲派の先達が、世界に先駆けて完全な戦争放棄規定を日本は持っているのだから、それを各国に輸出すべきだという考えを披歴した。今でも根強くそういう考えを持ってる人がいる。現実を理想に近づけ、広めるべきであって、現実に合わせて理想を引きずりおろすのは本末転倒だというものだ。しかし、長谷川さんはこの本で、徹底した戦争放棄、戦力不保持は、ある一国の憲法規定にしてしまってはダメだということを、かつてアメリカで唱えられた「戦争違法化」の理論から克明に明らかにしている。それは結果的に国際社会の中に軍事的空白地域を作り出してしまい、平和を壊すことに直結するというわけだ。また、「戦争違法化」の動きは、必然的に国家間の争いを裁く国際法廷の必要をもたらすが、所詮それは勝者の運営するものになってしまい、到底うまくいかないというのだ▼このほかにも、マッカーサー戦略なるものの実態やら、その根幹である「沖縄の基地化・9条・核兵器」の”恐怖の3点セット”というものを提示している。古関彰一、大江健三郎氏らの著作をはじめとして20冊にも及ぶ参考文献をあげつつ、いずれについても見落としている盲点を衝く記述は実に小気味いい。最後に、憲法9条は、戦勝国が敗戦国を断罪し、その「犯罪国家」をしばるための「誓約書」を強要するものであったと強調。さらに、それこそが「軍事による平和」を意味するのに、実際には憲法9条が「軍事によらない平和」の象徴とされているのは、まことに「反知性主義」極まれりであると力説している。安保法制論議の大騒ぎを実りあるものにしていくうえで、こうした憲法への確かなる事実認識をベースにしたうえでの議論がなされることこそ望ましいと思われる。

【他生の縁 大沼保昭さんの懇親会での出会い】

 長谷川三千子さんと私の出会いは一度だけ。大沼保昭さん主催の会合の懇親会でのことです。かねて産経『正論』などでの論考を通じて、その論理展開の凄さに関心を強めていました。とりわけ、前述したような岡崎久彦さんでさえ、という場面もあり、その思いは次第に高じていました。

 いつか会おうと決めていたら、そのチャンスが巡ってきました。テーブルに近づき、挨拶をしたした際に「貴方のお仲間の婦人部の皆さんに、一度お会いして、憲法のお話をさせていただきたいわ」と言われたのです。おっと。それは、それはと、思いながら、いまだに実現していません。色々と差し障りがあるものの、ひとえに私の怠慢ゆえ、と反省しています。

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