全部で28本のエッセイ集。何歳であろうが、「人生」を考える者にとって貴重な指針が満載されている。とりわけ自分の「老い」を自覚し、どう残された時間を過ごそうか悩む人には、良き「手引き書」になろう。私の様な「晩年」にさしかかった老年には、越し方のチェック集とも言える。身につまされながらも、日の入りまでの僅かな〝いとま〟に修正を試みようとの気持ちになった。作家で元日本財団会長の曽野綾子とはどんな人物なのか。著者自身はその「性格の複雑さ」と「悪い性癖」の由来について、「不幸」と「信仰」の2つを挙げる。「不幸」は少女時代の父の暴力から母を庇うための抵抗から始まった。その結果受けた「顔の腫れ」を取り繕うための学校での「嘘」。家に帰って現実逃避のために読む「小説の世界」。子供の時から「二重生活」の持つ重要な意味を知ったからだという。一方、カトリック信仰で、世間的な〝情緒的行為〟の「愛」とは違う、見返りを期待しない〝尽くすべき誠実〟という、もうひとつの「愛」を知ったという。そこから「ほんとうの愛は作為的なもの」であって、「正直など何ほどの美徳か」とまで言い切る。私はここに、〝嘘好き〟で〝正直嫌い〟の小説家・曽野綾子の本分を見る◆最も納得したのは「自立と自律」についてのくだり。若き日から人任せで(家庭では親や妻、会社では女子社員や秘書)、何も自ら手を汚したことのない人間が老いてから、自分では何も出来ずに困り果てるというケースが事細かに語られる。私もろくすっぽ「自律」が出来ていない口だ。家事の一切を妻任せできたため、今となっては無能者同然。洗濯機、掃除機の動かし方もままならず、衣服、下着の畳み方もいい加減。料理はオムレツもカレーも出来ないし、味噌汁さえ真っ当に作れない。著者は「料理、家事は段取りの塊であり、連続」であって、「頭の体操にはこれほどいいことはない」と強調。「単純作業」として、「家事」を馬鹿にしてきた男どもへの攻撃は果てしなく続く。発展途上国の過酷な環境に比べて圧倒的に恵まれた条件下にありながら、それを見ようとさえしない「現代日本人の甘さ」を突く曽野さんの筆先はどこまでも鋭い◆他方、キリスト者としての著者の考え方は、異教徒として感心することと、やや違和感を感じるところがある。一つは、「希望を叶えられない人生の意味」が昨今教えられていないことについて。昔は親も世間も、「その不幸の中で、人間として輝くことができることも教えた」のに、今は、「いい年をした老人までが『安心して暮らせる社会を保証しろ』などと国に要求する。そんなものは初めからどこにもないことが、年を取ってもまだわからない」と、手厳しい。新約聖書の中の「ヘブライ人の手紙」の11章からの引用を通して、「信仰を抱いて死ぬ」ということの尊さを明かすのだ。さらに。「志半ばに倒れる」ことは人間共通の運命であるのに、「社会的弱者」がそういう目に遭うのは、政府が悪く、社会が堕落しているからだとする風潮を嘆く。私はキリスト者のこの視点に共鳴すると共に、「今の日本」がとかく責任を転嫁し、なんでも人のせいにしがちになっていることを憂え、その片棒を担いでいないか、と自省する◆二つ目は、人間存在の有り様をめぐる「性善説」と「性悪説」の考え方について。曽野さんは小説家らしく「性悪説は最低限、推理小説の話の種にはなるが、性善説を小説にするのは極めてむずかしい」とジョークぎみにいう。ただ、この二分法は仏法徒としては単純過ぎて物足りない。生命は一瞬に三千種の状態を孕むとの「一念三千論」などのダイナミックな理論を持つ仏法の方が奥深く見える。縁する環境如何でどうにも転ぶ人間だからこそ、〝善の方向〟へと強く導く具体的作業としての日常的祈りが必要なのだ。また、「戦争でも災害でも、『語り継ぐ』ということはほぼ不可能で無意味だ」とされる。「老年にとって、また死に至る病にある人にとって、半世紀先の平和より、今日の美学を一日づつ全うして生きる方が先決問題だ」とし、「平和運動が、戦争の悪を語り継ぐことだけであるはずがない。戦争を忌避するというのに、親を放置しておいて、何が平和か」とまで。「平和への希求」に伴いがちな「偽善者」の匂いを嗅ぎ分けるのに急なあまり、「偽悪者」ぶりが過ぎて「勇み足」をおかされているように見える。尤もそこに妙な心地よさは漂う。(2024-11-18)
●他生のご縁 衆議院憲法調査会での出会い
2000年の10月12日。私は国会で曽野綾子さんとささやかなやりとりをしました。聞いたのは、21世紀の政治家像。「嘘をつくから政治家は嫌い」と言われるのなら「こんな政治家なら好きよ」って、聞かせてと迫ったのです。彼女は、「何かうれしくなるようなことを聞いていただいた」と述べたあと、「明確な哲学とあえて危険を冒すという姿勢を持つ政治家に」と明言。政治家は誰もがわかってることを言うのではなく、「わかる人はついてこい」と言って欲しい、と。
また、子供の教育に関して、私は「確立された個に接触することの大事さ」という持論を述べました。これには全く同感とされ「(強烈な個性との出会いで)びっくりしたり、怖気を震ったりなんかしながら、こういう風にものは考えられるのかと思って私自身を伸ばしていただいた」と、「若き日の幸せ」を印象深く語ってくれました。