これまで概観してきたように、公明党が安倍政権の背後にある「宗教ナショナリズム」と結託して、日本を再び奈落の底に突き落とす重要な片棒を担いでいるとの指摘は、あまりに皮相的な見方が過ぎ、おかしすぎるというほかない。むしろ左右両翼のはざまで喘ぐ「大衆」を真に救済する中道主義の役割こそ見直されるべきではないかと、これまで述べてきた。ここで、私は冒頭に紹介した「25年パラダイム変換説」よりも、「40年日本社会変換説」の効用を説いておきたい欲望に駆られる。何も数字遊びをしようというのではない▼後者は、作家の半藤一利氏の提起によるもので、前者よりもいささか世に早く出たものと思われる。明治維新から40年後の日露戦争の勝利。更にそこから40年後の太平洋戦争の敗北。で、そのまた40年後のバブル絶頂から崩壊を経て今に至る流れ。このような山あり、谷ありの繰り返しを持ち出すと、大澤真幸氏の説といかにも酷似して見える。第一の40年は、富国強兵の国家目標、第二の40年は、継続ゆえの失敗として捉えられる。第三の40年は、経済至上主義の旗印の下での高揚の時代。これはまた、その後の40年ということになると、2025年まで続くわけだが、この期間が同じ経済優先の御旗のもとで繰り返されてはならない。自然の為すがままに放っていると、少子高齢化社会のピークとしての悲惨が待ち受けていることになってしまう。大澤説も半藤説も悲観的な先行きを強調しているという面では同種のものではある。ただ、後者の方は、国の旗印を今からでも遅くないので変えよう、との投げかけを許す余地が未だしもあるように思われる▼1945年から40年かけた期間における凄まじいまでの経済成長を経たうえでの壮絶なバブル崩壊。その影響をもろに受けた日本社会は、”失われた20年”と揶揄された。いや、その時間幅については、今や25年、30年と20年を超えて、更に伸びつつあるといえなくもない。ほぼ同じ期間を日本国の衆議院議員として、その異名を為さしめたことは今になって思えば無念だ。結果的には無為に過ごしてしまったという他ない身として、ひたすら恥じ入るしかない。あれこれとやってはきたが結局は「失われた」というのでは。この誤りを繰り返さないために、さてこれからどうしたらいいのか。(2016・7・12)