Monthly Archives: 10月 2015

歯、歯、歯の歯ー河田克之、赤松正雄『ニッポンの歯の常識は?だらけ』

1999年から始めてもう16年にもなる私のブログ『忙中本あり』。初めは「新幹線車中読書録」だったが、今や、新幹線に乗る機会はほとんどないため、専ら「新快速読書録」だ。今回はその歴史の中で初めて自著を取り上げたい。尤も自著といっても対談本だから共著ということになる。姫路に住む歯科医師の河田克之さんと一緒にこのほど出した『ニッポンの歯の常識は?だらけ』である。サブタイトルは長ったらしく、「反逆の歯科医と元厚生労働副大臣、歯の表裏事情に迫る」である。この本、共著といっても実際は河田さんが主役で、私は話の引き出し役。第一部の対談では患者の立場から恥ずかしげもなく訊いた。また第二部のQAでも初歩的な質問を性懲りもなく繰り返した。まぎれもない脇役だ。ただし冒頭の序論には力を込めた。また、あとがきも。ただし、共にユーモアたっぷりを忘れずに▼もともとは電子書籍の一環として作るつもりだった。というのも本を出版するのはコストがかかる。とても貧乏な元政治家にそんなお金は捻出できない。「デジタルファースト」なるNPO法人をわが友・朽木一憲の勧めで彼と一緒に立ち上げたのが国会議員を辞めた直後。彼は元出版社の社員。本を出したくても出せない人のために役立ちたいというのが狙いだった。で、見本としてまずは櫂より始めよで、私が出した。読書録の続編『60の知恵習い』を皮切りに、小中高大の友人たちと対談をしてそれをまとめた。五冊分全部併せると、対談者全員がことし70歳の面々で、『現代古希ン若衆』というタイトルが相応しい。その次の企画として私が考えたのが各分野の専門家との対談だった▼偶々歯槽膿漏に悩む、親友の勧めで読んだ本が『青山繁晴、反逆の名医と「日本の歯」を問う』。そして自らの歯の治療にも河田歯科医院へと赴いた。いらい、一年半ほど。意気投合して電子書籍を出そうというまでに殆ど時間はかからなかった。私の電子書籍第七弾になるはずだった。準備も進めていた。ところが朽木が病に倒れてしまい、電子書籍の出版が難しくなった。そこで方向転換。急きょ紙の本に、ということになったのである。若い人向けに歯科医療について噛んで含めるように、分かりやすくをモットーに語り、話して貰ったつもりだ。私は序論の題を「歯、歯、歯の歯のはなし」にしようと真面目に思っていた。徹底的に歯の大切さを面白く語ってみようと狙った。その通りになってるかどうか。読んでいただいてのお楽しみだ▼河田さんは日本の歯科医療の世界に大げさでなく、革命を起こそうとしている。それが証拠に衆参全国会議員にこの本を贈呈するという挙に出た。およそ100万円かかる。止めましょう。無駄もいいとこだ。国会議員の連中が読むはずがない。封筒を開いて表紙を見たらそのままゴミ捨て場に直行する、って私は主張した。しかし、それでもいいと彼は言う。せめてタイトルを見てくれたら、こんな歯科医が存在すると頭の片隅においてくれたら、本望だ、と。その熱意に負けた。その費用は全額彼が出してくれるとはいえ、勿体ないとの思いは私のような貧乏性の人間には消えない。そこで、議員諸氏が読んでくれるように、私はある仕掛けをすることにした。その結果がどう出るか。何れの日かの続報を楽しみにしてもらいたい。(2015・10・30)

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沖縄の前に必要な日本の独立ー松島泰勝『琉球独立宣言』

このところ沖縄に関するとても胸打つテレビ番組を見た。一つはNHKスペシャル「沖縄戦 全記録」であり、今一つはBSの「なぜペンをとるのかー沖縄の新聞記者たち」である。前者は先の大戦で唯一地上戦が展開され、12万人にも及ぶ一般人が犠牲になった沖縄戦の実態をあますところなく伝え、正視しづらいばかりか、聴くにも堪えられないほどのリアルさだった。後者は普天間基地からの辺野古移設に反対する住民の動きに迫る琉球新報の記者たちの日常を克明に追ったもので、沖縄のメディアが「偏向」といわれることへの静かな怒りに、慄然とするものを感じた▼先に『小説 琉球処分』の読書録を取り上げたが、続けざまに松島泰勝『琉球独立宣言 実現可能な五つの方法』を読んだ。この本の帯には作家の池澤夏樹氏が「居酒屋から論壇へ、独立論のフィールドが変わった」との推薦文を寄せている。先のテレビ番組の放映と併せ、重要な問題提起に対して、日本人の誰しもが真剣な対応が迫られていると確信する。沖縄に対する日本政府の立ち位置は、明らかに差別を含んだものである。私はこのままいくと独立しかない、との思いを抱いて久しい。せめて準国家の扱いをしてでも真正面から向き合わないと、行きつくところ(つまりは沖縄の独立)に行くしかないと思ったもののだ▼松島さんは激しい怒りを抑えながら冷静な筆致で独立への道筋の必然性を説く。これまでこんなに真剣な独立宣言文を読んだことはない。ただし、1⃣琉球人の独立賛成派を増やす2⃣日本で独立賛成派を増やす3⃣国際世論を味方にする4⃣国連、国際法にしたがって進める5⃣日米両政府に辺野古新基地建設を断念させるーという五つの方法についての提示は、「おわりに」のなかにでてくるだけ。あまり具体的な方法論は示されていず、いささか看板倒れ的な印象は覆いがたい。しかし、それを補って余りあるほどこの本からは琉球人の不屈の魂が感じられ、いい加減な気持ちで読むとたじろぎかねない▼沖縄の問題を考える上で重要なことは、そもそも日本そのものが未だ独立を果たしていないことを自覚する必要があるのではないか。戦後70年。米国占領は形の上では終わったように見えるが、それはうわべだけ。「実態は半独立国家」というのが偽らざるところなのだ。だから「琉球独立宣言」のまえに「日本独立宣言」がなければならない。といっても、それは日米同盟を捨てることでも、安保法制を断念することでもない。そんなことをすればたちどころに国家運営は行き詰る。現実を見据えたうえで、遠くない将来に本来の姿(真の独立)を取り戻すことは、沖縄も日本も同じではないか。沖縄をいわゆる左翼に支配された”イデオロギッシュな地”とみてはならない。「琉球ナショナリズムの地」だと見ていけば、その時に初めて独立を必要とするのは日本も同じだということが見えてくるように思えてならない。ただ、双方ともに果てしなく遠い道というほかないのは残念である。(2015・10.23)

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人間を見抜くにはどうすればー『権力に翻弄されないための48の法則』上下

読書好きの人は、自分だけが密かに時に応じて開いて読む本をもっているのではないか。座右の書とまではいかなくても繰り返し開く本である。それはあまり有名な本でないほうがいい場合が多い。有名すぎると、人に話してもすぐネタ元がバレてしまう。出典はわからないほうが面白い。私のケースは、ロバート・グリーン、ユースト・エルファーズ『権力に翻弄されないための48の法則』上下(鈴木主税訳)である。1999年発刊で、刊行間もないころに購入したから21世紀に入ってずっと持っていて、時に引っ張り出して開いている。大げさなタイトルだが、これは失敗だろう。むしろ「人間を見抜く48手」とでもしておいた方がもっと売れたかも知れない。まあ、そのお陰で読んだものはより密やかな喜びを独占できた気分になれる。今回はそれをあえて披露したい▼この本は、パワー(権力)を操るための法則を様々な実例を挙げて解説を加えたものである。もっと言うと、世間で成功するためにしてはならないことと、やったほうがいいことを、古今東西のケースを通じて説明しているといえようか。面白いのは法則を挙げて、それを提言としてまとめたうえで、法則にそむいた場合と、したがった場合それぞれの例を、歴史から拾って解説を加えていることだ。さらに、パワーを手にする秘訣や、イメージ、金言を加え、最後に例外まで挙げる。そして幾つかの示唆に富んだ歴史上の人物の言葉を添えている。まことにいたれりつくせりなのだ。ただ、これは訳者があとがきでも言ってるように、「本書は権力の本質を探る本というよりも、人間の本質を探る逸話集と言ったほうがあたっているかもしれない」し、「古今東西ありとあらゆる人びとの行動が描かれて」おり、「時代と空間を超えた大型ワイドショーのよう」なのである▼勿論、これは偉人の言葉やら行動を追ったものではない。この手のものにしばしば登場する、孫子やクラウゼヴィッツのような傑出した戦略家やタレーラン、ビスマルクのような権謀術策にたけた政治家、カスティリョーネ、グラシアンらのやり手の廷臣に加え、なんと色事師や詐欺師の言葉などもふんだんに盛り込まれている。「(彼らから)含蓄のある言葉を集め、そのエッセンスを蒸留してできた」ものだというから恐れ入る。私的に言えば、自分の読んだ本から至言を抜粋せずとも、著者たちが選択してくれているものだからきわめて便利ではある。ただ、欠点を言うと、日本人のものが少ない。辛うじて千利休や秀吉、信長、家康らが顔を出すに過ぎず、しかも胸を撃ち、舌を巻くようなものは出てこない。これって著者たちの責任か、それとも日本人が素直すぎるのだろうか▼自分自身に引き当てて感想を述べてみよう。法則4に「必要以上に多くを語るな」というのが挙げられている。法則に背いたらどうなるか。つまり多くを語りすぎると待っているものは何か。レオナルド・ダ・ヴィンチの「満月になると、牡蠣はぱっくりと口を開ける。蟹はそれを見て、石や海藻を牡蠣の口に投げつける。すると牡蠣は口を閉じられなくなって、蟹に食われてしまうことになる。口を大きく開けすぎた者は、これと同じ運命をたどる」と、解説されている。一方、法則にしたがった場合はどうか。多くを語らない男だったルイ14世をとりあげ、彼の有名な「朕は国家なり」との言葉や、まわりからのあらゆる願いに対して、ただ「わかった」という簡潔きわまりない応答をしただけだった、と言う。不気味極まりない。尤も、例外として「時には黙っていないほうが賢明な場合もある。沈黙は疑惑も招くし、相手を不安にさせる。とくに目上の者に対する沈黙は要注意だ」とも。そう。生兵法はけがのもとだということを私など骨身にしみてきた。相手を間違って使うととんでもないことになる。まぁ、生きていく上にはまことに色々あり、一筋縄ではとても済まない。だが、ここに書かれてあることを知っていて損はしない。(2015・10・19)

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残された選択は「沖縄独立」しかないのかー大城立裕『小説 琉球処分』

沖縄県と政府の関係が極めて悪い方向に向かっている。13日に翁長県知事が米軍普天間飛行場(宜野湾市)の移設計画を巡って、移転先の名護市辺野古の埋め立て承認を取り消したことに対して、政府は行政不服審査法に基づく不服審査請求を行う方針を固めた。このことから埋め立ての是非が法廷に持ち込まれることは必至で、全面対決の様相が一段と濃い。こういう状況が進む中で私はいま、大城立裕『小説 琉球処分』上下を読んでいる。その結果、あらためて明治初年のころと全く本質的には変わっていない日沖関係を深刻に考えざるをえない▼実は私は現役時代に衆議院本会議で、日沖関係が悪化すれば、最終的には「沖縄独立」しかないことを匂わせた演説をしたことがある。自分の本会議演説では出色の出来栄えだったと思っているが、全く注目されなかった。その演説をするきっかけとなったのは、実は池上永一の小説『テンペスト』を読んだ影響が強い。中国と日本、そしてアメリカと日本という大国のはざまで苦悩しながら、見事に立ち居ふるまう琉球の生き方は小説とはいえ(いや、小説だからこそというべきだろう)実に鮮やかで、知的興味を強烈に惹きつけられた。そこで、「米軍基地の過重なる負担に苦しむ沖縄が生き残るには、こういう状況が続くなら”中国寄り”にならざるをえない。日本政府を牽制しながらの外交展開をするしかなく、やがてその先には独立を選択することが待っている」との思いを抱いたのだ▼大城立裕さんの小説は、明治新政府と琉球王朝府との確執を克明に描いている。国家間相互でもこれほどの異質のもの同士の対応は珍しいかもしれない。「五年来、何十回あるいは何百回、琉球の高官どもと談判した。根気比べの談判であった。(中略)はねかえしてもはねかえしても寄せてくるー卑小な蚊の群れにもたとえようか」ー琉球の高官とさらには王府との交渉を振り返って、明治新政府側の琉球処分担当官が述懐する。この辺りは読むほうもはらはらイライラしてくる。ここを読んでいて、辺野古移転をめぐる沖縄県と日本中央政府のやりとりなどまだまだ序の口かもしれないとさえ思わせられる。この小説を読んでの結論は、沖縄との交渉は、根気比べでどっちかが倒れるしかないものと思わざるをえない▼この小説にしばしば出てくるのが、中国と琉球との関わりである。琉球人としてその恩義が忘れられないという風に読めるくだりに出くわすたびに、疑問を抱く。というよりも、少なからざる嫉妬めいたものを抱かせられる。中国と一言で言っても到底一筋縄でいかない。勿論、今の共産主義・中国だけでは、この大陸に生息する民族の総体を判じることは難しい。また、琉球についても、およそ単純にとらえられないことを痛感する。沖縄大好き人間の私としては、良くわかってるつもりだが、やはり琉球民族と大和民族は似て非なる民族だと感じる。例えば、官職の呼び名一つとってもきわめて難解だ。親雲上、里之子とか、王子、按司や親方など、理解を超える表現に出くわして戸惑う。この点などはいささか説明された方がいいのでは、と思ってしまう。ともあれ、『小説 琉球処分』を読みつつ、知事と政府のせめぎあいを追っていると、『実録 沖縄処分』を見せられているようだ。この行く末に待っているものは「沖縄独立」しかないと思われてならない。(2015・10・15)

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今改めて蘇るケネディーロバート・ダレク(鈴木淑美訳)『JFK 未完の人生』

1960年代から70年代にかけては世界も日本も激動期だった。ちょうどその頃、私は10代半ばから20代の多感な時節を迎えていた。「生と死」を考えさせられた象徴的な出来事を二つだけ挙げると、一つは、63年のケネディ米大統領の暗殺事件。もう一つは70年の三島由紀夫割腹自殺である。それぞれ私が15歳と25歳になる寸前の11月の出来事だった。とりわけケネディ米大統領には、私も御多分にもれず憧れていただけにショックだった。これだけ偉大な人物の人生が突然ぷっつりと断たれるなんて、許せない。激しい憤りを感じた。その後、新聞記者を志し、政治家の道に進むことになったのだが、心の片隅に彼の人生ーといっても大統領としての三年足らずの期間だけなのだがーを常に意識していたといえなくもない。他方、私が宗教の世界に入って5年ほど経った時に、三島由紀夫が自決した。あの「人のいのちよりも大事なものがあることを見せてやる」と市ヶ谷の自衛隊員を前にした演説は、今なお忘れ難い。二人の死に方はある意味対照的なのだが、この半世紀ほどの間、「どう生きて、どう死ぬか」のテーマを、二人一緒になって私に突きつけてきたといえよう▼JFK(ジョン・F・ケネディ)を取り上げた著作は数多ある。ただし、記憶に残るものは殆どない。それだからかどうか、死後50年も経った今、突然にあらためて読む羽目になった。しかも翻訳を担当された方から直接勧められた本というのだから。その本はロバート・ダレク(鈴木淑美訳)『JFK 未完の人生』(2006年刊行)である。訳者の鈴木淑美さんとは、さる9月10日に出会ったばかり。関西学院大のIBA(専門職大学院の経営戦略科)で彼女と共に学んでいる後輩からの紹介だった。上智大で翻訳を学んだあと、慶応義塾の大学院でアメリカ文学を専攻し、日経記者などを経て今は翻訳家であり、かつ同時にそれを志す人たちを指導する職もこなしている。そしてIBAで勉強中というのだから、とんでもない人だ。かなりの堅物か、学問の虫っぽいを面白みのない人を連想されるだろうが、これまたとんでもない。とってもチャーミングで生き生きとした素敵な若々しい女性である。翻訳家とのご縁など殆どない(かつての職場の先輩で退職後その道に進まれた人がたった一人だけいる)私としては直ちに惹きつけられた。で、厚かましくも、「翻訳されたものを送ってください、読みますから」と頼んだ。直ちに4冊も送っていただいた。そのうち2冊がケネディもの(もう一冊は『ジョン・F・ケネディ ホワイトハウスの決断』)。残るは、女子体操のコマネチとCIA流交渉術についてのものだった。どれから読むか大いに迷った末に、政治家の端くれとして、ケネディの生涯を真正面から描いたものを選択した▼700頁にも及ぶものだからとても重い。なぜ上下二冊にしなかったのかと何度思ったことか。全体は4部からなるが、最後の「リーダーシップ」という1961年1月から死までの期間について書かれたところを重点的に読んだ。史上最年少で米大統領になったケネディは、若さに加え人を惹きつける風貌と演説の巧みさで世の人気をさらった。美女も美男もそれだけで七難隠すというが、まさにそれは本当だ。この本を読むまでは漠然とだが、マリリン・モンローとの浮名など彼の女癖の悪さや政治手腕の問題点も知らないわけではなかった。そういう点から「華麗なる大統領ープライバシー」の第14章は興味津々だったこと告白する。「(胃と泌尿器の具合が悪く、腰痛に悩んでいた)健康問題や兄妹の早世からくる『先が長くない』という気持ちから女遊びに走ったが、それは今でも変わらなかった。この先まもなく、核戦争が起こるかもしれない。となれば、人生をできるだけ満喫したい、やりたい放題して生きたい、という衝動に拍車がかかった」とのくだりは衝撃的だ。「関係のあった女性は並べればきりがない」というのは、さもありなんとも思うが、「核戦争が起こるから」というのは「おい、おい、それはないよ。頼むよ」と遅ればせながら言いたくなる▼ケネディ大統領は死して50年余、今なお高い人気を世界で誇る人物だが、同時に影の部分を指摘する識者も少なくない。訳者の鈴木さんもあとがきで光に触れた後で「政策が一貫せず、ブレがある。不安定すぎる‥‥」との指摘もあるとしたうえで、「その『不安定さ』にあえて光をあてたのが本書である」と解説している。「ときには側近の言葉にゆさぶられ、ときには周囲の目を気にし、理解されないといって怒り、嘆く。青くさく人間的なケネディの素顔が浮かび上がる」と、本書の読みどころを挙げているのだが、私としてもそのあたりにとくに興味を持った。ところで、この本には著者・ロバート・ダレクによる「まえがき」も「あとがき」もない。読み手には、スタンフォード大学の教授だということしかわからない。で、あたかも鈴木さんが書いたかのように思われて面白い。翻訳家を育成する先生をされているだけあって、訳はわかりやすく読みやすい。大部の本というみかけとは違ってそう苦にならず読めた。というように褒めすぎてばかりでは、かえって悪いと思う。そこで私らしくあらを探してみた。例えば、9章船出の425頁に「有権者は自分がこの賭けに乗っていたことすら知らなかった」とあるが、少しわかりづらい。ケネディ自身が不健康でも大統領はこなせると、自ら賭けていたことを、有権者は知らないまま過ぎたということなのだろうが。また、428頁に、ケネディがアイゼンハワーとの交替をする会談に臨む際に、先にみずから握手を求めた場面を、「『歩哨の交替』の象徴としてこの場面は完璧だった」とされている。はて、「歩哨の交替」の象徴とは何だろうか。私には分からない。いやはや、自分の理解力のなさを棚にあげて、つまらぬことを書いてしまった。尤も、こんなことでこの訳書の価値はいささかも揺るがない。多数ある彼女の訳書の中で、F・フクヤマの『人間の終わり』など、そのタイトルからして大いに興趣をそそられる。読んでみたい。(2015・10・9)

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人々の健康を増進し医療費の伸び率低下へー辻哲夫『日本の医療制度改革がめざすもの』

20年間の私の代議士生活の中で、ある意味一番輝いていたのは、厚生労働副大臣をしていた一年間だけだーというと、驚かれる方も多いと思われる。あと19年は燻っていたのか。やっぱり、権力ある地位に就きたかったのか、と。いやいや、これは難しく考えないでいただきたい。国土交通委員長と総務委員長を仰せつかった2年とを併せ差し引いて、残り17年間のほぼすべてを外交・安全保障分野での仕事をさせてもらった身からして、時の首相や外相、防衛相を相手に予算委や関連の委員会で質疑を交わしたこともかけがえのない経験だ。それなりに足跡を残せ、輝くこともあったと自負心もないではない。しかし、行政機構の只中で日々政治課題を追う日々はまことに得難いものだった。その間に様々な方々にお世話になったが、最大の存在は当時の事務次官であった辻哲夫氏である。この人はまさに同省のスーパースターで、早くから逸材として嘱望されていた。彼は2004年の年金、05年の介護保険に続く、06年の後期高齢者医療制度導入を根幹とする医療制度改革に全魂を捧げ、見事に成立を果たした。その彼と、わずか一年とはいえ同じ建物の中で仕事が出来たことは、まさしく僥倖だと言わざるを得ない▼彼が定年で退官してほぼ7年。今は東京大学高齢社会総合研究機構の特任教授をされている。同郷の誼みもあり、親しく教えを乞う(恥ずかしながら、何しろ厚生労働省行政はズブの素人だったから)たものだが、残念ながらお互い疎遠になってしまっていた。そこへつい先日、某シンクタンクの若手幹部から要請があり、再会出来る機会が訪れた。いやはや嬉しくも懐かしいひと時であった。うず高く資料や書物が積み上げられた机の上から、いきなり辻さんは「お読みいただければ」と本を差し出された。『地域包括ケアのすすめ』だった。「私がこのところ取り組んでいるきていることのすべてがこれに収まっています」といった風なことを言いながら。本好きの私を知りぬいたうえでの心温まる先制の一撃だった。一方、私はお連れしたコンサルタントと小一時間ほど語り合われる間中、彼の肩越しの書棚にある一冊の背表紙が気になった。『日本の医療制度改革がめざすもの』とあった。彼が退官直後にまとめたもので、文字通り半生の総決算であると睨んだ。帰り際に図々しくも「これも下さい」と所望したことは言うまでもない▼この本は大変に読みやすい。当たり前だが推理小説ほど面白いとはいえない。しかし、日本人の健康と医療費の行く末を案じるものにとって、これほど的確に関心の的を射てくれるものもない。知的興味をそそって余りある。これからの約20年の間の高齢化の過程で、「生活習慣病の予防をどう考えるか、医療のあり方をどのように考えるのか。(中略)われわれの生き方をどのようにしていくのかを問い直すべき時期になっている」ーこれが、この改革の前提だった。問い直しの結果、「医療費の伸び率が結果としてよりマイルドになるようにしたいというのが望み」というのがその理念である。序章の記述以降、図や表をふんだんに用いながら辻さんを中核とした厚労省スタッフの政策の戦略的展開が次々と示される。読み進めながら”遠い日の砲声”とも形容すべき日々が蘇ってきた。在宅医療を地域にどう根付かせるか。みとりをどう進めるか。「病院医療」への偏りから、どう地域のかかりつけ医を定着させるか等々。医療の根本的なあり方を問い直した画期的な提案の姿が再展開されていて、実に興味深い▼今、辻さんが中核になって、千葉県柏市において在宅医療と多職種連携の新たな取り組みがなされている。「医療制度改革」で展開した理論の現実的展開が柏プロジェクトとして繰り広げられているのだ。政策実施のトップたる事務次官としてまことに責任ある態度だと心底感心する。若き日よりひたすらに走りぬいてきた辻さんに、定年後をささやかに楽しむ暇もない。かつて、彼は入省間もない頃に、介護の現場に行き、実際に要介護者疑似体験をし、おむつに排尿をして過ごした。その経験をさりげなく語ってくれた日のことは忘れられない。ひたすらに日本の医療改革に命を捧げつくす日々を、他人事でなくいとおしく想う。辻さんは、先の本の中で長野県のある地域が、各自治会ごとに健康の道を決めどれだけ歩いたかを競い合って、毎年イベントの際に公表するという実例を紹介している。せめて私も自分の地域でそういったことを試みないと、かつてのパートナーに申し訳ないとの気がしてならない。(2015・10・1)

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