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退屈さを忘れさせる若きチェーホフの話

自分が好きな書き手がその本の中で推奨しているものにはすぐに触手が動くものだ。先に古田博司さん(筑波大教授)の『ヨーロッパ思想を読み解く』を読んでいると、あれこれと本やら学者、評論家への誘いや注文がでてきた。なかでもチェーホフの『退屈な話』についてのくだりに惹かれた。「学者にも知性や理性の欠けた人がいる。勉強と研究で悟性だけを集中的に鍛えるからだ」として、悟性を働かせ過ぎると、概念に頼り過ぎるようになり、時代の変化とともに、現実的な妥当性を概念が失うと、そうした学者の権威は急速に失墜すると古田さんはいう。このチェーホフの本では「晩年にこの事実に気づいた老教授の悲しむべき述懐が象徴的に描かれている」、と。チェーホフとはあまり馴染んでこなかったが、選挙戦のさなかの移動時に読み進めた▼『退屈な話』の翻訳をした松下裕さんは、(きわめて読みやすく分かりやすいので、私はかなりの名訳だと思うが)「解説」で興味深いことを述べている。チェーホフが「死を目前に控えて生涯『共通の理念』を持とうとしなかったことを自覚した人間として主人公を描いた」うえで、「家庭からの疎外感と、学問的名声が人生のどんづまりに来てなんの役にも立たない惨めさとが、その生き方に対する応報だった」と。また、「老教授が次第に陥る人びととの『共通理念』の喪失こそが実生活上の無能力を生み、社会の停滞の原因となる、とその人間的堕落を警告している」とも指摘する。ここでチェーホフがいう「共通の理念」とは、「他者と『共生』して行こうとする意志」をさし、それを持つためには、「他者の生き方に対する生き生きとした関心が必要」なのではないかと松下さんは説く▼ここらの松下さんの読み方には、いささか違和感を感じる。私の耳にはまた違ったチェーホフの声が響く。「自分自身を突きつめたいという気持にも、あらゆるものについて自分の作り上げているすべての思想、感情、観念にも、それらをみな一つに結びつける何か共通したものがないのだ」というチェーホフは、さらに「どんなに敏腕の分析家でも、いわゆる共通理念、あるいは生身の人間の神を見いだすことはできないだろう」と述べている。ここでいう「共通の理念」とは、松下さんの言われるようなものではなく、私には、世界を解釈する上での適切な哲学思想を指すものだと思われる。それは古田さんのいう、時代進展のなかで現実的妥当性を欠いてしまう概念に依拠する科学ではない。そうした人びとに共通の哲理のようなものを持たないと、必ず人はその生の最終局面で途方もない行き詰まりを感じるはずだと信じる。私には、『退屈な話』の主人公が単なる科学信仰に生きて、晩年になり、その信じてきた科学が何の役にも立たぬ時代遅れのものと知って、茫然示寂としている姿がきわめてリアルに分かる。かつて若き日にそうならないように「共通の理念」「生身の人間の神」としての日蓮仏法を選択したという自覚があるからだ▼それにしてもチェーホフが『退屈な話』を書いたのが29歳だったというのには驚く。1860年に生まれ1904年に死んだ。これは、日本でいえば、明治時代とほぼ重なる。中国でいうと、この本が書かれた頃は清朝末期で、いわゆる洋務運動華やかな頃だ。ヨーロッパ近代文明の科学技術を導入しようと躍起になっていた頃だ。チェーホフは、『退屈な話』の中で、「科学は人類に何をもたらしたのか。学のあるヨーロッパ人とさっぱり科学を持たない中国人の違いといったって知れたもので」と同僚の文献学者に問いかけさせ、「中国人たちは科学を知らなかったが、だからといって彼らは何かを失ったでしょうかね」と続けている。そしてこれに「わたし」が「蠅だって科学を知らないがね」とまぜっかえす。このあたりに若さを感じると言えば、飛躍だろうか。日本も中国と五十歩百歩だったわけだから、笑えぬチェーホフの東洋認識ではある。古田博司さんの作品にはかつて学生時代に永井陽之助先生の謦咳に接した私の若き日を思い起こさせる。いや、哲学への造詣の深さからするともっと上かもしれないなどと、勝手な思索の水滴は弾む。(2014・12・17)

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中韓両国のこれからの結末を予測する

長い間国会に席を置き、外交防衛の議論に参加してきたものとして、引退後も当然ながら国際政治の動向は気になる。しかもかねて交友を重ねてきたひとの手になる分析ならなおさらだ。外務省出身者で物書きに転身した人には岡崎久彦氏から始まって東郷和彦氏や佐藤優氏にいたるまで知人は少なからずいるが、今回取り上げる宮家邦彦氏にはとりわけ思い出が多い。初めて議員会館で彼と会ったころというと、1998年頃で私が当選して5年後くらい、確か彼は中近東第一課長だったはず。話の合間にフセイン・イラク大統領の似顔絵入りの腕時計を見せられたのは印象的だった。直接本人から貰った、と。そう、彼はアラビストだったのだ▼その後彼は、日米安全保障条約課長や中国大使館公使などを経て、イラク大使館公使やら中東アフリカ局参事官などを歴任し、05年に家業を継ぐとの理由で外務省を退職する。09年からはキャノングローバル戦略研究所に務めるかたわら、テレビや新聞雑誌で評論活動を精力的に展開してきている。彼が現役の役人だった頃に、幾つかの外交・防衛に関する論文や、中国から帰国した際には書き溜めたメモ風の中国論を見せてもらったこともある。きっと将来は本にして公開するのだろうと密かに思っていた。だから稼業を継ぐために外務省を辞めると聞いても俄かには信じられず、きっと遠からず物書きになるのだろうと、疑わなかった。その彼がまさに満を持して出版したのが『語られざる中国の結末』と『哀しき半島国家韓国の結末』の2冊だ。すでに様々の書評に取り上げられ、高い評価を得ている。選挙戦のさなか、電車やクルマであちこちと移動したりする車中や早朝の自宅書斎で読み終えた。総選挙も最終盤なので未読の方は選挙後にじっくりと味わってほしい▼なんといっても宮家氏のこの2冊の特徴は詳細な中国大陸と朝鮮半島の未来予想図であり、あらゆる可能性を予測したシュミレーションを表にしたうえで、事細かに論じていることである。中国については米国との衝突後の行方、結末として7つの理論的可能性をシナリオ化している。また、朝鮮半島をめぐっては、中華地域の動向をにらみつつ、8つのシナリオに加え、それぞれ3つのサブシナリオを提示しているから、合計24パターンに及ぶ。しかも従来のこうした分析では欠落していた満州地域など中華周辺の歴史をしっかりと見据えている。であるがゆえに、この地域に関心を持っていた向きには、まさに痒いところに手が届く感じがする。かくいう私も、めくるめく思いで頁をめくった。だが、この地域への関心がいまいちの向きには恐らく煩雑かつ難しく、読みずらいかもしれない▼で、宮家さんが指摘するそれぞれの結末だが、意外にというか、常識的に見える。中国については、出すべき答えは日本がすでに過去150年間での試行錯誤の末に出しているものとして挙げていることからもその穏当さがわかろう。また朝鮮半島については、「統一・強大化する中華政府が,北朝鮮という緩衝地帯を維持するために、たとえ金一族を取り除いてでも『朝鮮民主主義共和国』という枠組みを守ろうとする」というシナリオが最も蓋然性が高いとしている。また、韓国の持つ原則が「冷戦時代にのみ機能する『日米韓連携』ではなく、伝統的な対中華『冊封関係』となった可能性がある」としているくだりが注目される。自制を利かせた書き方だけに見落しそうになったが、印象深く迫ってくる▼『韓国の結末』本の「おわりに」で宮家さんは筑波大の古田博司教授との不思議な縁を語っていて少々驚いた。私と古田教授との関係も改めて触れるまでもなく深いからだ。さっそくに宮家評をメールで訊いてみた。直ちに、「彼はほんものです。なかなか的確だ」といった意味あいの褒め言葉が返ってきた。誰に対しても歯に衣着せぬ厳しい見方をする彼にしては破格の高評価だった。岡崎久彦氏が逝ってしまった今、その穴を埋めそうな大物論客の登場に拍手したい。次作は、恐らくかんぐるに、彼が二度にわたって赴任した国・イラクがターゲットだろう。多分そのタイトルは『文明の交差点で喘ぐ イラクの結末』であろうかと私には思われる。(2014・12・13)

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「武力を使わない集団的自衛権の行使」にまったく賛成

今年の流行語大賞に選ばれたのは、「ダメよダメダメ!」に並んで「集団的自衛権」だったことは周知のとおり。6期20年にわたって国会議員を務めてきて、主に外交安全保障の分野で仕事をしてきた私としては感慨無量ではある。このテーマに肯定的な学者も否定的な論客もそれぞれ付き合いがある。なかでも国際紛争の現場を熟知しているの伊勢崎賢治さんとは個人的にも親しい。この人、東京外国語大学大学院教授にして紛争屋の異名を持つ。国際NGOでスラムの住民運動を組織した後、アフリカで開発援助に携わったかと思うと、国連PKO の上級幹部として東ティモール,シエラレオネの、日本政府特別代表としてアフガニスタンの武装解除を指揮した。こう書くといかにもコワそうで偉そうな人を連想しがちだがいたって優しい庶民的な人だ。最近はしばしば都内でジャズライブを開き、トランペットを演奏しておられるというから愉快だ▼その伊勢崎さんが最近出された『日本人は人を殺しに行くのかー 戦場からの集団的自衛権入門』を読んだ。これまでもこの人の本はあれこれと読んできており、いつも新鮮な息吹を感じる。しかし、この度の書物は、集団的自衛権を論じてはいるが、安倍総理の発信に依拠し過ぎてており、公明党の主張によって集約された閣議決定を正確にはとらえていないように思われる。まあ、「おいおい伊勢崎先生。それはないよ」ってところだ。この本の中に、自公協議における公明党の主張と頑張りが一切でてこないのだから。同じ出版社のもので、集団的自衛権を扱った佐藤優氏の『創価学会と平和主義』と読み比べると彼我の差がよくわかる▼この本の帯に「全部ウソです。だまされるな」と言って挙げてるテーマは4つ。①集団的自衛権の行使を容認しないと、アメリカは日本を助けてくれない➁そのうち、中国、北朝鮮、韓国が日本に戦争を仕掛けてくる➂国連PKOへの自衛隊の派遣は世界の役に立っている④イラク戦争で自衛隊に戦死者はでていない。公明党的に言わせると、①はその通り、ウソだと思う。集団的自衛権の行使容認に関わらず、両国の関係は不変だろう。感情は別にして。➁は、突発的、暴発的挑発はゼロとしないのではないかと考えるが、おおむね同調する。➂は同意できない。ウソだと言っては、自衛隊員があまりに気の毒だ。④は帰国後の隊員の自殺が少なくないことをさしているのだが、現地では戦死者は出ていないことは事実だ▼この本で大きく評価し、私が賛同するのは、「安倍内閣が打ち出した『集団的自衛権の15事例』」がほとんどその必要性を感じさせないものであることを克明に論じている第四章だ。著者ならずとも、「集団的自衛権の行使容認をすべき理由になるものが一つも含まれていない、というのは驚きだった」のである。それを実際の交渉で明らかにしていったのが公明党だった。結果として、従来あいまいであった個別的自衛権と集団的自衛権との線引きを明確にしたのである。であるから、公明党としては、今回の閣議決定を集団的自衛権の行使を容認したものとは認識していないのだ。この辺りを伊勢崎さんには立ち至って解説してほしかった▼しかし、我田引水的にわが身を褒めるだけでは能がない。「行動する平和主義」を自認する公明党としては、単なる軍事的な抑止力に頼るのだけではなく、平和構築に向けての積極的な交渉を重視している。その意味で実際に国際紛争の現場で「敵」とのせめぎあいをしてきた人の「ソフトボーダー」という考え方についての具体的提案は重い意味を持つ。これは具体的に「柔らかな国境」を作る努力をさすのだが、北方領土、尖閣,竹島の領土問題を考えるうえで、大いに参考にしたい。併せて伊勢崎さんのCOIN(Counter-Insurgency=対テロ戦マニュアル)についての考察は鋭い。本来、COIN はウイニング・ザ・ウオー(敵を軍事的にやっつける)ではなく、ウイニング・ザ・ピープル(人心掌握戦に勝つ)であると強調する伊勢崎さんは、「ジャパンCOIN 」の活用を呼び掛けている。つまりは、日本らしさで世界に”参戦”しようというのである。「アメリカが試行錯誤し続けるCOINの戦略の中で、日本が行うべきことは『武力を使わない集団的自衛権の行使』である」という指摘には全く同意する。ここまで読み進めてきて、やはりこの人は公明党の真のブレーンになるべき人だと改めて心底から思う。(2014・12・9)

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ヒッキーが分かってから教育を論じよう

ヒッキーっていう言葉を初めて聞いた。引きこもり状態にあるこどものことを指すそうだ。ひとはそれぞれ自分のこども時代に引き当てて今のこどもをめぐる状況を考えがちだが、果たしてそれでいいのかどうか。自分のこどもの頃には殆どいなかったヒッキーが今なぜ多いのか。引きこもりの子の悩みや親の苦しみから始まって、現代の中学校教育の現場やそれを取り巻く世相など様々な課題をてんこ盛りにしつつ、ぐいぐいと読ませる謎ときに充ちた本に出会った。久方ぶりに寝る時間も惜しんで引き込まれ、全6巻を一気に読んでしまったのである。宮部みゆき『ソロモンの偽証』だ▼総選挙で忙しい折になぜこんな推理小説にはまってしまったのか。勧めたのはまたしても笑医の高柳和江女史である。先日、『ローマ亡き後の地中海世界』4巻は、「斜め読みしたらいいのよ」って確かに彼女が私に言ったので、それを正直にユーモアを込めてこの読書録ブログに書いた。で、それを読んだ彼女は途端にご機嫌の方が斜めに。「聞きかじりを書かないで。これはフライングよ」と。斜め読みをしては、塩野七生さんに申し訳ないということなのだろうか。朝早くに抗議のメールが届き、末尾で「なにか反論ある?」ときた。実際はお腹が減っていたのだが、「グーの音もでない」と、反論はあったが無駄な抵抗はせずに、白旗を掲げることにした▼そんなやり取りの中で、今彼女が憑りつかれてる小説がこの宮部さんのものだと分かった。冒頭の謎めいた電話ボックスのシーンが秀逸だ。映画でも小説でも、いきなり事件の核心に踏み込むような描き方が好ましい。あれこれご託を並べずに、一気に読者を巻き込んでしまう。なぜにここまで惹きつけられたかと、読み終えて考えた。それはこの小説がバブル崩壊の始まりとも言われる1990年冬に舞台設定をしていることと無縁ではない。日本人の多くが流行り風邪に冒されたようなあのバブル熱。誰もかれもが儲け話に浮かれていた。そんな折に14歳の中学生たちが、友人の謎めいた死にまつわる経緯を解き明かそうとする。ついには夏休みに学校で法廷を開くという浮世離れした設定へと進む▼そんななかで、こどもや親の立場からの今の日本のあらゆる問題に取り組む姿が浮き彫りにされてくる。中高生向けの推理児童小説の域をでないように見えていて、その実、切り口は大人たちの世界の在り様に鋭く迫る。とことんこどもの世界に浸りきって、現代社会を見つめているために、その視点は当然ながらこどもの目線だ。この辺り、通常の大人の視点からの世界に慣れ親しんでいるものからすれば、食い足りないものを感じるかもしれない。もしもそんな感じがしたら、頁をめくる速度を落として、子育て時代の自分を振り返ってみることが大事だろう。主要な登場人物たちの「生と死」や「家族と自分」、「友情」など古くからのテーマを考え乍ら、池田晶子の『14歳からの哲学』のことを思い出した。14歳という年齢は、人がものを考えるスタート台なのに違いない。あと10年経つと初孫がその歳になる。さて、それまでにどうするか。(2014・12・3)

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日本史の謎ときから国土保全政策を探る

仏の顔も三度までとか、三杯目はそっとだしなどという。これは何事も、二回目まではいいが、三回目となると違ってくるということを意味していよう。ただ、本の世界では通常三部作などと言われて三点セットに意味があることが多い。竹村公太郎さんも『日本史の謎は「地形」で解ける』シリーズの三点目として「環境・民族編」をこの夏に出したが、このほど読み終えた。前作「文明・文化編」や前々作に劣らず面白い▼著者と私との出会いは2001年に遡る。衆議院国土交通委員長として河川局長の竹村さんに会った。河川行政を俯瞰する作業をお手伝いしてもらったのだ。ちょうどあの頃、彼は月刊誌『建設オピニオン』の編集長との雑談から、三部作の源泉を書き出す糸口を見出していた。彼は様々な驚きを謎にして、その謎を推理小説のように解き明かすことを文章のスタイルとした。旧建設省の役人としての人生をベースに文明評論家への華麗なる変身は同世代の憧憬の的だ▼この人の着想ほどユニークなものはなく、様々な座談で活用すると受けること間違いない。今回のなかでも、クルマ文明をなぜ日本は進化させられなかったのかという問題提起は斬新だ。つまり牛車や馬車が発達せずに衰退したのは、日本人が「馬や牛を去勢し、徹底してコントロールできなかった。だから車などでは使いにくかった」ことに原因があるというのだ。やがて江戸時代には大八車や籠担ぎが隆盛を誇り、それは明治初めの人力車へと続く。つまり動物から人へと、クルマ社会日本の過去はむしろ逆行していたのだ。この辺りを牛が暴れる絵巻の秘密を通じて明らかにする手法はまことに魅了される▼急に降ってわいたような総選挙が今たけなわだ。この選挙の各党の政策の一つの焦点は安全安心の街づくりであり、治山治水にある。この観点からは元河川局長にして文明の謎に通暁した竹村さんの主張は大いに参考になる。例えば、第7章「なぜ勝海舟は治水と堤防で明治新政府に怒ったか」は極めて示唆に富む。「富国強兵のための税収欲しさに、治水の原則とは逆の、洪水の水位を上げる方向へ突き進んだ」明治政府を他山の石にせねばならない。選挙活動の移動のさなかの新幹線ならぬ新快速車中の読書も捨てたものではない。(2014・11・29)

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ローマ亡き後に海賊が跋扈する世界を斜め読み

笑医塾の塾長である高柳和江女史(元日本医大准教授)が先日、明石に講演に来られた際にしばし懇談した。今年の前半に、一緒に電子書籍『笑いは命を洗います』を出版して以来だった。その折に彼女が「これって、面白いわよ。私もう読んだからあげる」ってくれたのが、塩野七生『ローマ亡き後の地中海世界 海賊、そして海軍』第二巻だった。気にはなっていたが、未読だった。塩野七生さんといえば、『ローマ人の物語』全15巻だが、これはその続編にあたる。現役の最後のころに厚生労働省の村木厚子さんと懇談したことがある。未だ事務次官に就任される少し前のことだ。あの冤罪をめぐる話をあれこれと聴いているなかで、彼女が拘留中にこの15巻を全て読み切ったといわれたのが印象に残った。ノートを作りながら、と言われていた。ざっと読むだけで全ては忘却の彼方にある自分との差を思い知らされた▼正直に言って、わたし的には「ローマ人」にしても、この「地中海世界」にしても、そう面白い物語ではない。とりわけ数千年も前の戦闘の数々を真剣に読む気にはなれなかったし、読み続けるには根気がいる作業だった。それでも文中に時折出てくる警句や教訓めいた言い回しに魅了される。これにはどうも癖になる。今回の4冊でも随所に顔を出してきた。「マキャベリが言ったのかそれともグイッチャルディー二の書にあったのかは忘れたが、長年にわたって私の頭から離れない一句がある」とくると、獲物を前にした猟師のように、気が漲ってくる。「現実主義者が誤りを犯すのは、相手も自分と同じように考えるだろうから、バカなまねだけはしないにちがいない、と思ったときである」、と。さらに、「今日に至るまで人類は、ありとあらゆる政体を考えついてきた。王政。貴族政ともいわれる寡頭政。民主政。そして共産主義体制と。しかし、指導者のいない政体だけは、考え出すことは出来なかった」ーこれは歴史は個々の人間で変わるものかどうかという考察をめぐって、一昔前のイタリアの経済学者の書の中にあった一句が忘れられない、と前置きして掲げられているといった具合だ▼「人は死んでも石鹸は残るが、率いていた人物が死ねばそれとともに死ぬのが、個人の才能に頼ることで機能していた組織の宿命である」「人間とは、良かれ悪しかれ、現実的なことよりも現実から遠く離れたことのほうに、より胸を熱くするものである」「その気になりさえすれば勝てる、とわかれば、人間は、迎え撃つ体制の強化にも真剣になる」などなど七生節とでもいうべきアフォリズムがここでも健在だった。それにしても人が死んだら石鹸は残るとは、この人らしい▼ローマ亡きあとに、北アフリカから来襲して地中海世界を席巻したイスラムの海賊の傍若無人ぶり。さらに、トルコが海賊を自国の海軍として吸収していくとの知恵に満ちた展開ぶり。「キリスト教連合艦隊VSオスマントルコ」の血沸き肉躍る(一般的には、だが)戦線の描写。それぞれに味わえるが、わたし的には、映画好きな塩野さんが、黒澤明の名作『七人の侍』を持ち出して、傭兵と侍との違いを述べたくだりが最もぐっときた。「山賊の襲撃にそなえて農民たちを組織し、訓練していくうちに、侍たちの胸中に、忘れていた侍の精神が再び頭をもたげてきた」ー傭兵であることを忘れ、侍精神に徹したゆえに、七人中四人が討ち死にし、残る三人も失業する。それゆえに、「あの映画を観た欧米人の心までとらえた」と▼ところで、高柳女史から別件で、電話がその後かかってきた。その際に「あの本頂いてありがとう。その後一、三、四巻と自分で買って読んでるけど、正直しんどいね。あんたはあれのどこが面白いの?」って訊いてみた。すると、「あら、ああいう本はまじめに読まないのよ。ダーッと斜め読みするのよ。アハハハ」ときた。まったく。笑医の先生にかかると全てが笑いのタネになってしまう。(2014・11・13)

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ボートならぬ「クルマの三人男」のドタバタ旅

神戸市内の中学校を卒業して50年あまりが経つ。そのうち今もなお兵庫県内に住むクラス仲間3人が、もう一人の友が住む熊本に旅をすることになった。車で。わずか3日間だったからその殆どを車中で過ごした。合計で約2000キロ走った。準備を入念にしたり、旅先でトラブルを起こさぬようにと、あれこれ気を配ったりもした。70代寸前の爺さん三人のドタバタ車旅を自ら経験して思い出したのが、ジェローム・K・ジェローム 丸谷才一訳『ボートの三人男』である。つい先頃読み終えていたが、自らのクルマ旅との類似性に気づき、あらためて取り出して再読。ついでに旅先のよすがにと鞄の底に潜ませたしだい▼気鬱にとりつかれた3人の紳士が犬をお供に、テムズ河を旅する話。全編これ愉快で滑稽で珍妙このうえないエピソードの連続。読むものをして抱腹絶倒に至らしめるとくれば、読まずにはおらない。1889年に書かれたというから日本では明治時代の中頃にあたる。120年も前の作品ながら、いまだに世界で愛読されている英国ユーモア小説の古典なのだ。訳者は先頃亡くなってしまったが、際立った文芸評論家であり小説家の丸谷才一さん。そして解説がユーモア作家といっては言い足りないほど深くて重い小説家の井上ひさしさん。この人も先年旅立たれた。この組み合わせの魅力がこのうえない芳醇な香りを漂わせており、大いに楽しませてもらった▼とりわけ井上さんの解説は、見事というほかない。ユーモア小説を書くにあたって要求されるのは、「場面に応じて様々な文体を次々に繰り出す手練」と「それらをもう一つ高い次元で統一しくくっていく作業」だという。その二つの「至難の事業」が「見事に完成を見ている」ケースとして具体的に挙げているところを、今回の二度目の読書作業で辿ってみた。小説冒頭の「病気の総揚げ」から始まって、第四章の「荷造りのドタバタ」、第六章の「美文による風景点描」などなどを経て第十二章の「缶詰との笑劇風格闘」に至るまで、まことに面白い。一回目では味わえなかったコクと深みさえ味わえた思いがする▼井上さんによると「英国人は常に叡智と遅鈍の中間にある」(プリーストリイ)そうだが、「叡知は鋭い機智や洒落を生む。遅鈍は滑稽の原料である」と解説する。加えて、このあと「明治以降のわれら大和民族は奸智に長けている故に、ユーモアからははるかに遠い(からといって別に「悪い」と申しているのではないが」と日本人との比較を忘れない。確かに、と一度は納得するものの、再考すると首をかしげてしまう。昨今の日本人は果たして奸智に長けているのだろうか、と。悪賢いどころか馬鹿がつくほど生真面目で純情なのではないか、と対外関係の中では思わせられることが多い。それでもユーモアから遠いことだけは間違いない。そんなこんなでわれらの「クルマの三人男」のドタバタ旅は無事終わったのだが、残念ながらボート旅ほど面白くはない。ただ、互いの絆は大いに固まったことだけは間違いないので、よしとしよう。(2014・11・9)

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スパイ小説らしくない英国情報部員の秘話

私はこれまで随分とスパイ小説は読んできた。しかし、その分野の古典で、著者の実体験に基づいたものとされるサマセット・モーム『アシェンデン』は読んだことがなかった。今年の初めごろに何かの書評で取り上げられていたのを見て読んでみた。一読、さっぱり分からない。というより、初めはスパイ小説風だが、途中からはスパイたる著者の恋物語風の物語に変わってしまっている。読み終えた時点では、スパイが国家の機密を追う通常のスリルとサスペンスに満ちた物語としては、生煮えのものだとの印象が残った。副題に「英国情報部員のファイル」とあるが、いわゆる「スパイ小説」ではなく「スパイの小説」ではないか、とひとり毒づいたものだった。しかし、文化の日を前に、「読書録」に取り上げるべく、あらためて読み直してみると、面白い味わいが見えてきた▼人とひととの会話の妙のようなものについてのモームのこだわりが面白い。「アマチュアは、一度始めたジョークをいつまでも繰り返したがる。冗談と冗談を言う人との関係は、蜜蜂と花の関係のように、手際よく付かず離れずでなくてはいけないのに」ー確かに。大人の品ある会話たるもの、冗談を言ったら、さっと離れていく技が求められる。尤も、そんな会話をする機会にはとんと出くわさないが。で、著者は社交的会話術をするにあたっての秘訣めいたものを明かす。「聞いた話を書き留めておくための小さなノートを用意して」、「晩餐会に行くときなど、話題に困らないように予めその中の話を五つ六つ見ておくことにして」いるというのだ。おまけに、「世間一般で話せる場合はG(generalを表す)のマークが、男性向けのきわどい話の場合はM(menを表す)のマークが付けてある」といったことまで登場人物に語らせていて興味深い▼また、食後のテーブルスピーチの名手が、「演説に関する名著と言われるものはすべて読んで」おり、「どうしたら聞き手とよい関係になれるか」、「相手の琴線に触れるような重々しい言葉をどこで挟むか」や「一つ二つ適切な挿話を入れることで、いかにして聞き手の注意を喚起するか」などについて熟知していたことも明かしている。こういった会話の進め方だけではない。お酒をめぐる洒落たやりとりもさりげなく触れている。「夕食前はシェリーと決めている」という人に、ドライ・マティニーを勧める場合、「ドライ・マティニーを飲める時にシェリーを飲むのでは、オリエント急行で旅ができるのに、乗合馬車でいくようなものですから」などといった気の利いた会話が挿入されているのだ▼一度読んだときには、あまり気づかずにいたーそれでも今挙げた箇所は頁上を折っていたーが、改めて読み直すと、妙に惹かれる。また、この本は解説と訳者あとがきがいい。岡田久雄という朝日新聞外報部出身の人があれこれ裏話を紹介している。モームが自らの伝記に波乱に富む内容を書いているくだりが本書には何も書かれていないのは、「ウインストン・チャーチル首相が『アジェンデンもの』を草稿段階で読んで、公務員の公職に関する守秘義務違反を構成しうる、と警告、それでモームは一部を破棄せざるをえなかったとも言われる」からだ、と。なるほど、それで合点がいった。この本がスパイ小説としては、イマイチのわけが。とはいえ、じっくり読めば味が噛みしめられるのかもしれない。川成洋さん(法政大学名誉教授)が「作家とスパイの二足の草鞋を履いていた」モームのことを『紳士の国のインテリジェンス』なる本に書いていることも、解説で知った。この人とは今から40年ほど前に知り合った。今はどうしておられるか。お会いしたい思いが募るが、まずは本を読んでみよう。(2014・11・2)

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ドナルド・キーンの案内で辿る日本文学の旅(59)

東京オリンピックから50年。そして今再びの2020年のそれまで、あと6年。思うことは多い。そんな折も折、日経新聞でベラ・チャスラフスカさんのインタビュー記事「東京五輪からの半世紀」を読んだ。彼女は1968年の『プラハの春』へのソ連の介入で、スポーツ界から追放されるという憂き目を見てより20年にも及ぶ弾圧を経験する。ようやく89年のビロード革命で復帰したのも束の間、今度は長男が、離婚をした夫を死に至らしめるという不幸な事件に遭遇し、それを機に心身を病み長い療養生活を送る。ようやく5年ほど前に立ち直ったという。今ではチェコオリンピック協会名誉会長として活躍、東京五輪開催を後押しする。まさに起伏の激しい50年だった。「逆境にも自分を信じて 報われる日は来る」という見出しが心を打つ。彼女は「私の体操、半分は日本生まれ」という。それほど日本との関係は深い。この人を思うにつけ、私は日本びいきの幾人もの外国人を連想する▼なかでも最大の存在はドナルド・キーンさんだ。今年の新春から古典に親しもうと決意した私はあれこれと挑戦してきたが、古典へのよすがとしてのこの人の『日本文学史』読破も、その目標の一つだ。ようやくこのほど、全18巻のうち、9巻目までを読み終えた。まだ道半ばではあるが、近世編3巻分をまとめて取り上げたい。「文学史は、読み物としては一人の執筆者によって書かれたものにとどめをさす」として、小西甚一氏の『日本文藝史』とこのキーン氏のものの二つが圧巻だと言ったのは、大岡信さん(『あなたに語る 日本文学史』前書き)だが、今私は、なるほどなあと深く感じ入っている▼一言で評すれば、実に歯切れがいいのだ。キーン氏は今は帰化して日本人になっているが、元をただせばニューヨーク生まれの米国人。しかし、とっくにいかなる日本人にも引けを取らない堂々たる日本人である。古代・中世編から始まって近世編と読み進めてきたが、ほとほと感心する。かって塩爺こと塩川正十郎さんからドナルド・キーン『明治天皇』がめっぽう面白いと勧められて、かなり難渋したすえに読んだものだが、それよりもはるかに読みやすく面白い▼近世編の第一巻では松尾芭蕉、二巻では近松門左衛門、三巻では狂歌・川柳への論及に目が向く。『奥の細道』での芭蕉の関心は、ひたすら過去に歌人が心を動かされたものであった。「古人の跡を求めず、古人の求めたるところを求めよ」という彼の言葉は印象深い。また、近松門左衛門では、日本のシェークスピアと目され乍らも「ついにリア王の偉大と格調を備えた人格を創造することは出来なかった」と手厳しい。狂歌については、滑稽の伝統が乏しい日本文学の中で、少ないながらも詩心の分かる人が狂歌師の中にいることを感謝せずにはおられないという表現を用いて、心を砕く。狂歌といえば、「今までは人のことのみ思いしに、おれが死ぬとは、こいつあたまらん」といったものに、今の私などたまらない共感を感じる。定年後の人生に生きがいを感じつつ、一方で先行きの覚束なさに愕然とするものにとって真実の叫びに違いない。(2014・10・29)

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心のきしみを察する「聞く耳」を持つこと(58)

哲学という学問分野との付き合いは長い。しかし、未だに私自身、要領をえない。そのくせ気になって、捨てきれない。まったく困ったものだ。世に存在する哲学者が総じて人への理解のさせ方が下手だからだと折り合いをつけて、納得しているというのが現状だ。そんななか気になる哲学者が鷲田清一さんだ。この人、大阪大学総長をされていた頃から注目はしていたが、まともにその著作は読んだことがなかった。昨年の暮れだったかに、ある新聞社恒例の「今年読んだベストスリー」なる企画で、かの山崎正和さん(劇作家にして文明評論家)が、この人のものばかり三冊推奨するという掟破りというか、破格の取り扱いをしていたにもかかわらず、である。しかし、カリスマ臨床心理士たる畏友・志村勝之君と話していて、鷲田さんがいかに凄いかを語るのを聞くに及んで,心は決まった▼『哲学の使い方』なる題名が気にいった。それに新書であることが嬉しい。というわけで、初めての挑戦を試みた。冒頭の「哲学の入口」から、わが”お口に合う”雰囲気が漂ってきた。「哲学をばかにすることこそ真に哲学することである」(パスカル)や、「哲学を学ぶことはできない。ひとはただ哲学することを学びうるのみだ」(カント)などという、一見わかりやすそうな表現が続く。だが、彼はそういう常にわかりやすさを求める私のような読者に忠告する。ひとは「わからないものをわからないままに放置していることに耐えられないから、わかりやすい物語にすぐ飛びつく」のだ、と。「目下のじぶんの関心とはさしあたって接点のないような思考や表現にもふれることが大事だ。じぶんのこれまでの関心にはなかった別の補助線を立てることで、より客観的な価値の遠近法をじぶんのなかに組み込むことが大事だ」とも言う。そんなこと百も承知で、それが出来ずに困ってるのだけど、とのわが内なる声が聞こえてくる▼ところで、鷲田さんは臨床哲学なる分野を開拓した。その展開方法とはこうだ。まず、床に臥している人のところへ出向く医療者のように問題の渦中に出向く,フィールドワークが大事で、そこではまずあれこれ論じる前に「聴く」ことが必要になってくる、と説く。そして、「多義的なものを多義的なままにみるためには、みずからの専門的知見をいつでも棚上げできる用意がなければならない。いってみれば、哲学はある種の武装解除から始まる」と。このあたりは心理学と重なってこよう。今年の前半に私は友人たちとの対談を電子書籍にして出版した。そのうちの一冊、『この世は全て心理戦』(志村勝之君との対談)では、終始一貫して志村臨床心理士が聴くことの大事さを強調していた。聴けば自ずと問題の行く末は見えてくる、と言っていたものだ▼鷲田さんがつい先日神戸新聞の文化欄に『汀(みぎわ)にて』との小論を寄稿していたのを読んだ。「聴く耳をもたない人の言葉の応酬は、ほとんど石の投げ合い、刀剣による斬り合いを見るにひとしい」として、政治における言葉の劣化から説き起こし、大いに興味をそそられた。「聴く耳になりきる」ということは「口ごもりを聴くこと、つまりは言いたくても言葉が出てこない、そんな心のきしみを聴くということ」なのだと、その重要性を明かしていた。「苦しい体験ほど言葉にはしにくい。だから、語るに語れないことを、それでも相手が訥々と語り始めるまで待つということが『聴く』ことの第一の作法となる」のだという。実は、これも志村が同じことを言っていた。私のような、「聴く」ことが苦手で、ましてや相手の心のきしみをまったく察せぬまま、いつも待ちきれないで言葉を乱発するものには耳が痛い。かくのごとく『哲学の使い方』は日常的により関心の高い「心理学の使い方」とも類似の作法のように見え、大いに食指を動かされた次第である。(2014・10・27)

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