(129)人間を見抜くにはどうすればー『権力に翻弄されないための48の法則』上下

読書好きの人は、自分だけが密かに時に応じて開いて読む本をもっているのではないか。座右の書とまではいかなくても繰り返し開く本である。それはあまり有名な本でないほうがいい場合が多い。有名すぎると、人に話してもすぐネタ元がバレてしまう。出典はわからないほうが面白い。私のケースは、ロバート・グリーン、ユースト・エルファーズ『権力に翻弄されないための48の法則』上下(鈴木主税訳)である。1999年発刊で、刊行間もないころに購入したから21世紀に入ってずっと持っていて、時に引っ張り出して開いている。大げさなタイトルだが、これは失敗だろう。むしろ「人間を見抜く48手」とでもしておいた方がもっと売れたかも知れない。まあ、そのお陰で読んだものはより密やかな喜びを独占できた気分になれる。今回はそれをあえて披露したい▼この本は、パワー(権力)を操るための法則を様々な実例を挙げて解説を加えたものである。もっと言うと、世間で成功するためにしてはならないことと、やったほうがいいことを、古今東西のケースを通じて説明しているといえようか。面白いのは法則を挙げて、それを提言としてまとめたうえで、法則にそむいた場合と、したがった場合それぞれの例を、歴史から拾って解説を加えていることだ。さらに、パワーを手にする秘訣や、イメージ、金言を加え、最後に例外まで挙げる。そして幾つかの示唆に富んだ歴史上の人物の言葉を添えている。まことにいたれりつくせりなのだ。ただ、これは訳者があとがきでも言ってるように、「本書は権力の本質を探る本というよりも、人間の本質を探る逸話集と言ったほうがあたっているかもしれない」し、「古今東西ありとあらゆる人びとの行動が描かれて」おり、「時代と空間を超えた大型ワイドショーのよう」なのである▼勿論、これは偉人の言葉やら行動を追ったものではない。この手のものにしばしば登場する、孫子やクラウゼヴィッツのような傑出した戦略家やタレーラン、ビスマルクのような権謀術策にたけた政治家、カスティリョーネ、グラシアンらのやり手の廷臣に加え、なんと色事師や詐欺師の言葉などもふんだんに盛り込まれている。「(彼らから)含蓄のある言葉を集め、そのエッセンスを蒸留してできた」ものだというから恐れ入る。私的に言えば、自分の読んだ本から至言を抜粋せずとも、著者たちが選択してくれているものだからきわめて便利ではある。ただ、欠点を言うと、日本人のものが少ない。辛うじて千利休や秀吉、信長、家康らが顔を出すに過ぎず、しかも胸を撃ち、舌を巻くようなものは出てこない。これって著者たちの責任か、それとも日本人が素直すぎるのだろうか▼自分自身に引き当てて感想を述べてみよう。法則4に「必要以上に多くを語るな」というのが挙げられている。法則に背いたらどうなるか。つまり多くを語りすぎると待っているものは何か。レオナルド・ダ・ヴィンチの「満月になると、牡蠣はぱっくりと口を開ける。蟹はそれを見て、石や海藻を牡蠣の口に投げつける。すると牡蠣は口を閉じられなくなって、蟹に食われてしまうことになる。口を大きく開けすぎた者は、これと同じ運命をたどる」と、解説されている。一方、法則にしたがった場合はどうか。多くを語らない男だったルイ14世をとりあげ、彼の有名な「朕は国家なり」との言葉や、まわりからのあらゆる願いに対して、ただ「わかった」という簡潔きわまりない応答をしただけだった、と言う。不気味極まりない。尤も、例外として「時には黙っていないほうが賢明な場合もある。沈黙は疑惑も招くし、相手を不安にさせる。とくに目上の者に対する沈黙は要注意だ」とも。そう。生兵法はけがのもとだということを私など骨身にしみてきた。相手を間違って使うととんでもないことになる。まぁ、生きていく上にはまことに色々あり、一筋縄ではとても済まない。だが、ここに書かれてあることを知っていて損はしない。(2015・10・19)

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