1960年代から70年代にかけては世界も日本も激動期だった。ちょうどその頃、私は10代半ばから20代の多感な時節を迎えていた。「生と死」を考えさせられた象徴的な出来事を二つだけ挙げると、一つは、63年のケネディ米大統領の暗殺事件。もう一つは70年の三島由紀夫割腹自殺である。それぞれ私が15歳と25歳になる寸前の11月の出来事だった。とりわけケネディ米大統領には、私も御多分にもれず憧れていただけにショックだった。これだけ偉大な人物の人生が突然ぷっつりと断たれるなんて、許せない。激しい憤りを感じた。その後、新聞記者を志し、政治家の道に進むことになったのだが、心の片隅に彼の人生──といっても大統領としての三年足らずの期間だけなのだが──を常に意識していたといえなくもない。他方、私が宗教の世界に入って5年ほど経った時に、三島由紀夫が自決した。あの「人のいのちよりも大事なものがあることを見せてやる」と市ヶ谷の自衛隊員を前にした演説は、今なお忘れ難い。二人の死に方はある意味対照的なのだが、この半世紀ほどの間、「どう生きて、どう死ぬか」のテーマを、二人一緒になって私に突きつけてきたといえよう▼JFK(ジョン・F・ケネディ)を取り上げた著作は数多ある。ただし、記憶に残るものは殆どない。それだからかどうか、死後50年も経った今、突然にあらためて読む羽目になった。しかも翻訳を担当された方から直接勧められた本というのだから。その本はロバート・ダレク(鈴木淑美訳)『JFK 未完の人生』(2006年刊行)である。翻訳家とのご縁など殆どない私としては初めて会った場で、厚かましくも、「翻訳されたものを送ってください、読みますから」と頼んだ。直ちに4冊も送っていただいた。そのうち2冊がケネディもの(もう一冊は『ジョン・F・ケネディ ホワイトハウスの決断』)。残るは、女子体操のコマネチとCIA流交渉術についてのものだった。どれから読むか大いに迷った末に、政治家の端くれとして、ケネディの生涯を真正面から描いたものを選択した▼史上最年少で米大統領になったケネディは、若さに加え人を惹きつける風貌と演説の巧みさで世の人気をさらった。この本を読むまでは漠然とだが、マリリン・モンローとの浮名など彼の女癖の悪さや政治手腕の問題点も知らないわけではなかった。そういう点から「華麗なる大統領ープライバシー」の第14章は興味津々だったことを告白する。「(胃と泌尿器の具合が悪く、腰痛に悩んでいた)健康問題や兄妹の早世からくる『先が長くない』という気持ちから女遊びに走ったが、それは今でも変わらなかった。この先まもなく、核戦争が起こるかもしれない。となれば、人生をできるだけ満喫したい、やりたい放題して生きたい、という衝動に拍車がかかった」とのくだりは衝撃的だ。「関係のあった女性は並べればきりがない」というのは、さもありなんとも思うが、「核戦争が起こるから」というのは「おい、おい、それはないよ。頼むよ」と遅ればせながら言いたくなる▼ケネディ大統領は死して50年余、今なお高い人気を世界で誇る人物だが、同時に影の部分を指摘する識者も少なくない。訳者の鈴木さんもあとがきで光に触れた後で「政策が一貫せず、ブレがある。不安定すぎる‥‥」との指摘もあるとしたうえで、「その『不安定さ』にあえて光をあてたのが本書である」と解説している。「ときには側近の言葉にゆさぶられ、ときには周囲の目を気にし、理解されないといって怒り、嘆く。青くさく人間的なケネディの素顔が浮かび上がる」と、本書の読みどころを挙げているのだが、私としてもそのあたりにとくに興味を持った。ところで、この本には著者・ロバート・ダレクによる「まえがき」も「あとがき」もない。読み手には、スタンフォード大学の教授だということしかわからない。で、あたかも鈴木さんが書いたかのように思われて面白い。翻訳家を育成する先生をされているだけあって、訳はわかりやすく読みやすい。多数ある彼女の訳書の中で、F・フクヤマの『人間の終わり』など、そのタイトルからして大いに興趣をそそられる。読んでみたい。
【他生の縁 異業種交流会で知り合って】
翻訳家・鈴木淑美さんは現在は相島淑美神戸学院大准教授として経営学を教えたり、各種の著作を発表されています。私が初めて会った時は、関学大のIBA(専門職大学院の経営戦略科)で彼女と一緒に学んでいる高校後輩からの紹介でした。上智大を出て日経記者になり、のちに慶應大学院に学び翻訳家になって女子大の講師を経て、という風にまことに学問への志が半端ではないのです。