孫悟空を追い続ける西域ひとり旅ー浅野勝人『宿命ある人々』を読む

『宿命ある人々』ー耳慣なれない言い回しのタイトルの本に出会った。宿命とは何か。辞書によると、その環境から逃れようとしても逃れることができない、決定的な(生まれつきの)巡りあわせを指したり、立場上そうならざるを得ない泣き所を意味するという。運命と同義で、一般的には厳しい経緯を経て、暗い結末へと至る身の上を意味する。ここでは「人智では動かしえない定めある人たち」と云いたいのだと思われる。この本の著者・浅野勝人さんは、元NHK解説委員にして、元官房副長官、元外務副大臣(衆・参両議院議員)を経験した政治家。7年前に勇退してから、一般社団法人「安保政策研究会」の理事長を務めるかたわら、日中友好に深く貢献していることでも知られる。著書も数多く、この読書録でも『日中秘話ー融氷の旅』『北京大学講義録』などを取り上げてきた。私には仰ぎ見る先輩のひとりだ。しかも現在、当の「安保政策研」でお世話になっており、宿縁浅からぬ人でもある▼この本は三部形式。一つは、比叡山延暦寺大阿闍梨・酒井雄哉師の生の講話集。二つは、「孫悟空」を追いかけて一人旅をした西域記。三つは、大相撲横綱・白鵬との交友録。全体を通じて「宿命ある人を追っての西域ひとり旅日記」の趣きだが、味わい深い話が満載されており、読み応えたっぷり。最初の酒井雄哉師の講話は、序文に「ことばに尽くせない鬼気迫る貴重な人生訓」とある。7年かかって延べ1000日修行する千日回峰行。話には聞いていたが中身は知らなかった。以下にほんのさわりを。まず最初の4年間は毎日32キロほど、堂塔、霊蹟、野仏、草木を礼拝する行をしながら、嵐だろうが病気や怪我だろうが休むことなく歩き続ける。もし「行」に失敗すれば、山を去るか、自害するかが掟だ。決死の難行。5年目に入って700日終わると、「お堂入り」をする。これは無動寺谷明王堂に籠り、9日間、断食、断水、不眠、不臥で不動真言と法華経全巻を唱える荒行のこと。このあと、赤山苦行、京都の大廻り(毎日84キロ歩く)などと続く。この修行、病に倒れず、死にもせずにやり通すことは至難の業という他ない。口の渇きのために、舌の上の一滴の水の処し方など、克明に記された体験記は是非直接読んでほしい。酒井師はこの千日回峰を二回やった人だが、淡々と語る姿は筆舌に尽くしがたい。こうした修行を経たうえでの「『生きている』とは何なのか」のくだりなど、読むものはただただ息を吞むだけ。「今日の自分は今日でお終い。明日はまた新しい自分が生まれて、明日の新しい生活が生まれてくる」と。『一日一生』というこの人の代表作の題名が浮かぶ。さてさて、これほどの超人的な修行をしないと悟りの極意には到達できないものなのか。ただただ溜息が出てくる▼浅野さんは少年時代「西遊記」の孫悟空に憧れた。如意棒と筋斗雲を持ったスーパースターに、79歳の今も魅力に取りつかれている。孫悟空に関心を強く抱いた浅野さんは「三蔵法師、西域、インドの旅」に関する中国古典や資料、著書を読み漁るうちに、「孫悟空ってほんとは誰なのか」との謎解きに嵌っていく。そのきっかけが慈覚大師・円仁が著した『入唐求法巡礼行記』。それをベースにやはり巡礼行をした酒井師の後を追いながら、「悟空」に迫ろうというのだから凄い。西安では、薦福寺、興福寺の二か寺を訪れ「悟空」との接点を探すも得られず、敦煌へ。そこでは「敦煌研究院」の特別の計らいを得て、有名な「莫高窟」を見学。非公開の「第17窟」に入り貴重な石窟の数々を目にする。写真撮影が禁止されているために、悪戦苦闘したいきさつがなんともハラハラどきどきさせられる。さらに敦煌から東にタクラマカン砂漠の東端を越えて「楡林窟」へ。そこで、遂に「玄獎取経図」と出逢う。そして現地での学者、研究員らとの白熱の討議。念願の孫悟空に逢ったのだが、そこからがまた難行苦行の連続。「ホントのところは孫悟空とは誰なのか」を追うことはとてもスリリングだが少々難しい。答はあえて秘しておこう。読んでいて酒井師の千日回峰を思い起こさせられるほど。かの肉体的修行に比してこちらは精神的苦行になぞらえられよう。で、この「西域ひとり旅」はいつ始まっていつ終わったのか。探してみたが、今のところ発見できていない。あたかも狐ならぬ猿に鼻でもつままれたような気分になってしまった▼白鵬関と深い付き合いのある浅野さんは「横綱はチンギスハーンの生まれ変わり」というほどの入れ込みよう。「強い人が大関になる。宿命ある人が横綱になる」との白鵬関の発言。この言いぶりはいかにも日本的だという感じを抱く。実は私は鶴竜関の姫路後援会の一員だったことがあり、現役時代には毎年春の大阪場所前に、彼や井筒親方(元逆鉾)らと一緒のテーブルを囲んだものだ。白鵬関とは違ってカリスマ性には乏しいものの、折り目正しいその佇まいは日本人そのものに思われ、私にはとても好ましい人だ。横綱だから、この人もまた宿命ある人と思いたい。尤もこのところ休場続きなのが心配される。ところで、私は71歳の今日まで、宿命はあるとかないとかの次元ではなく、元々誰しもにあるものと捉えてきた。つまり、人間はすべて宿命ある人々だ、と。ここでいう宿命とは、人間の持つ最高の能力という意味、つまり仏の命を指す。ただ、人としてその仏の命の現れ方(宿命の在り様)が千差万別なのである。ということから、己自身が自覚した宿命が、仮に弱くボロボロのものだったら、これを力強く颯爽としたものに変えねばならない。「宿命転換」の原理なのだが、これは、今の仮の姿から、本来の姿としての仏の命に立ち戻らせねばならないというわけだ。その立ち戻らせ方を教えてくれるのが「日蓮仏法」だと確信している。この辺り、一般的な「宿命論」を覆す新たな座標ではある。(2017・7・12)

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不安定な筋、頭がこんがらがる内容 を噛み砕くー丸谷才一、大野晋『光る源氏の物語』下巻を読む

『源氏物語』を私に読むように勧めてくれた尊敬するお医者さんのことは先日少し書いた。長きにわたり読めないでいたのだが、解説本とはいえようやく読み終えたことを報告できるまたとない機会を得たことも。その日までに丸谷才一、大野晋『光る源氏の物語』上下二巻を読み終え、その読後メモを用意することを密やかな企みとして、当日を迎えた。「知的巨人」としての地域の大先輩に”ご恩返し”するまたとない機会を私らしく工夫したしだいだが、かの源氏の読み方(a系b系さらにはc系d系と分けられるということ)を同先生がご存知かどうか。これはもう五分五分と見るしかなかった。この説を認知する向きは、「源氏学会」においても少数派であるとはいうものの、竹田宗俊氏の発表以来65年程が経っているだけに、である。知っておられたらあまり面白くはない話だが、仮にご存じなかったら、これはもうぞくぞくするくらい興味深い、と▶それにつけても、この物語を解説する二人の対談は変てこりんという他ない。なぜかといえば、(下)でいうと、「若菜」では「これを読まなければ、源氏を読んだことにならない」と絶賛したかと思えば、そのあとに続く巻では「この巻では作者がくたびれてる感あり」(鈴虫)とか、「不明なところがままある」(幻)し、「筋が不安定で安心して読めない」(紅梅)やら、「頭がこんがらがる」(竹河)とも。挙句の果ては「題があるだけで本文なし」(雲隠)というのだから(中身はタイトルの如く雲隠れしたのか)。そのくせ、「浮舟」では「俄然事態は動く。本当に見事な巻」とくるので、油断しているととんでもないことになりそうだ。せんじ詰めれば、いわゆる「宇治十帖」なるものは、「宇治は憂路に通じ、光が死んでしまったあとの光のないくらい世界」のことで、「女にとって男との間に幸せはないという主題」が込められている、と。そして「宇治十帖」は「どうも文章がズルズルと続いていて、力強さがない」し、「美が乏しい」と強調されている。こうくると、なぜ『源氏物語』が世界文学の最高峰なのか、理解に苦しむのだが、そこはもう随所に目くるめく様な仕掛けが施されていると思うほかない▼そのあたり、あとがきの大野晋氏と丸谷才一氏のツーショット解説が抜群に読ませる。大野氏は『源氏物語』には、「光源氏と数多くの女性とのことが描かれていますが、第三十三番目の「藤裏葉」という巻で」区切られ、そこまでに登場する4人の女性(空蝉、夕顔、末摘花、玉鬘)とのかかわりの部分を全部抜き去ってしまっても、残りの部分は一貫した物語としてよく読める」、いやそれどころか「その方がむしろ明瞭に筋がたどれるというめずらしい事情がある」というのだ。加えて「本書を読まれるときに、まず谷崎潤一郎さんの現代語訳でなり、ともかく最初に執筆された十七帖(a系)をまず読み通してみて頂きたい」と。そのうえで、この対談本を読むと「お互いが響き合う」とおっしゃる。確かに、この対談では、「閨房のこと(男色を含む)についてまことに熱心に討議して」(丸谷)おり、実に味わい深い。そこは瀬戸内寂聴さんの「学者と実作者の源氏物語の斬り口」なる解説が何よりも裏付けていよう。「私の引用が閨房のことばかりに偏したのは、この点をお二方が最も熱心に扱われたからで、私が特に好色のせいではない」とは、よくぞまあ。彼女が好色の塊であることは天下周知の事実なだけに大いに笑える▶さて、冒頭の疑問に戻ろう。私の尊敬するお医者さんは当初、そんな説(abcdの4系列に源氏物語が分れるという)って、いつ誰が言ったのですか、と訝しげだった。そう、ご存じなかったのだ。私はそこで長きにわたってのこの物語への疑問を投げかけた。「で、先生は『源氏物語』を読まれてすっきりと筋立ては解られてたのですか」と。「いやあ、解らんよ」、大体そういう読み方はしないんだよという意味のことを続けられた。これですべては解けた。これだけ私にはちっとも解らん小説なのに、なぜ愛読しているひとがいるのかとの疑問が。寂聴さんが「いかに自分がこの名作をかいなでにしか読んでいなかったかを、肝に銘じてほしいものである」と結んでいるが、恐らく源氏物語読者の99%までは解らないまま、その魅力に嵌っているに違いない。ようやくスタートラインに立った私が、どうこれからこの物語に立ち向かうか、新たな喜びに胸がときめいている。
                                              (2017・7・5)

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日米中関係ーここまで書いてええんかいなー柳澤協二、伊勢崎賢治、加藤朗『新・日米安保論』

先日、読売テレビ系の人気番組『そこまで言って委員会』を観た。財務、厚労、経産、外務などの元官僚8人ほどが出て、いつもながらの言いたい放題だった。ここで注目したのは元防衛官僚で内閣副官房長官補だった柳澤協二さんの登場であった。辛坊治郎氏に司会がバトンタッチされるまでは、殆ど見たことがなかったので定かではないが、彼の登場は初めてのはず。今兵庫県知事選に出馬しているK氏などはかつてこの番組に出ていたもののあまりにひどい発言連発から降ろされたという。テレビ局としてはそこはきちっと自制を効かせているものと思われる。で、柳澤さんについては、彼が現役時代にあれこれと議論し、助けてもらった仲である。これまで彼の本を幾たびか取り上げても来た。防衛庁、自衛隊の後輩連中からは、「裏切り者」との汚名を浴びせる向きもあるようだが、本人は一向に意に介さない。着実にいい仕事をしていると私は高く評価している。それだけに今の防衛省をどうとらえているかの評論の開陳を期待したが、この日まな板に乗せられたのは前記4省だけだった。宮家邦彦氏が元外務官僚として、外務省を擁護すべきはきちっとしていて好印象だったが、防衛省が対象になっていれば、恐らく彼も同様だったに違いない▼その柳澤氏が、伊勢崎賢治、加藤朗の両氏と組んだ鼎談『新・日米安保論』をこのほど読み終えた。トランプ米大統領の捉え方から始まって「尖閣問題」「対テロ戦争」「北朝鮮と核抑止力」「日米地位協定の歪み」「日本の国家像」の6つのテーマをめぐり、彼の問題提起を受けて、縦横無尽に議論している。文句なしに面白く大変に啓発を受けた。尤も、ここでの真摯な議論の展開の仕方に惹きつけられはしたが、結論めいたものには必ずしも同意できない。そのうえで、印象深かったと言えるのは➀対中国観と今後の東アジア情勢にどう立ち向かうか➁日米地位協定の歪みをただすことの意味の大きさの二つである。中国については、その海外展開の実態と、中国主導の秩序下に日本が入ることが平和をもたらす、としていることに驚いた。まず、中国の対パキスタン戦略。「現在国際社会が固唾を吞んで見守るタリバンと対峙する外交フォーミュラは、アフガン政府、パキスタン政府、アメリカ、そして中国の『四者会議』」であり、パキスタンを「陸の回廊」にすべく着々と手を打ってきている中国は、その首根っこを押さえているという▶パキスタンの南端にあるグワダル港への中国の進出ぶりはかねて注目されてきたが、今やインドを封じ込めるに至るほどの実態だという。この港を使うことで、「直接アフリカ市場、アラビア海にアクセス」できるうえ、その上部にある「黒海、カスピ海の石油市場にアクセスする、中央アジアを突っ切るパイプライン」に直結することが可能だというのだ。この中国の現実を「スーパー・パワーとして認識せよ」という伊勢崎氏は「中国がくしゃみするだけで、アフリカ大陸が風邪をひく、つまり地球規模の人道的危機を引き起こす」し、「アメリカの対テロ戦略を左右する影響力がある」ことを強調している。ある程度知ってはいたが、改めてこう指摘されると、日本の存在などこの地域には皆無なだけに焦燥感が募ってこないと言うと嘘になる▶一方で、中国が今のところ武力を使ってアフリカを軍事占領していない事実を指摘し、かつての欧米諸国に比べて非常に非軍事的なことを力説する。そして、東アジアにおいて中国の軍事力に勝てるわけがない日本が、アメリカの協力がえられないとするならば、平和のためには中国的秩序に入ることを認めるしかないことを強調している。そういう流れに日本が唯々諾々と応じるとは考えにくいのだが、突き詰めていけば、そうでなければ、新たなる日中戦争に突き進むしかないことも論理的には分かる。この結論に至る前提としての「日米同盟の危うさ」が述べられているだけに、なかなか説得力がある。また、いわゆる護憲派が「平和」を振りかざすのなら、例えば、「尖閣」での問題勃発にあたっては身体を張ってでも行動をおこせというくだりは興味深い。この加藤発言にあとの二人が「過激すぎる」と言い合うところなど三者の呼吸が面白い。日米地位協定をめぐる問題は、「後の祭り回想記」に書く予定。ともあれ、「日米安保」が新たな局面に直面した今日において、この分野に関心を持つひとにとって、この本は必見だといえよう。(2017・7・1)

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科学者の「天風哲学」に基づく老いへの備えー合田周平『晩節の励み』を読む

 システム工学を専攻する著名な電気通信大の名誉教授。『海洋工学入門』なる著作で毎日出版文化賞を受賞されたひとーこういった人物紹介ではこの方、合田周平さんの表部分をとらえたことにしかならない。精神形成の深いところに関わるものは、財団法人「天風会」の元理事長を務めたひと。その団体の創始者で実践哲学者の中村天風の高弟と紹介すべきだろう。こう述べてくると、およそ近寄りがたいうるさい御仁を想像されるかもしれない。しかし少なくとも私にとっては違う。初めて知り合い、語らったのはもう20年ほど前に遡る。台湾での日台交流の場(「アジアオープンフォーラム」)であった。「天風会」をめぐって大いに話が盛り上がったことを覚えている。先年、実に久しぶりに東京でお会いしたが、80歳を有に超えておられるにも関わらず、颯爽として見えた■先日、FB上のやりとりで合田さんが『晩節の励み』という本を出版されたことを知り急ぎ読んだ。読みやすくて、生きるうえで大いに役立ちそうな本である。若者にも、そして年老いたひとにも。人生の指針たりうる言葉に満ち溢れている。晩節を汚すことのないようにするための手引きの書でもある。実は、私は高校に入ったばかりの頃に、親しかった友人の故西園寺健弘の紹介で「天風会」に入会した。中村天風そのひとにも一度だけだが、目白・護国寺の天風会館で聴衆のひとりとしてお会いしたことがある。天風会の実践をする研修会にも参加した。というのも西園寺の叔父貴(国際基督教大学の教員だったと記憶する)がやはり天風先生の弟子のひとりだったから、それなりの影響を受けざるを得なかったのだ。後に創価学会に入会していらい、そちらの方とは疎遠になった。この本には「座標軸としての『天風哲学』」、「こころみイズムとは何か」といった門外漢には、少々なじみが薄い切り口が並ぶ。しかし、現代中国で人気を誇る京セラの稲盛和夫氏の講演録のさわりが紹介されているあたりから俄然身を乗りすことになる。そう、このひともまた天風門下。合田さんとはいわば兄弟弟子なのである■後半には「八十路の哲学」や「晩節の励み」として「健康長寿」や「逝去の覚悟」といった高年齢者のたしなみめいたものが満載されており、その語り口は万人に適応しそう。例えば「悲観的な言葉を発すれば、自分自身も悲観的な気分に沈むことになる」「自他ともに、楽しく愉快になる言葉を口にしよう」といった、どこでも目にする呼びかけから始まり、鏡の前で自分の顔を見ながら「お前、病気を気にしなくなる!」と声を出して強く訴えよ、との自己暗示法に至るまで実に多彩だ。そんななかで「クンバハカ」は一般的にはまだまだ知られていない天風の訓練法のエッセンスである。「肛門を締めながら、肩の力を充分に抜いておろす。そして同時に下腹部に力を充実させる」ーつまり、「尻・肩・腹」の三位を一体として事に当たれ、というのだ。これは簡単のようで意外に難しい。若き日に学びながら未だに身についていない私はよほど不器用なのかもしれない■ところで、つい最近のことだが面白い”警句連作もどき”のようなものを、日本で唯一の坑道ラドン浴「富栖の里」(姫路市)の食堂の壁で発見した。「18才と81才の違い」と題した作者不詳のものだが、思わず笑った。「道路を暴走するのが18才、逆走するのが81才。心がもろいのが18才、骨がもろいのが81才。偏差値が気になるのが18才、血糖値が気になるのが81才。受験戦争を戦っているのが18才、アメリカと戦ったのが81才。恋に溺れるのが18才、風呂で溺れるのが81才。未だ何も知らないのが18才、もう何も覚えていないのが81才……」まだまだ続くが、この辺でやめておく。合田さんに怒られそうだから。尤も、笑いは身体に悪くないから許してもらえるかも。そういう老人にならぬためにも、この本を読む必要があろう。ついでに「17才と71才の違い」と置き換えても、ほとんど似たようなものと、気づくのにあまり時間はかからなかった。そうだ、西園寺が心臓弁膜症で死んだのは17才、高校生のときだった。あっという間に54年ほどが経った。いつまでも17才のままの友を想い続けているから、私は71才になっても、精神年齢は彼と永遠に別れた歳と同じままなのかもしれない。                                               (2017・6・23)

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中道を待望する思い高まるー青木理『日本会議の正体』を読む

とある会場で安倍晋三首相とすれ違ったときのことだ。「赤松さん、こんな会合に来ていいのですか」と、ニヤリと笑いながら彼が私に投げかけてきたことを10年近くたった今、おぼれげながらだが思い出す。私は「日本会議」主催の尖閣列島問題についての対中国・抗議集会に公明党を代表して出席していた。安倍さんとは、故中嶋嶺雄先生がコーディネートしていた「新学而会」なる学者、政治家との懇親・勉強会でときどき一緒になる関係だった。「余計なお世話だ」と思わないでもなかったが、あの時の会場での居心地の悪さが、安倍さんの冒頭のセリフと共に、今もなお私の脳裏に影を落としていることは間違いない。これが「日本会議」と私の出会いなのだが、その後の歳月のなかで、着々と存在感を増しつつあるこの集団が気になっている。そんな折に、書店で見つけたのが青木理『日本会議の正体』である▼元共同通信の記者がフリージャーナリストとして、この集団を追いかけたルポだ。「極右」であり、「超国家主義団体」ではないか。「安倍政権の中枢でますます影響力を強め」ていて、「内閣を牛耳」ってるような組織なのかどうかを探ろうというのが目的だーとプロローグにある。結論はどうなのか。「戦後日本の民主主義を死滅に追い込みかねない悪性ウイルスのようなものではないか」というのが著者の出した答えである。昭和40年代に大学生活を過ごし、人生の曙期を経た私の世代は、良いも悪いも「戦後民主主義」の只中で呼吸してきた。「左翼暴力革命」を夢見る「日本共産党」や「極左」「新左翼」などといった集団、さらにそこに影響を受けてきた「日本社会党」などのイデオロギーに凝り固まった塊とどう対峙するかが常に頭にあった。いらい50年の歳月が流れた。戯画化を厭わずに述べれば、「左」との対決に一応の決着がついたと安堵した瞬間、今度は一転「右」が大きな存在として立ちはだかっているというのが現実である▼「日本会議」は、初代会長がワコールの元会長の塚本幸一氏。今は4代目の田久保忠衛氏。元時事通信の記者で現在は杏林大名誉教授だ。メンバーは硬軟取り混ぜての印象を持つ文字通りの多士済々の面々。元をただせば、宗教法人「生長の家」をルーツに持つ。今はほぼ完全にその手からは離れており、神社本庁があらゆる面でバックアップしているとみてよいようだ。草創の頃は紛れもなく創価学会・公明党の存在を意識していたことは間違いない。今は政権与党の一翼を公明党が担っている分だけ、事情は複雑だが「日本会議」の構成メンバーの深層心理が「公明党嫌い」にあろうことは、言わずもがなであろう。双方がお互いの思惑で利用し合っていると見るのが自然だと思われる▼日本政治史を振り返るときに、左右対決のはざまにあって塗炭の苦しみを味わった民衆の救済に立ち上がったのが創価学会であり、公明党という存在である。今の政治の表面的在り様を見ていると、左翼勢力が立ち枯れている印象は隠しがたく、右翼勢力の鼻息が荒いことは否めない。その根底部分に「日本会議」があることは間違いない。しかし、肝心なことは、民衆の生活安定であり、人生の安寧、安心にどう心を寄せうるかということである。「左」の没落の後に来るものが、「右」あるいは「極右」の戦前回帰の国家主義などになることは真っ平ごめん蒙りたい。左右双方を止揚したところに立脚した中道主義。そこに原点があることを片時も忘れずに、日常的な政治、政策展開をしていかねば、と深く心に期している。憲法改正論議のリードの仕方など強かな印象を強める安倍晋三首相を思うにつけ、右急旋回を用心し、ストッパーの役割を公明党は忘れてはならぬと自戒したい。(2017・6・15)

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こういう本がなぜベストセラーかの謎ー呉座勇一『応仁の乱』を読む

つくづく現代日本は歴史好きが多いのだと思う。いや、正確に言うとごく一部の歴史好きの連中を大きく引っ張ろうとする出版ジャーナリズムの策謀が根強いというべきか。呉座勇一『応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱』なる新書がベストセラーになっているとの噂を聞いて、読もうとしたのだが、私としては、およそ歯がたたないために辟易したと告白しておく。いや、これも正確を期すと、日本史とりわけ室町期に明るくない普通の読者にとっては、という注釈が必要だろう。それというのも私の先輩筋の友人で、歴史に明るいと自他ともに認めるF氏においては、「この本は凄い、奈良から見た応仁の乱はこれが初めて。実に面白い」と絶賛していたからだ。で、この本の読後録をスタートするにあたって、正確を期す。室町時代に関心を持つなら、この本の前に改めて、「応仁の乱」前後の歴史をおさらいしてから読まれるべきだ、と。それをした後なら、面白い。確かに■実は、先週末、上京する機会があり、昔ながらの友人数人と久しぶりに会って懇談した。その余韻を残しつつ東京を離れたのだが、京都で途中下車してこれまた古くからの友人O夫妻(夫は鳥羽、夫人は横浜在住)と会うことにした。この友人たるや奈良、京都を訪れること500回をくだらないという大変な御仁。彼に連れられて、私も善光寺参りならぬ諸々の寺社詣りに手を染めた。しかも10回は優に超える身であることもまた告白しておく。今回は、また偶然ながら(つまり彼は私が『応仁の乱』を読んだ直後の京都旅だとは知らない)、上七軒近くの料理屋で落ち合った。食後に足を運んだのがすぐ傍にある大報恩寺。西陣地区のど真ん中に位置する通称「千本釈迦堂」である。今までもそうだが、私は過去にこの友人に連れられて名だたるお寺や神社に行っても、自慢じゃないが殆どその由来やら歴史的価値を知らない。恥ずかしい限りだが、これまで関心を敢えて封印してきたのだ。このお寺のことも勿論知らなかった。彼も私の”神社仏閣音痴”を知り抜いているゆえか、深いところを説明せず、「おかめ塚」についてのみあれこれと紹介してくれた■京都から帰って、私は思い直して井沢元彦『逆説の日本史➇中世混沌遍』を改めて読み直してみた。数年前にこのシリーズにはまりしゃにむに読んだものだが、この大乱をめぐるくだりを含めて、ものの見事にきれいさっぱり忘れていた。大法恩寺がなぜ国宝なのか、大乱時にどういう役割を果たしたのか、全部丁寧に書いてあった。つまりかつて私も読んでいたのだ。すなわち、大乱で洛中のほとんどが焼けつくし、このお寺ぐらいしか残らなかったということ、そして山名宗全率いる西軍が陣をしいたのがここであったことなどなど。国宝になった由縁である。誰も訪れる人がいなかった数日前の静寂そのものお寺を、550年前の往事を偲びながら思い起こしたのも一興ではあったと述べておく■そうしたこの時代の歴史的背景を頭に入れて読むと、私のようなド素人でもそれなりに噛み砕ける。とはいうものの、やはり相当の歴史マニアでないとよくわからない。この本は新書ではあるが、学術書の雰囲気が滴るからだ。というのも随所で歴史学者たちの、つまりは呉座氏の学者仲間たちの通説やら見立てについての評価が顔を出す。曰く、誰々氏はこう述べているが、「単なる性格の問題ではあるまい」、むしろ恐らくこうであろうとか、これまでの歴史学上の見方を批判的に捉えたりする見方を提示している。たとえば、近年の研究成果として、戦国時代の幕開けは「応仁の乱」(1467~1477年)後よりも「明応の政変」(1493年)後であるとの見方に対して、明確に否定しているくだりなど首肯せざるをえない説得力を持つ。こうした分野での仕事なら当然なのだろうが、数多の原史料(当時の日記やら寺社の史料の類い)を読み込んだうえで、煩雑さを厭わずいちいち、文章の後ろに()書きで付け加えることを忘れていない。こうした本がベストセラーになるなど、日本という国は凄いと妙に感心してしまう。ホンマかよ、と。実際は出版界の仕組んだ罠ではないか、などとあらぬ疑いさえ抱くのだ。自らの勉強不足を棚上げにして。わたし的には、「中華人民共和国の国連加盟問題のようなもので」(49頁)、とか「スイスの武装中立のようなものだ」(223頁)といった比喩の仕方が興味深かった。次の著作では日本中世史にみる国際政治史との類似点などに焦点を合わせてほしい。(2017・6・10)

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小説は風俗。それがいやなら哲学論文をー大野晋、丸谷才一『光る源氏の物語』上巻を読む

日本文学最高の古典とされる『源氏物語』を読もうと思い立ちながら今まで幾たびか挫折してきた。それにはいくつかの理由がある。平安期の言葉遣いに馴染めないことを始めとして、次から次へと女性を取り換えていく物語展開に、あまりに自分の日常的気分とかけ離れているとの思いが付き纏うことまで、枚挙にいとまがない。手元には紫式部の書いた原典以外に何冊かの訳本がある。随分年下の後輩の女性から貰った与謝野晶子の源氏物語や、瀬戸内寂聴さんのものまで色々と。姫路の元医師会長で、かねて尊敬するI先生から「赤松さんは源氏を読まないの?これを読まなきゃ、損ですよ」といった意味のことを何回か言われ続けてもきている。そんな折に、6月末にお会いする予定が出来た。なんとかその時までに恰好つけなければ、という風な焦りにも似た思いに駆られてきた。そんな折も折、NHKのテキスト島内景二『源氏物語に学ぶ十三の知恵』を書店で発見し、一気に読んだ■これは肩肘を張らずとも、どのように読んでもこの物語は滅法面白いのだということを、13回に分けて書いている。なんだか目からうろこが落ちた感じになった。1)憎たらしく仕組まれている人生に翻弄される老若男女を描いており、そこから大いに学ぼう2)日本固有の信仰を基盤に据えて、その上に異文化を積み重ねていく「異文化統合システム」が仏教によってもたらされた3)アイデンティティーは、自分が必要としている人を見つけるだけではなく、自分を必要としている人をみつけることではないか4)この物語の中から、「苦しむ神」や「苦しむ女神」を何人も見つけられる。その苦しむ能力の高さに敬意を払うことから、読者の新しい人生が始まるーなどといった風に、島内さんは薀蓄の限りをかたむけて止まない。このテキストを読み終えて、要するにここには日本文化の原型が語られているわけで、それを自分らしく見出すことでいいのではないか、との思いに駆られたのである。そこでふと思い出したのは、私がかねて尊敬する丸谷才一さんと、大野晋さんの対談『光る源氏の物語』上下が我が書棚の奥深くに眠っていたことであった。早速それを取り出して読み始めたらもう止まらなくなった■この本はお二人が『源氏物語』を縦横無尽に語りながら解説する本で、なかなかに面白い。要するに、私は見栄も外聞もかなぐり捨てて、取りあえず原典は棚に上げ、二人の碩学の読み方に専ら頼る道を、取りあえず選んだのである。すると、この本には実は私にとって驚天動地のことが書いてあった。しかも初めのところで。それは、昭和25年に竹田宗俊さんなるひとが、この物語は実は二つに分かれているとの説を発表しているというのである。a系とb系の二つで、aは桐壺、若紫、紅葉賀、花宴、葵、賢木、花散里、須磨、明石、澪標の順で続く。bは、帚木、空蝉、夕顔、末摘花、蓬生、関屋と続き、それが我々の目の前にある物語の間に挿入されているというのである。つまり、a系はa系だけで読んでいけば話の流れがスムースに読み取れるのであり、b 系のものを挟むと何だか分かり辛いというのだ。冗談じゃない。そんな漫画チックなことを言われてもド素人には分かるわけがないという他ない。この「a系b系二分説」は大多数の源氏学者は受け入れていないというのだから、もはやキツネにつままれたような感じになるのは私だけだろうか■実は私はこの小論で、あらかじめ決まった考えをもって書いているわけではない。しかし、丸谷さんたちがa系だけを通して読むと分かりやすいというので、そのように読んでみたいと思っているが、残念ながらまだそれをするには至っていない。上巻のみを読んだだけで、あまりにも源氏の世界に溶け込んでしまうので、ただ時系列的に読後感をここに記している。つまり、これまで私が長い間ひっかかっていた、光源氏なんていう人物は、要するに、気に入った女を年増だろうが少女だろうが、片っ端から犯し、拉致してしまう。これって、今風に言えば、ストーカーであり、変態的女たらし以外の何者でもない、と。ここのところは源氏物語を読むにあたっての最大のネックだったのだが、丸谷さんの解説で妙にすっきりした。「何か風俗小説というのは、現代日本では大変評判が悪い(中略)何か風俗小説を書く人間は、愚かしい不謹慎な男だと思われている」が、「もしそんなことを言うんなら、小説全体を否定するしかない(中略)風俗を描くのがいやならば、小説なんか書くのをやめて、最初から哲学論文とか社会学の論文を書けばいい」と述べる一方、坪内逍遥の「小説の手法は人情なり。世態・風俗これに次ぐ」(『小説神髄』)を引用して、源氏物語を擁護している。これは、「描く」「書く」のところを「読む」に置き換えてみると分かりやすい。ともあれ、これから私はどう『源氏物語』の世界に、はまっていくか、それとも途中で投げ出すことになるのか。いまのところ全く未知数なのは何とも心もとない。(2017・6・3)

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腰痛にはカイロが一番?ーS・シン&E・エルンスト『代替医療のトリック』を読む

私は実は38年間にわたっての腰痛持ちだった。22歳から60歳の年まで。この間は年がら年中腰がじくじくと痛く、特に朝の寝起きはつらかった。原因は社会人になったばかりの時に、スティール製の大きな机を一人で持ち上げたとたんギクッと来た。いわゆるぎっくり腰だ。整形外科にかかったのだが、治る気配は全くなかった。ありとあらゆる治療を試みたが、満足できなかった。それが、還暦を迎えた頃から古希過ぎの今までの10数年間、完全に治った(勿論、腰に負担のかかるような無理をした時を除いて)との実感がある。どうしてか。一つは腹部を中心に痩せたこと(これは病気のせいだが)。二つはカイロプラクティック治療(以下、カイロ)が効いたこと。三つはストレッチ体操のお蔭だ。この何れが欠けても今の私の腰はないと自負している。ぎっくり腰から脱却出来たとの手応えならぬ腰ごたえを持ったのは厚生労働副大臣時代。省の建物の10階にある副大臣室までエレベーターを使わずに歩いて上がったものである▼カイロとの縁は、実はその時点まで、つまり厚生労働省の仕事をするまではなかった。それが縁が出来たのは、日本カイロプラクターズ協会から陳情を受けたことがきっかけ。日本において市民権がない団体をもっと引き上げてほしいという意味の要請だった。私は、自分の腰の実情を話し、これが治るようなら尽力したいといった。全く嘘のような話だが、この時にきた村上佳弘事務局長がそれから数回にわたって治療を施してくれた結果、前述したようなことになったのである。ということから、この10年あまりカイロ愛好家になり、あれこれと支援もしてきた。近く、私の電子書籍『早わかり10問10答シリーズ』の第三弾として『腰痛にはカイロが一番』(既刊は、『みんな知らない低線量放射線のパワー』と『クマと森から日本が見える』)を発刊する準備もしている。まさにそんな折も折、畏友・志村勝之(カリスマ臨床心理士)から本が送られてきた。サイモン・シン&エツァート・エルンスト(青木薫訳)『代替医療のトリック』である▼この本の著者は、科学ジャーナリストと代替医療分野の大学教授。鍼、ホメオパシー、カイロ、ハーブの4分野を主に取り上げ、そのトリック性を暴いている。最も私の関心が高い「カイロプラクティックの真実」なる章を中心にざっと目を通した。カイロ治療とは、脊椎を構成する椎骨のズレを手技でただすこと。米国発の治療法だ。日本でも治療院は数多いが、誤解も数多い。多くは、首をギクッと回されて却っておかしくなったといった類いのトラブルから起こっている。この本を読むまで米国の実態は知らなかったが、さすが本場。実にあれこれと実例が示されている。創始者ダニエル・デーヴィッド・パーマーやその後継者たちの特異な個性もあって、当初はあらゆ病気に効く「哲学、科学、芸術である」とされてきた歴史を持つ。通常の医療関係者からこの辺りは殆ど狂気の沙汰と見られてきたのである。著者らが「科学的根拠によれば、腰痛に直接かかわる問題を別にすれば、カイロプラクターの治療を受けるのは賢明ではない」としているのは、ある意味当然のことに違いない。わざわざ「注意してほしいこと」として、カイロへの6項目の警告を発している。最後の「腰痛でカイロプラクターにかかる前に、通常医療を試してみよう」とのくだりには思わず笑ってしまう。「そうだよ。通常医療でダメだからカイロに来たんだから」と▼ここでいう通常医療とは科学的医療と言い換えていいだろう。それに対して擬似科学的医療とでもいうべきものがカイロなどの代替医療だ。臨床心理士の志村氏は、医療にはこれらに加えて物語的医療がある、と3分類化している。こころに関する代替医療をして、彼はそう規定するのだが流石に言いえて妙である。この分野でも鬱(うつ)を始めとする心の悩みを持つ人々が後を絶たない。いわゆる神経内科医たちが十全たる役割を果たしていないだけに。ところで、朝日新聞の書評(2010・3・21付け)で、広井良典千葉大教授が、通常医療にも「有効性が厳密に確証されていない療法が多い」とする一方、「心身相関や慢性疾患等の発生メカニズムの複雑性を考えた場合、著者らのいうような検証方法は限界を有する」とまで述べており興味深い。「現代医療論」として読む場合、「本書の議論にはやや表層的な物足りなさが残る」としているのには、ちょっぴり溜飲が下がる思いがする。広井氏は最後に、本書の議論を契機にそもそも「病気」「科学」「治療」とは何かといった現代医療をめぐる根本的な問いの掘り下げを、と求めている。この終り方はいささか定番だと思うのは酷だろうか。
(2017・5・28)

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「ホンマは好きなくせして」ー井上章一『京都嫌い』を読む

 『京都嫌い』なる新書の存在を知ったのは、発売間もないころに、ラジオでの著者のインタビュー番組であったかと記憶する。井上章一(国際日本文化研究センター教授)さんが語っていたある部分で笑ってしまった。彼がいかに京都嫌いなのかの思いのたけを語った後に、その本を平積みにした京都の本屋さんで、「ホンマは好きなくせして」とのフレーズが添え書き風に、張り出されていたことを発見したと紹介していたのだ。この本屋の店主はなかなかの優れものである。ただし、何故か私は読む気があまりせず、放置していた。で、このほど京都で顧問先の京都支部の催しがあり、スピーチをせざるを得ないことになって、急ぎ読むことにしたしだいである。新快速で京都までの1時間半でほぼ読めた■簡単にいえば、ここで著者が嫌いだとする対象の京都というのは、洛中の人を指す。ものの本というより、ネットで調べたところ、洛中とは、北は北大路から南は九条通まで、東は高野川・鴨川(東大路)から、西は西大路通までの地域を云うとのこと。要するに平安京時代の京城内を指し、最も中心部を意味する地域のようだ。中国の洛陽に対比させている。著者は、嵯峨生まれで今は宇治に住む。そういった京都でも周辺地域は洛外といって差別の対象になってきたことの怨念の限りを実に面白いタッチで描きそやす。「洛外でくらす者がながめた洛中絵巻ということになろうか」と、まえがきでは綺麗に書いているが、なんのなんの、私にいわすれば、京都とは名ばかりのよそもんが、ホンマの京都人から蔑まれたいけずの限り、ということになろうか。これまで色々と京都を案内したり、その歴史や見どころを描いた本は数多あり、私も何冊か読んできたが、これはまた異色の本である。まあ、あまり京都を知らない人にはお勧めしない。いきなりこんな風な京都観を持たれては、どちらにとっても気の毒だからだ。むしろ京都通を自負している方にはお勧めしたい■先日、私が親しくする新聞記者が冬場に京都に取材にきて、町家風の旅館に泊まった。その寒さにあやうく風邪をひきそうだと狼狽(うろたえ)てメールをしてきた。町家に憧れるのもほどほどにしないと身が持たないかもしれない。麻生圭子さんの『京都で町家に出会った。古民家ひっこし顛末記』『京都暮らしの四季』などといった女子好みの本を読んできた私だが、これらは歯応えはあまりなかったと記憶する。それにしても私のように、姫路生まれの神戸育ちからすると、京都は羨ましい限りだ。世界文化遺産・姫路城を持つ姫路は観光地として進境著しいとはいうものの、京都とは比べるべくもないし、これから私が売り出しに取り組もうとする淡路島にいたっては逆立ちしても及ばない。これは、光源氏が島流しされた地として、須磨や明石を『源氏物語』で描いた紫式部のせいではないかと僻みたくもなる。尤も、「大阪では京都に近いことが、しばしばからかいの的となる」「京都をみくびる度合いは、大阪が一番強い」などといったくだりに出会うと心騒ぎ、我が体内の京都心酔の度合いの高さがしれようというものだ■軽く読み進めて行ったなかで、歯応えを感じたのは第四章「歴史のなかから、見えること」。とりわけ、「京都で維新を考える」のくだりは実にすっきりした。「フランス革命とちがい、明治維新は無血うんぬんという話に、私はなじめない」とあるのに、正直に言ってかつての私なら反発しただろうが、今では全く同感する。幕末の京都を幕府の側からまもっていたのが会津藩士であったことや、明治維新の延長線上に、あの大戦での敗戦があったと位置づけ、「維新のおたけびが、ああいう膨張をあとおしし」、「江戸時代にためこまれたエネルギーがいきおいよくあふれだした」との史観にも共感する。NHKが先年放映した大河ドラマ『八重の桜』で、会津小鉄会の存在が黙殺されたことに憤りを感じて、あえて書きとどめたいなどとしているところにも。最後に、著者は、決して京都・洛中については、ホンマにすっきゃないことを感じた。お好きなのは洛外を含む広い意味の京都であるということを、あえて付言しておく。(2017・5・21)

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ヨーロッパの近未来を大胆に予測するーM・ウエルベック『服従』を読む

フランス大統領選挙の結果は、普通の日本人をしても安堵させるものであった。マクロンという39歳史上最年少の若者の当選によって、極右とされるマリーヌ・ルペン氏の登場を阻止しえたからである。トランプ米大統領の「アメリカファースト」で辟易しているところに、「フランス第一」を掲げる人物がヨーロッパのど真ん中に風穴を開けては、もはやEUは死に体になること必定ともみられた。今日の事態を作り出す先駆けはイギリスのEU離脱だった。そのニュースで大騒ぎをしている最中に、ミシェル・ウエルベック(訳・大塚桃)『服従』を読んだ。フランス大統領選を舞台に、既成政党の退潮を横目にしながら、極右・国民戦線のルペンと穏健イスラーム政党のモアメド・ベン・アッベスが決選投票に挑むという内容。「シャルリー・エブドのテロが起こった当日に発売された近未来思考実験小説」という触れ込みは極めて刺激的だった■ウエルベックという人物は、「現代社会における自由の幻想への痛烈な批判と欲望と現実の間で引き裂かれる人間の矛盾を真正面から描き続ける現代ヨーロッパを描き続ける現代ヨーロッパを代表する作家」というが、今まで恥ずかしながら知らなかった。それを読む気にさせたのは「フランスの政治的・思想的・霊的な劣化という現実を自虐的なまでに鮮やかに摘抉。細部が異常にリアルで、もうほんとうのこととしか思えない」(内田樹)とか「こんなことは起こらない……たぶん……いや、もしかしたら」(高橋源一郎)などという一連の著名な評者たちの読後感である。本を買わせよう、読ませようという出版社の戦略とはわかってはいてもこれだけ焚き付けられると、もはやじっとしていられなかった。しかし、読んでみて正直な印象は、私のような純粋・現代日本人(ヨーロッパ特にフランス事情に疎い、ドメスティックな爺さんという意味)にとっては、性的退廃部分の描写ばかりに目が及ぶ、かなりの冗談っぽい本であるといった具合のものである。この本のコア部分については、いまなお半信半疑である自分を感じざるをえない■この本の主人公は、文学を教える大学教授。政治とは距離をおくインテリの代表として描かれる。今から5年程先のフランスでイスラム政権が成立するとの設定のもと、ムスリム(イスラム教徒)しか教鞭がとれなくなり、主人公は解雇される。しかし、その後、彼はムスリムに改宗し大学教授に復帰する道を選ぶという筋立て、だ。つまりは「服従」の道を選んだわけである。移民問題が欧州を席巻し、今回の大統領選挙でも「EU離脱の是非」を問うことが表向きの焦点であった。しかし、真実のところは「移民は出ていけ」との国民戦線の主張をめぐる賛否だった。辛うじてルペンの強硬な意見は退けられたが、この小説では次なる設定としての国民戦線とムスリムとの直接対決が描かれ、ムスリムの勝利を予言する。そんなことが起こるはずがないというのは大方の予想だろうが、実際には分からないというのが日本の識者たちをも含む多くの現代人の危機感だろう■「服従」というタイトルに込められた意味を、この本の解説で作家の佐藤優氏が語るくだりが興味深い。彼は、ソ連崩壊後に、それまで忠実な共産党員だったインテリたちが一瞬にして反共主義者になったとしたのちに、「この人たちは、目の前にある『世界』をその全体において、『あるがままに』受け入れたのである」と。これはまた、先の大戦後にそれまで反米に凝り固まっていた多くの日本人が一瞬にして米国を受け入れたことと酷似している。最後に佐藤氏は「『服従』を読むと、人間の自己同一性を保つにあたって、知識や教養がいかに脆いものであるかがわかる。それに対して、イスラームが想定する超越神は強いのである」と結んでいる。この小説の示す将来予測及び人間認識は、私のような日蓮仏教の世界広布を目指すものにとってもまことに意味深長である。それは人間の知識や教養のいざという時の脆さとともに、宗教的意志の体内定着度の強弱をも慮らざるをえないところにある。数多ある仏教各派の中で、たった一つ現代において世界宗教を目指すSGIのこれからをも考えるうえで、それなりに参考になる本ではあった。(2017・5・14)

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