680頁を超える部厚い本を、ゴールデンウイークの只中に読んだ。著者の川成洋さんは英文学者。そしてスペイン研究家。私は記者時代にご縁を頂いた。これまで数多のスペインに関する著作を世に問うて来られたが、この作品は、ご自身の「スペイン学の備忘録」として位置付けられている。スペインには、私は一度だけ、バルセロナとマドリードを訪れたことがある。千年ほど前の中世の空気を、そのまま残したような静かで厳かな佇まいが鮮明に記憶に残る。希代のスペイン史通を案内人に、現代世界の混乱の起源ともいうべき「スペイン内戦」を探る歴史考察の旅に出ようと思い立った。この本の大きな魅力は、ほぼ全頁にわたって、下段の3分の1のスペースに登場人物の写真画像、関連絵図、脚注がずらりと収録されていること。かのピカソの「ゲルニカ」のデッサンが製作中の彼の姿と共に15頁ほども見られたり、まるで歴史博物館や美術館の案内書を開いたようで飽きさせない◆著者の学問探究への関心は現代英文学に始まったが、英国の国論を二分する大きな政治対立をもたらした「スペイン内戦」にやがて移っていった。ジョージ・オーウェルの回想記『カタロニア讃歌』(1938)がきっかけだった。そこには「強烈な政治的糾弾を基調としながらも、時折散見する、友誼に厚い同志意識、牧歌的な戦場、『人間の尊厳』に対する頑なな信頼、全体主義反対の不退転の意志」があった、と。オーウェルといえば、私は、未来社会の惨状を描いた『1984年』や『動物農場』に惹かれた。スペインについては『誰がために鐘はなる』『武器よさらば』といったアーネスト・ヘミングウェイの映画(本でなく)に憧れたものだ。川成さんは、彼ら文筆家たちが各国横断的に次々とスペイン共和国支持を表明して立ち上がった姿や、55もの国からスペインに馳せ参じた義勇兵による「国際旅団」などの熱い動きを描く。その目線は「現場の『人間』に注目し、『人間的な要素』にポイントを置いた多面的な回想録・体験記などを中心にスペイン内戦を捉えたい」とする。筆者の目論見は、本文に、脚注の手紙文、写真の説にと、余すところなく網羅され、読む者の心を掴んで離さない◆迫り来るファシズムの嵐に負けまいと、世界中から内戦期のスペインに義勇の志を持った人々が集まった中に、日本人はいたのか。たった一人だがいた。ニューヨークで料理人をしていた日系米人のジャック白井である。川成さんはこれまで『ジャック白井と国際旅団──スペイン内戦を戦った日本人』『スペイン国際旅団の青春──スペイン内戦の真実』などの著作で、その人物の有り様を熱心に描いてきたが、ここでも50頁近くを割いている。この記述中に紹介された現地の仲間の「追悼詩」が胸を打つ。「同志白井が斃れた。彼を知らない者がいただろうか」で始まり、「あのおかしなへたくそな英語 あの微笑の瞳 あの勇敢な心」から「函館生まれのジャック白井 日本の大地の息子 故郷で食うことができず アメリカに渡り サンフランシスコでコックとなった」「人間の権利を守るために 戦っているスペイン人民を助けようと アメリカから馳せ参じた」へと続き、「彼のことを決して忘れないだろう」で終わっている。国境、民族を越えて「同じ理想に集う者同士の連帯感」が溢れでている◆こうした空気の背景には、紛れもなく国際共産主義運動の影響があった。スペイン内戦は、共和国政府とフランコ叛乱軍によるものだったが、前者を国際旅団が支援し、後者にはヒトラー・ドイツが味方についた。これは一面から見ると、左右2つの全体主義の代理戦争の場という側面もあった。勿論、ソ連は未だ仮面を被り続けていて、表面的には自由を擁護する側の勢力の一翼に見えてはいたのだが‥‥。「あとがき」で、川成さんは、「ソ連のスペイン共和国への軍事支援は、共和国を破綻させるとてつもない欺瞞やペテン以外何ものでもなかった」と、徹頭徹尾もう一つのファシズムの実態を叩いており、読む者をして溜飲を下げさせてくれる。(2024-5-5)
【他生のご縁】武道で鍛えた心体で、年間3-4冊の出版続ける〝若い老武者〟
川成さんは4月末に私がメールで「この本を読んでいます」と告げると、それには応えず、「先日新刊本出しました。今は次の本に着手してます。去年は3冊でしたが、今年は今のところ4冊の予定です」との凄まじいまでの意気込みでした。しかもヨーロッパの鍵を握るハプスブルグ家の歴史を追い続けるというのですから。
1942年生まれ。82歳を超えておられるが、合気道6段、居合道4段、杖道3段と合計13段の武道家で、元気溌溂。同世代の年来の友人2人と一緒に2023年に、ご自宅に近い駅前で懇談した際には3人ともタジタジ。常に前向きで夢を語り、難題に立ち向かわれる姿に、心底痺れました。先日も「あの2人元気してる?また会いたいねぇ」と。