Monthly Archives: 10月 2014

ドナルド・キーンの案内で辿る日本文学の旅

東京オリンピックから50年。そして今再びの2020年のそれまで、あと6年。思うことは多い。そんな折も折、日経新聞でベラ・チャスラフスカさんのインタビュー記事「東京五輪からの半世紀」を読んだ。彼女は1968年の『プラハの春』へのソ連の介入で、スポーツ界から追放されるという憂き目を見てより20年にも及ぶ弾圧を経験する。ようやく89年のビロード革命で復帰したのも束の間、今度は長男が、離婚をした夫を死に至らしめるという不幸な事件に遭遇し、それを機に心身を病み長い療養生活を送る。ようやく5年ほど前に立ち直ったという。今ではチェコオリンピック協会名誉会長として活躍、東京五輪開催を後押しする。まさに起伏の激しい50年だった。「逆境にも自分を信じて 報われる日は来る」という見出しが心を打つ。彼女は「私の体操、半分は日本生まれ」という。それほど日本との関係は深い。この人を思うにつけ、私は日本びいきの幾人もの外国人を連想する▼なかでも最大の存在はドナルド・キーンさんだ。今年の新春から古典に親しもうと決意した私はあれこれと挑戦してきたが、古典へのよすがとしてのこの人の『日本文学史』読破も、その目標の一つだ。ようやくこのほど、全18巻のうち、9巻目までを読み終えた。まだ道半ばではあるが、近世編3巻分をまとめて取り上げたい。「文学史は、読み物としては一人の執筆者によって書かれたものにとどめをさす」として、小西甚一氏の『日本文藝史』とこのキーン氏のものの二つが圧巻だと言ったのは、大岡信さん(『あなたに語る 日本文学史』前書き)だが、今私は、なるほどなあと深く感じ入っている▼一言で評すれば、実に歯切れがいいのだ。キーン氏は今は帰化して日本人になっているが、元をただせばニューヨーク生まれの米国人。しかし、とっくにいかなる日本人にも引けを取らない堂々たる日本人である。古代・中世編から始まって近世編と読み進めてきたが、ほとほと感心する。かって塩爺こと塩川正十郎さんからドナルド・キーン『明治天皇』がめっぽう面白いと勧められて、かなり難渋したすえに読んだものだが、それよりもはるかに読みやすく面白い▼近世編の第一巻では松尾芭蕉、二巻では近松門左衛門、三巻では狂歌・川柳への論及に目が向く。『奥の細道』での芭蕉の関心は、ひたすら過去に歌人が心を動かされたものであった。「古人の跡を求めず、古人の求めたるところを求めよ」という彼の言葉は印象深い。また、近松門左衛門では、日本のシェークスピアと目され乍らも「ついにリア王の偉大と格調を備えた人格を創造することは出来なかった」と手厳しい。狂歌については、滑稽の伝統が乏しい日本文学の中で、少ないながらも詩心の分かる人が狂歌師の中にいることを感謝せずにはおられないという表現を用いて、心を砕く。狂歌といえば、「今までは人のことのみ思いしに、おれが死ぬとは、こいつあたまらん」といったものに、今の私などたまらない共感を感じる。定年後の人生に生きがいを感じつつ、一方で先行きの覚束なさに愕然とするものにとって真実の叫びに違いない。(2014・10・29)

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ドナルド・キーンの案内で辿る日本文学の旅

東京オリンピックから50年。そして今再びの2020年のそれまで、あと6年。思うことは多い。そんな折も折、日経新聞でベラ・チャスラフスカさんのインタビュー記事「東京五輪からの半世紀」を読んだ。彼女は1968年の『プラハの春』へのソ連の介入で、スポーツ界から追放されるという憂き目を見てより20年にも及ぶ弾圧を経験する。ようやく89年のビロード革命で復帰したのも束の間、今度は長男が、離婚をした夫を死に至らしめるという不幸な事件に遭遇し、それを機に心身を病み長い療養生活を送る。ようやく5年ほど前に立ち直ったという。今ではチェコオリンピック協会名誉会長として活躍、東京五輪開催を後押しする。まさに起伏の激しい50年だった。「逆境にも自分を信じて 報われる日は来る」という見出しが心を打つ。彼女は「私の体操、半分は日本生まれ」という。それほど日本との関係は深い。この人を思うにつけ、私は日本びいきの幾人もの外国人を連想する▼なかでも最大の存在はドナルド・キーンさんだ。今年の新春から古典に親しもうと決意した私はあれこれと挑戦してきたが、古典へのよすがとしてのこの人の『日本文学史』読破も、その目標の一つだ。ようやくこのほど、全18巻のうち、9巻目までを読み終えた。まだ道半ばではあるが、近世編3巻分をまとめて取り上げたい。「文学史は、読み物としては一人の執筆者によって書かれたものにとどめをさす」として、小西甚一氏の『日本文藝史』とこのキーン氏のものの二つが圧巻だと言ったのは、大岡信さん(『あなたに語る 日本文学史』前書き)だが、今私は、なるほどなあと深く感じ入っている▼一言で評すれば、実に歯切れがいいのだ。キーン氏は今は帰化して日本人になっているが、元をただせばニューヨーク生まれの米国人。しかし、とっくにいかなる日本人にも引けを取らない堂々たる日本人である。古代・中世編から始まって近世編と読み進めてきたが、ほとほと感心する。かって塩爺こと塩川正十郎さんからドナルド・キーン『明治天皇』がめっぽう面白いと勧められて、かなり難渋したすえに読んだものだが、それよりもはるかに読みやすく面白い▼近世編の第一巻では松尾芭蕉、二巻では近松門左衛門、三巻では狂歌・川柳への論及に目が向く。『奥の細道』での芭蕉の関心は、ひたすら過去に歌人が心を動かされたものであった。「古人の跡を求めず、古人の求めたるところを求めよ」という彼の言葉は印象深い。また、近松門左衛門では、日本のシェークスピアと目され乍らも「ついにリア王の偉大と格調を備えた人格を創造することは出来なかった」と手厳しい。狂歌については、滑稽の伝統が乏しい日本文学の中で、少ないながらも詩心の分かる人が狂歌師の中にいることを感謝せずにはおられないという表現を用いて、心を砕く。狂歌といえば、「今までは人のことのみ思いしに、おれが死ぬとは、こいつあたまらん」といったものに、今の私などたまらない共感を感じる。定年後の人生に生きがいを感じつつ、一方で先行きの覚束なさに愕然とするものにとって真実の叫びに違いない。(2014・10・29)

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心のきしみを察するためには、「聞く耳」を持つことから

哲学という学問分野との付き合いは長い。しかし、未だに私自身、要領をえない。そのくせ気になって、捨てきれない。まったく困ったものだ。世に存在する哲学者が総じて人への理解のさせ方が下手だからだと折り合いをつけて、納得しているというのが現状だ。そんななか気になる哲学者が鷲田清一さんだ。この人、大阪大学総長をされていた頃から注目はしていたが、まともにその著作は読んだことがなかった。昨年の暮れだったかに、ある新聞社恒例の「今年読んだベストスリー」なる企画で、かの山崎正和さん(劇作家にして文明評論家)が、この人のものばかり三冊推奨するという掟破りというか、破格の取り扱いをしていたにもかかわらず、である。しかし、カリスマ臨床心理士たる畏友・志村勝之君と話していて、鷲田さんがいかに凄いかを語るのを聞くに及んで,心は決まった▼『哲学の使い方』なる題名が気にいった。それに新書であることが嬉しい。というわけで、初めての挑戦を試みた。冒頭の「哲学の入口」から、わが”お口に合う”雰囲気が漂ってきた。「哲学をばかにすることこそ真に哲学することである」(パスカル)や、「哲学を学ぶことはできない。ひとはただ哲学することを学びうるのみだ」(カント)などという、一見わかりやすそうな表現が続く。だが、彼はそういう常にわかりやすさを求める私のような読者に忠告する。ひとは「わからないものをわからないままに放置していることに耐えられないから、わかりやすい物語にすぐ飛びつく」のだ、と。「目下のじぶんの関心とはさしあたって接点のないような思考や表現にもふれることが大事だ。じぶんのこれまでの関心にはなかった別の補助線を立てることで、より客観的な価値の遠近法をじぶんのなかに組み込むことが大事だ」とも言う。そんなこと百も承知で、それが出来ずに困ってるのだけど、とのわが内なる声が聞こえてくる▼ところで、鷲田さんは臨床哲学なる分野を開拓した。その展開方法とはこうだ。まず、床に臥している人のところへ出向く医療者のように問題の渦中に出向く,フィールドワークが大事で、そこではまずあれこれ論じる前に「聴く」ことが必要になってくる、と説く。そして、「多義的なものを多義的なままにみるためには、みずからの専門的知見をいつでも棚上げできる用意がなければならない。いってみれば、哲学はある種の武装解除から始まる」と。このあたりは心理学と重なってこよう。今年の前半に私は友人たちとの対談を電子書籍にして出版した。そのうちの一冊、『この世は全て心理戦』(志村勝之君との対談)では、終始一貫して志村臨床心理士が聴くことの大事さを強調していた。聴けば自ずと問題の行く末は見えてくる、と言っていたものだ▼鷲田さんがつい先日神戸新聞の文化欄に『汀(みぎわ)にて』との小論を寄稿していたのを読んだ。「聴く耳をもたない人の言葉の応酬は、ほとんど石の投げ合い、刀剣による斬り合いを見るにひとしい」として、政治における言葉の劣化から説き起こし、大いに興味をそそられた。「聴く耳になりきる」ということは「口ごもりを聴くこと、つまりは言いたくても言葉が出てこない、そんな心のきしみを聴くということ」なのだと、その重要性を明かしていた。「苦しい体験ほど言葉にはしにくい。だから、語るに語れないことを、それでも相手が訥々と語り始めるまで待つということが『聴く』ことの第一の作法となる」のだという。実は、これも志村が同じことを言っていた。私のような、「聴く」ことが苦手で、ましてや相手の心のきしみをまったく察せぬまま、いつも待ちきれないで言葉を乱発するものには耳が痛い。かくのごとく『哲学の使い方』は日常的により関心の高い「心理学の使い方」とも類似の作法のように見え、大いに食指を動かされた次第である。(2014・10・27)

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心のきしみを察するためには、「聞く耳」を持つことから

哲学という学問分野との付き合いは長い。しかし、未だに私自身、要領をえない。そのくせ気になって、捨てきれない。まったく困ったものだ。世に存在する哲学者が総じて人への理解のさせ方が下手だからだと折り合いをつけて、納得しているというのが現状だ。そんななか気になる哲学者が鷲田清一さんだ。この人、大阪大学総長をされていた頃から注目はしていたが、まともにその著作は読んだことがなかった。昨年の暮れだったかに、ある新聞社恒例の「今年読んだベストスリー」なる企画で、かの山崎正和さん(劇作家にして文明評論家)が、この人のものばかり三冊推奨するという掟破りというか、破格の取り扱いをしていたにもかかわらず、である。しかし、カリスマ臨床心理士たる畏友・志村勝之君と話していて、鷲田さんがいかに凄いかを語るのを聞くに及んで,心は決まった▼『哲学の使い方』なる題名が気にいった。それに新書であることが嬉しい。というわけで、初めての挑戦を試みた。冒頭の「哲学の入口」から、わが”お口に合う”雰囲気が漂ってきた。「哲学をばかにすることこそ真に哲学することである」(パスカル)や、「哲学を学ぶことはできない。ひとはただ哲学することを学びうるのみだ」(カント)などという、一見わかりやすそうな表現が続く。だが、彼はそういう常にわかりやすさを求める私のような読者に忠告する。ひとは「わからないものをわからないままに放置していることに耐えられないから、わかりやすい物語にすぐ飛びつく」のだ、と。「目下のじぶんの関心とはさしあたって接点のないような思考や表現にもふれることが大事だ。じぶんのこれまでの関心にはなかった別の補助線を立てることで、より客観的な価値の遠近法をじぶんのなかに組み込むことが大事だ」とも言う。そんなこと百も承知で、それが出来ずに困ってるのだけど、とのわが内なる声が聞こえてくる▼ところで、鷲田さんは臨床哲学なる分野を開拓した。その展開方法とはこうだ。まず、床に臥している人のところへ出向く医療者のように問題の渦中に出向く,フィールドワークが大事で、そこではまずあれこれ論じる前に「聴く」ことが必要になってくる、と説く。そして、「多義的なものを多義的なままにみるためには、みずからの専門的知見をいつでも棚上げできる用意がなければならない。いってみれば、哲学はある種の武装解除から始まる」と。このあたりは心理学と重なってこよう。今年の前半に私は友人たちとの対談を電子書籍にして出版した。そのうちの一冊、『この世は全て心理戦』(志村勝之君との対談)では、終始一貫して志村臨床心理士が聴くことの大事さを強調していた。聴けば自ずと問題の行く末は見えてくる、と言っていたものだ▼鷲田さんがつい先日神戸新聞の文化欄に『汀(みぎわ)にて』との小論を寄稿していたのを読んだ。「聴く耳をもたない人の言葉の応酬は、ほとんど石の投げ合い、刀剣による斬り合いを見るにひとしい」として、政治における言葉の劣化から説き起こし、大いに興味をそそられた。「聴く耳になりきる」ということは「口ごもりを聴くこと、つまりは言いたくても言葉が出てこない、そんな心のきしみを聴くということ」なのだと、その重要性を明かしていた。「苦しい体験ほど言葉にはしにくい。だから、語るに語れないことを、それでも相手が訥々と語り始めるまで待つということが『聴く』ことの第一の作法となる」のだという。実は、これも志村が同じことを言っていた。私のような、「聴く」ことが苦手で、ましてや相手の心のきしみをまったく察せぬまま、いつも待ちきれないで言葉を乱発するものには耳が痛い。かくのごとく『哲学の使い方』は日常的により関心の高い「心理学の使い方」とも類似の作法のように見え、大いに食指を動かされた次第である。(2014・10・27)

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アジアとどう向き合うか「戦後責任」を問う

「慰安婦問題」をめぐる朝日新聞の問題について様々な論評が飛び交ったなかで、最も共感できたのは文藝春秋11月号の大沼保昭元東大教授の論文だ。この人は「アジア女性基金」の理事を12年間にわたって務めてきただけあって、メディアの報道ぶりを熟知している。タイトルは「慰安婦救済を阻んだ日韓メディアの大罪」とあり、肩には「朝日・本田雅和記者との対決」とあるが、決して朝日新聞のみを追及してるのではない。とりわけ、今後の課題として①日本にいる外国人特派員の報道②英字紙ジャパンタイムズの問題をあげ、国際社会でのイメージ形成に着眼していることは興味深い。また、朝日と読売に、共通の公共空間の基盤を持てと提案していることも首肯できる▼大沼さんとはかねて昵懇にさせていただいていることはしばしば書いてきた。ご自宅にも伺い、東大を定年で退職された際の最終講義にも出かけた。そして娘さんの瑞穂さんが参議院選挙に出馬されるにあたり、そこそこ助言もさせていただいた。初産直後の幼子を母親に預けての政治家への転身は、本人はもちろん、家族全員に苦労が多かったことは想像に難くない。何よりも大沼夫人の苦労が思いやられた。その大沼さんから今夏に一冊の本が送られてきた。大沼保昭、田中宏、内海愛子の3氏が加藤陽子東大教授の司会のもとに鼎談をした『戦後責任』である。当時の私の読書リストでの優先順位は高くなく、書棚に放置していたが、文春に触発されて思いを改め、一気に読んだ。様々な思いを巡らせるに格好のテキストと、いま満足感に浸っている▼中国、韓国、北朝鮮など隣国との関係はこれからますます息をつめる関係になっていくことは必至で、すべての前提として「戦後責任」は解決が迫られる課題だ。お互いが身の内から湧き上がる”ナショナリズムの虫”に翻弄されている限り、北東アジアに明日はない。私は電子書籍でこの夏の初めに畏友・小此木政夫慶大名誉教授との対談『隣の芝生はなぜ青く見えないか』を出版したが、その問題意識も大沼さんたちと共有している。中身はともかくとして、タイトルは我々のものの方が人の食指を動かすものと思うがどうだろうか。「戦後責任」は直截すぎるし、若い人には敬遠されかねない▼いままでこのテーマで様々なものを読んできたが、この本は実に分かりやすい。これは参加メンバーの誠実なお人柄のなせるものだろう。この本の交通整理役を自任する加藤さんがあとがきに「才気煥発で喧嘩早い弟を,穏やかだが芯の強い姉(内海)と、穏やかだが危機の局面にめっぽう強い兄(田中)が、温かく見守っているという空気が流れた瞬間」を描いている。弟は「瞬間湯沸かし器」と揶揄される大沼さんを指すが、本当に笑ってしまう場面が登場する。これはみなさん読んでのお楽しみだ。ともあれ若い人に読ませたい。そして、市民運動が何たるかを考える人たちにとっても凄く参考になろう。「当事者の思いを実現させるため、箱根駅伝みたいに、自分に課せられたー神様が課すんでしょうかねー区間というか期間をとにかく走り続けて次の走者にたすきを渡していく。ほとんどは途中で倒れてしまうけど、ごく稀にゴールインできる人もいる」との大沼さんの言葉が胸に迫ってくる。(2014・10・25)

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平和追求への営みの陰に咲くあだばなへの眼差し

東京に住む友人から一週間前の9日に、突然メールが届いた。佐藤優『創価学会と平和主義』を読んだが、そのなかの139頁に私が登場しているというのだ。「中身を書きたくてウズウズしているが、(私が)読む楽しみを削いでしまう」から書かない、と。深夜のことゆえ、すぐに書店に行くことも出来ないので、いったい何が取り上げられているのか、あれこれ考えた。20年間の代議士生活の大半を安保・外交の分野に身をおいていた私ゆえ、まさに走馬燈のごとく委員会での発言がよぎってきた。不思議な経験だった。まさにありとあらゆることが思い起こされ、なかなか寝付かれなかったのである▼中国との関係が密接とされる公明党の中にあって、私は積極的に物言う姿勢を崩さなかった。予算委員会で、中国を訪問した自公の先輩政治家たちが、北京で中国におもねる発言をしたことを叱ったこともある。いかに外交辞令とはいえ、度が過ぎる、と。憲法調査会の場で、憲法9条の堅持を主張し続けるわが党内にあって、国際貢献をはっきりと明文上で可能にする記述を付け加えてもいいのではないか、と述べたことも一再ならずある。通り一遍の平和主義ではいけないというのが信条の私だけに叩けば埃はいくらでも出てきておかしくない▼非核三原則は、言うまでもなく、「作らず、持たず、持ち込ませず」だが、私の発案で、公明党は新三原則を提唱した。「作らせず、持たせず、使わせず」と。自らの姿勢をうたうだけではなく、他をも縛るものにすべきだ、との視点からだ。また、ヨルダンとの原子力協定が俎上にのぼった外務委員会で、自国の原発事故を解決できていない状況下にありながら、他国に原発輸出を堂々とするのは納得できないと論陣を張ったこともある。党の態勢がやむなしだったのを、ひっくり返した判断だけに物議を醸したものだ▼しかし、佐藤優さんはこれらのいずれにも目をむけたのではなく、まったく違うことを書いていた。鈴木宗男氏(外務委員長当時)に対する2009年11月18日の衆議院外務委員会での私の発言だった。鈴木氏には選挙で水面下の支援を個人的にも受けていながら、その恩を仇で返すかのごときことを(証人喚問質疑で)してしまったことは、ユーモア交じりではあったにせよ、ずっと気になっていた。しかも、佐藤優さんのまさに膨大な著作群を必死に追っかけて読み進むにつれて、肩に重くのしかかってきたのだ。このあたり、ご存じないひとには分かりづらかろう。冒頭に紹介した友などは、ネット中継で見ており、「あの発言は鮮明に覚えていますよ。赤松さんの誠実さに感動を覚えたものです」というのだが……。ところで、佐藤氏がこのくだりを挿入したのはなぜなのか、との疑問が禁じ得ない。全体の文脈からは外れており、いかにも付け加えた感は否めないのだ。かくして今もなお眠れぬ夜が続く。(2014・10・16)

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中国に新たな革命が起こるとき

中国の動向が気にかかる。香港での学生によるデモが、とくに。私の友人で、香港在住19年、創業12期目のホープウイル・グループ代表の堀明則さんのレポートを読んだ。堀さんは”和僑”の代表の一人でもあり、外から日本を見る眼差し確かな国際人だ。今回のデモは香港の行政長官を選ぶ選挙が、自由な立候補の権利が市民に与えられないものであることから学生、市民の反発を招いたものである。堀さんは、今の学生たちが中国人というよりも香港人というアイデンティティを持っていて、その特徴はデモの実態が「やられてもやり返さず、ものは壊さず、助け合い、座り込みし仲間と香港の将来を真剣に議論しあう、そして道路をしっかり掃除する」ものだと指摘。つまりきわめて紳士的なものだと評価している。そういう比較的おとなしいデモであっても、先行きは覚束ないといえ、中国各地の統治にも微妙な影響を与えることは必至だ▼香港でも習近平政権の横暴さは際立ってきており、他の少数民族居住地域などでは推して知るべきだ。このあたりを含む中国内部事情にめっぽう詳しい情報といえば、宮崎正弘、石平の『2015年 中国の真実』を置いてほかにない。このシリーズでの中国批判のトーンは上がる一方で、二人の舌鋒は留まることを知らない。要約すると、中国経済の破たんは秒読み入っており、その責任はすべて習近平にあり、やがて彼によって共産党政権は潰されるか、彼自身が潰されるかの瀬戸際にあるという。毎回のことだが、現場に足を運んでのレポートだけに迫力がある。2006年に「世界にも誇れる美観のエコ都市が生まれる」(胡錦涛)としていた河北省唐山市の「曽妃甸(そうひでん)大工業区」は日本円で10兆円の巨費が投じられたが、10年が経った今はどうか。「オフィスパークには鉄筋フレームだけ、橋梁建築は途中で放棄され、官庁予定地にはガラ空きのビルが水浸しとなり、満潮時には浅瀬で蟹が捕れる。まさにゴーストタウンではなく、ゴーストシティだ」と。嗚呼、残骸や強者どもの夢のあとー一日の利払いが15億円強に上るとして中国経済の破たんを占う▼「香港の不動産王は、すでに中国の物件をすべて売り逃げしている」とか「不動産バブルで、中産階級が全滅」し、「内需も投資も輸出も全部駄目になり、バブル崩壊次第で経済は全滅する」などと囃し立てられると、経済関係者ならずとも、誰しも浮足立つ思いになる。それらの原因は習近平の戦略なき政権運営ぶりにあるとして、一つ一つ実例を挙げていく。英米などアングロサクソンやIMFへの挑戦から始まって世界各国で無謀というほかない試みの連発は呆れるばかり。▼宮崎、石両氏は、中国の権力闘争が結局は、今なお影響力を残す江沢民元主席に対する、胡錦涛前主席の怨念が背後にあると見る。胡錦涛は習近平と組んで江沢民派の殲滅を図ったのちに、習近平追い落としを図ろうとするという読みである。果たしてそうなるかどうか。これでは、やがて中国に新たな革命が起こるという見立てを持つしかないのだが、一般的にはかなり過激な情報に映ろう。中国の真意が読み取れぬ中、尖閣列島周辺における不穏なうごきに見るように、ひたひたと武力攻撃への準備をしていることだけは明確に迫ってくる。(2014・10・11)

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爺さんの昔話、苦労談をどう聴くか

映画『柘榴坂の仇討』を観た感想はすでに別のブログに書いた(「後の祭り 回走記」)が、直ちに小説も読んでみた。こちらは、浅田次郎『五郎治殿御始末』の中に収録されている。同名のもの二つの他に四つ、併せて六つの短編小説から構成されており、それぞれ三十頁あまりなので読みやすかった。映像が脳裏に残っているのを後追いしたせいもあってか、相乗効果が発揮されてすべてが謎解きされたかのようにクリアになった。映画でも小説でも一度観ただけであれこれ批評するのはおこがましいなどと、殊勝な気分にさえなってしまったのである。映画では「静かで暗すぎる」印象が強いと思った。確かにそうなのだが、小説は短い分逆に凛とした味が強烈に伝わってきて感動が深い。短いものを含まらせ長くすると、どうしても余計なものが入ってきて、大味になるということか。ともあれ両方を併せて鑑賞するのが良いと分かった▼浅田さんはこの六編の短編小説で、いずれも江戸から明治へと世の中が激変する中で取り残される側の悲しい物語りを思いれたっぷりに示してくれている。260年もの間続いた時代が変わるってことは、普通の人間にとってはおよそ驚天動地のことだったろう。髷と散切り頭が交錯し、着物と洋服姿が行き交うのは、表面的な変化であって、何よりも懐具合が違った。とりわけ徳川の側にいたさむらいたちは、まさに塗炭の苦しみに直面したということが、この短編集で嫌というほど分かった。幕末という時代の転換期がこれほどリアルに生活実感を漲らせて迫ってくる小説はなかなかお目にかからないだけに貴重な体験をすることが出来た▼『五郎治殿御始末』は、曾祖父と曾孫の間の秘められた話が展開される。「わしは、お前の年頃にいちど死に損なった」と87歳の翁が8歳ほどの少年に語っていく。「いかな覚悟の戦でも、先駆ける者はさほど怖い思いはせぬ。怖いのは後に続く者だ」「人に先んじて死に向き合えば、怖い思いをしなくてすむ。そして生きるか死ぬかは、人間が決めることではない」ー生と死にかんするこのあたりのしゃべり口調は、あたかもわが爺さんが今の世に出てきて諭してくれているようでリアルに迫ってくる▼この小説を読んでいて印象に残ったのは、自らの苦労談を語ることの意味だ。「たとえ血を分けた子や孫にも身の上話など語るべきではない。人にはそれぞれの苦労があり、誰に語ったところでわかってもらえるものではないからの」「苦労は忘れてゆかねばならぬ。頭が忘れ、体が覚えておればよい。苦労人とは、そういう人のことだよ」「語ればいつまでも忘られぬ。語らねば忘れてしまう」ーそう。著者は、苦労知らずのまま歳を取ったものに限って、僅かばかりの苦労談を語りたがると言いたいのだろう。そんなものでも若い者は聴いたほうがいい。体が忘れてしまい、頭が覚えているだけの話であっても、聴く側にとっては大いに体に効くことが多いから。(2014・10・7)

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