【131】夢か現か映画を観過ぎた末の孤独━━淀川長治『生死半半』を読む/6-2

 「それでは次週をお楽しみください。さよならサヨナラさよなら」──「日曜洋画劇場」の解説で繰り出された淀川長治さんのこのセリフが聞けなくなって26年余。ほぼ32年間テレビ朝日系列で放映された映画は1629本にも及ぶ。もう一度見たい聴きたいと思う人は多いはず。ユーチューブ全盛の今なればこそ再見は可能だが、最初と最後だけでは味気ない。映画を観る前と後にリアルに見聞きした頃が懐かしい。私の父親より一つ歳上の1909年(明治42年)生まれの淀川さんは神戸三中(現長田高校)の出身。仰ぎ見た大先輩である。お母さんのお腹にいる頃から映画を観ていたとは、淀川さんにまつわるホラ話の最たるものだが、その手の〝淀川伝説〟には事欠かない。三中時代に学校をサボって新開地界隈に映画を観に行き、先生から怒られると、「映画を先生も観てから言ってください」と抗議。それを真にうけて後日観に行った先生が痛く感動。以後、学校挙げて生徒皆んなで定期的に揃って映画館に行くようになったとか。またこの上なく大好きだった母上が亡くなられた後は、遺体と一緒に数日添い寝されていたとか。虚実ない混ぜの〝淀川神話〟に浸ってきた私も、この『生死半半』を読むに至って、漸く心の整理がついた。淀川さんが、決して化け物ではなく、特殊な映画狂的人間であることが分かった。孤独の人・淀川長治を知る上で、まことに得難い◆この本が世に出たのは1995年5月。86歳。約3年後に亡くなられており、遺言の趣きがある。「生と死についてじっくりと考えた」結果、「生の延長線上に死があるとはどうも思えません。人間の中には生きることと死ぬことの両方が半分づつあるように思えるのです」と、「おわりに」の一番最後にある。タイトルの『生死半半』も、ここからきている。私風の理解では、生の中に死があり、死の中に生があるとの、仏教の『煩悩即菩提』の捉え方、原理そのものだと思う。生きている現在只今の瞬間に全てが凝縮されてあり、死後の世界に続くものではない、と。「無信教者」の淀川さんが到達された境地が信仰者のそれとピタリ一致する。と、私は勝手に面白がっている◆〝死と老い〟について考える章が続いたあと、「人生の遺言」が来る3章構成。といっても抹香臭い暗いおはなしの連続ではない。淀川長治はなぜ結婚もせず、生涯独身で映画を見続けてきたのか。この興味津々たるテーマが巧みに織り込まれた、〝86歳の青年〟による超面白い人生エッセイ集なのである。その答えは、「家族に気をつかっていたら好きな映画に費やす時間も気力も体力もなくなってしまいます」から、「『女性と結婚するより、映画を一生の伴侶にしよう』と早いうちから決めてしまった」──結婚して家庭を持って、同時に映画も存分に楽しむという〝普通の生き方〟を拒否した人物の「映画人生」から学ぶことは多い◆私の子どもの頃(昭和20年代後半〜30年代始め)映画は55円で3本立てが観られた。今70歳代後半になって、自宅で取り溜めたビデオを深夜、早朝に観ることが日課のひとつになった。若き日に定年後の密かな楽しみにとの企みが今現実になって感慨深い。「四歳のころから父や母や姉に連れられて映画を見ていた」淀川さんが日々感じていたという興奮にはほど遠いものの、類似した追体験にそれなりのわくわく感はある。私の場合はブログ「懐かしのシネマ」に書き込む習慣を我が身に課している。ただ、淀川さんは、「いまの時代に作られた新しい作品を積極的に見に行くこと」が大事であり、「若者が面白いと感じるような映画を同じように楽しめて、初めて『子供のょうな心』を取り戻すことができる」と書く。とても叶わない。この本には当然のことながら随所に映画の名場面や名セリフが顔を出す。「死」について多くを映画から学んだ著者は、ルキノ・ヴィスコンティ監督の『ベニスに死す』やルネ・クレマン監督の『太陽がいっぱい』などを挙げてその魅力を披歴する。両方とも私は先ごろ観て書いた。前者は要するに老人のストーカーの話では?後者は結局は無謀な若者の無軌道ぶりを描いたもの?こうした拙い思いを払拭させる解説に身震いする思いがした。映画っていいなあ、と。(2024-6-3)

★多少のご縁 すれ違いに終わった試写会

公明新聞時代の同期に文化部映画担当のH記者がいました。若い頃、試写会に一緒に行かせろと彼に頼み込みました。彼は「小森のおばちゃま」と親しい関係にあり、いつかはきっととの思いが私にはあったのです。

日曜版担当になってそれなりに自由がきくようになり、ある時、ようやく試写会に潜り込むことができました。確かにその場に彼はいました。同じ空間にいたのです。ですがアタック出来ずに終わりました。

正面から申し込めばいいのに、映画担当でもない人間として怯む思いが災いしました。記者時代最大の後悔です。

 

 

 

 

 

Leave a Comment

Filed under 未分類

Comments are closed.