(124)日本を代表する二人の碩学からの励ましー山崎正和『室町記』

日本を代表する万葉学者である中西進先生と親しく懇談する機会を持った。もう8年ほど前のことになる。淡路島のホテル・ウエスティン「夢舞台」での一般社団法人「瀬戸内海 島めぐり協会」の設立発起人会が始まる前と、終わった後のひとときのことであった。この協会の目的は二つ。一つは瀬戸内海の観光振興だが、もう一つは、日本の原風景が今に残る瀬戸内海への船旅を通して、日本の心のふるさとに立ち至ろうという野心的な試みだ。もちろんこれは会長に就任された中西さんの提案に多く依存しているが、私も一家言を持っている。明治維新以来の欧米との思想戦に負け続けている日本の文明のありようをどうするのかということについてである。中西さんにここらを思いっきりぶつけてみた▼日本の伝統的思想は、キリスト教プラス欧米の哲学思想に、明治維新後と先の大戦後の二度にわたり負け続けており、そこからの立ち直りこそ最優先されるべきだというのが私の持論だ。見方を変えれば、日本近代の失敗をどうとらえるかということでもある。日本近代のとらえ方は、百花繚乱だ。例えば、劇作家で思想家の山崎正和さんは必ずしも否定しないとされるが、ユニークな視点を持たれて注目される。この人は、『室町記』などで、日本の近代は室町時代から始まる、との独自の見方を提起されているのだ。これは相当に斬新な見方だと思われる。この点について私が指摘すると、中西さんは、キリスト教の伝来がほぼその時代と重なることからすれば、決してオーバー過ぎる見方ではないと言われた。実は、山崎さんと中西さんはお二人とも私が尊敬してやまない学者である。総合雑誌『潮』の巻頭随筆『波音』の筆頭ライターは2016年1月号から山崎さんに代わって中西さんが登場されることになった。すでに7年を超えている▼『室町記』で山崎さんは、「生け花」も「茶の湯」も「連歌」も「水墨画」も、そしてあの「能」や「狂言」もこの次代の産物であったとして、日本文化の半ば近くをあの「偉大な趣味の時代」が生み出したと、記していてまことに興味深い。この書では、足利尊氏と後醍醐天皇を「乱世を開いた二人の覇者」として描く一方、「乱世を彩る脇役群像」として、新田義貞、児島高徳、楠木正成、北畠親房らを活写している。さらには「乱世が生んだ趣味の構造」や「乱世の虚実」など”乱世づくし”ともいえる展開は、乱世の何たるかを描いて余りある。最後を「考えてみれば、長い試行錯誤ののちにやっとたどりついた現代日本の社会は、ちょうどあの室町時代から、流血と常識をともに少しづつ失っただけの状態といへないだらうか」と締めくくっている。およそ700年、何もあまり変わっていないとの表現は、辛辣かつ大胆極まりない。山崎さんは、公明新聞に先般膨大なインタビュー記事を掲載され、その中で安全保障法制における公明党の活躍を温かく宣揚されていた。実は、この記事に触発されて『室町記』を書棚の山崎正和著作集第4巻から引っ張り出して読んだことを告白しておく▼一方、中西さんは先に『潮』2015年8月号誌上で「詩心と哲学こそが国を強くする」として「武力に頼る大国主義ではなく、哲学の力、文学の力、詩の力こそがこの国を最も強くする」とされ、現政権の安保法制への態度にくぎを刺された。この日の懇談の中で、私は公明党が安倍自民党に対して、歯止めをかけるために精一杯尽力したことを静かに強調した。さすがの私も偉大な文学者を前に、武力を背景にせずして現代国家の外交は無力たることや、日米同盟の強化が必ずしも対米いいなり路線を意味しないことをむやみに力説することはためらわれた。中西さんは、公明党の歯止め貢献は認めるにせよ、「あの旧態依然たる強行的採決は同意できません。私は反対です」ときっぱり言われた。「来年の参議院選挙が厳しいものになることを覚悟した方がいいですよ」とは心の籠った忠告だったと思われる。二人の碩学からの角度の違った「励まし」は実に得難いものと、私には思われてならなかった。

●他生のご縁 国家目標の必要性否定される

山崎正和さんには、私の処女作『忙中本あり』の出版記念会にも世話人に名を連ねてくださり、ご挨拶をいただきました。いろんな機会にご一緒することがあり、あれこれ意見を交わしたことが懐かしく思い出されます。

ある時、私が「日本社会40年変換説」を持ち出して、明治維新、日清日露の戦争、第二次世界大戦での敗北、バブル絶頂といった40年ごとの節目を挙げた上で、それぞれの時代に国家目標があったことに触れました。そこで、これからの時代には、軍事力、経済力に代わり得る新たな目標を持つべきではないでしょうか、と問いかけました。その時に、にこり微笑んで、そういうものはもう必要ないでしょう、と言われたのです。

私は、芸術・文化力を強調したかったのですが、時間切れとなってしまいました。そのままお別れしたのは未だに心残りです。

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