世界の今をどう見るかー宮家邦彦『トランプ大統領とダークサイドの逆襲』を読む

タイへの旅から私が帰ってきたその日に、外交評論家の宮家邦彦氏が姫路にやってきた。地元企業関係者らから講演を求められての訪問のついでに、会おうということになった。彼が外務省安全保障課長時代に、外交安保部会長として色々と付き合い、外務省退官後も時に応じて勉強会にお招きしたことがある。このところ疎遠だった間に、彼はメディアの寵児となっている。関西一円での人気テレビ番組『そこまで言って委員会』の常連メンバーで、大きな外交案件でコメントを求められて発信をする一方、国際政治の今を読み解く本を次々と出版している。陸に上がった魚のように、国際政治の現場に疎くなっている私としては眩いばかりの存在だが、無謀さも顧みず”昔取った杵柄”を振り回して立ち向かった▼最大の関心事は、トランプ米大統領の登場に伴う世界の行く末。彼はこのテーマを「ダークサイド」というキーワードで見事に料理してくれた。それって、映画『スターウオーズ』に登場する、悪の皇帝「ダースベイダー」が陥った人間の暗黒面のことをさすという。米国の民衆の間に蔓延する不平、不満をトランプ氏が巧みに束ねて勝利をつかんだ。で、今や世界中にこれと類似の傾向が見て取れるという。この話は年末に緊急出版した『トランプ大統領とダークサイドの逆襲』に詳しい、と。対面する相手の近作を読んでおくことは鉄則なのに、つい見逃してしまっていた。恥ずかしい限り。加えて、私は彼にとって外務省の仲間である佐藤優氏のことを口にしてしまった。直ちに「彼とはこの間対談本を出しました」と、きた。『世界史の大転換』である▼かくして二冊の本を並行して読む羽目になった。『ダークサイドの逆襲』を読んだうえで、『世界史の大転換』を読むと、当然ながら宮家発言部分を中心に極めて分かりやすい。「日本の政治がいまだ、アメリカや欧州のような大衆迎合的ナショナリズムに陥っていない理由は何か。誤解を恐れずにいうならば、安倍首相個人の力量に負うところが大きい」とし、「『ダークサイド』右派の暴走をうまく吸収している」とのくだりは、私との懇談の場面でも強調されていた。「日本の政治の安定」に安倍首相が大いなる役割を発揮しているかを力説していたことが耳朶に残っている▼国際政治の読み解き方として、「ダーク(暗い)か、ブライト(明るい)か」は、いささか乱暴ではないか。またそれって支配者階級と被支配者階級の相克、むかし社会主義革命前夜に見た光景とどう違うのか。あれこれ疑問は沸くものの、これからのパースペクティブ(見通し)を切り拓く上で、今風の切り口として格好のものと言えることは間違いない。こうした「言語象徴」をさらっと持ち出すあたり、ただならざる才能の持ち主だ。多くのひとに読んでもらいたい現代の最先端を行く「国際政治入門」としてお勧めの本だ▼全体的に軽いタッチだが、最終章の「地政学リスクとは何か」はそれなりに歯応えがある。国際情勢を見るポイントとして、1)地政学の「地」は地理の「地」であること2)「パワー」とは動くけれども見ることができない3)パワーは因数分解して相互の関係性を考える4)地政学では「経済合理性」を優先してはいけない5)地図はひっくり返して見ることーの5つを挙げている。いずれも味わい深い。冷戦から新冷戦、ポスト新冷戦を経て、久々の世界史の転換期の到来。これを読み取るうえで貴重な水先案内人に大いなる期待をしたい。(2017・1・29)

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呪縛から解き放たれたタイへの旅ー三島由紀夫『暁の寺』を読む

「芸術というのは巨大な夕焼です。一時代のすべての佳いものの燔祭(はんさい)です」から始まって、「夕焼の下の物象はみな、陶酔と恍惚のうちに飛び交わし、……そして地に落ちて死んでしまいます」に終わる40行足らずの文章程、三島由紀夫らしい文章はない。50年もっと前に、彼の文章の持つ魔性に幻惑され、反面教師として位置付ける一方、彼の書くものから遠ざかり、簡明直截を持って旨とする新聞記者稼業に私は身を投じたものだった。市ヶ谷で自刃した際のあの衝撃は私自身の25歳の誕生日前夜ということもあって今に忘れがたい。その三島の代表作・豊穣の海全4巻は長きにわたる読書生活における課題であり続けてきた。就中冒頭に挙げた『暁の寺』はタイ・バンコクを、メナム川(チャオプラヤ川)を舞台にしながら彼の生死観、仏教観を垣間見せたものである。私の人生の本格的幕開け期と、彼の幕じまいのときはほぼ同時期のものとして重なる。いらい半世紀近くもの間、彼の提起したテーマは私の肩に胸に心にのしかかってきたのである▼一度でいいからタイに行ってみたいと思ってきた。それはある種怖いもの見たさに通じる。三島が「(あの事件遂行という)もっとも切迫した現実の只中にみずからを置いて、身を刻むかのようにして書き上げた」(解説の森川達也)からだといえる。行ったところで何が解るというものでもないのだが、それでも行ってみなければ何事も始まらないという思いに駆られたことも事実だ。少年のようなノリで(今どきの若者はそんなことなどしないだろうが)、文庫本を片手に機中のひととなったのだから、文字通り私も変わってはいる▼「歴史は決して人間意志によって動かされぬが、しかも人間意志の本質は、歴史に敢て関わろうとする意志だ、という考えこそ、少年時代以来一貫してかわらぬ本多の持説だった」とのくだりがあるが、それこそ彼の自刃の際に叫んだ歴史に敢て関わろう意志だったいうことが鮮明に浮かび上がってきた。メナム川の上を遊覧モータボートに乗って一時間、猛烈なスピードで北に南に西に東に走った。その合間、波間に彼が死に場所を求め、自分の最期にあたっての舞台装置を探し続けていたことが分かるような気がしてきたのである。「人間の不如意は、時の外に身を置いて、二つの時、二つの死を公平に較べてみて、どちらかの死を選ぶということができないこと」や「どんなに真摯な死も、ただものうい革命の午後に起こった、病理学的な自殺と思われることを避けがたい」との記述を目にして益々その感が強い▼解説子が云う。三島の「挫折」というか「破綻」は「この巻の随所に追求される、大乗仏教を支える二つの根本思想のうちの一つ、いわゆる『阿頼耶識』を中核として展開された、あのめくるめくばかりに巨大な『唯識』思想の世界に、打ちのめされてのことではなかったのか」との指摘は私にとって極めて面白い。「阿頼耶識」は唯識の八番目。未だその奥に、究極の奥底に「九識心王真如の都」とまで表現される九番目の「阿摩羅識」があることを三島は知らない。「三島がこの巨大な思想の体系を、充全に納得し、領解し得たとはいささかも思わない」という森川氏の理解も、まだまだ仏教の基本理解に至っていないのである。このように見て来て、ようやく私は「三島の呪縛」からようやく解き放たれた感がしてくるのを禁じ得ない。(2017・1・22)

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哲人政治は民主主義を上回れるかー岡崎久彦他『クーデターの政治学 政治の天才の国タイ』を読む

明日から三泊四日の日程でタイ・バンコクに行く。昨年から私が関わる企業のトップと一緒に。当地では駐在日本大使の佐渡島志郎さんに会うのを始め、仕事関係から観光まで色々と予定があり楽しみだ。訪問するに当たってかねて読んでいた本を取り出し再読してみた。岡崎久彦、藤井昭彦、横田順子『クーデターの政治学ー政治の天才の国タイ』である。1991年2月のクーデターの2年後に出版されたこの本を私は衆議院議員になったばかりのその年に手にした記憶がある。どちらかと言えばタイトルに惹かれたのだが、中身はいささか退屈であり、羊頭狗肉の感がしていた。クーデターの経緯を時系列的に並べられたのでは興味も薄れようというものだった▼生まれて初めての地に行くにはそれなりの準備が必要で、バンコクといえば、三島由紀夫の『暁の寺』とともにこの本は捨てがたい。読み進めるうちにグイと引き込まれた。「デモクラシーが批判される時、その代案として提示されるのは賢人政治である」「結局は、デモクラシーの代案は独裁体制であり、独裁者が、哲人、賢人、あるいはデモクラシー時代の指導者よりも多少でもすぐれた指導者ならば、その方が良いというのが人類の歴史に何度も現れた一つの考え方である」との記述の後に、「タイという国は、少なくとも西暦紀元以降の世界史上、プラトンのいう哲人王を持った唯一の国だ」して、「ラーマ4世モンクット王(1804~68)こそは、プラトンが哲人王と呼ぶに値する唯一の王と思う」とあった▼本は再読するものだ。一回目は見落としていたところに気づく。プラトンの哲人政治と、映画『王様と私』は知っていても、モンクット王と結びつかなかった。恥ずかしい限り。実はこのコラムの前々回で私は林景一前英国大使の『イギリスは明日もしたたか』を取り上げ、「もう一人の主役を考える」とのタイトルで書いた。その文章の最後のくだりで、「西洋思想に対して、根底において異質の価値観を持つ日本という原点を忘れてはならない」としたうえで、「西洋発の『民主主義』の在り様、行く末に警鐘が乱打されている今だからこそ深く考え直すいとまを持ちたい」と結んだものだ。プラトンの哲人政治、モンクット王的なるものへの待望論ととられよう▼これに対して、当の林景一さんご自身からメールを頂いていた。その中身は、西洋発の「民主主義」に取って代わるものはないのではないか、ということに尽き、どんなにまずくても民主主義を上回る仕組みはないはずというものであった。西欧の思想、西欧発の政治の仕組みが今、行き詰っているとしか思えぬ現状に鑑みて、東洋、なかんづく日本発の思想、仕組みを打ち出したいという考えを提起したのだが、早速反論ごときものにぶつかった。面白い。有難い。次回、タイへの旅の途中考えたものを。(2017・1・17)

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本は易しくなければ優しくないー中村仁信『放射線ホルミシスで健康長寿』を読む

「大量の放射線は身体を破壊するが、少量ならむしろ体に良い」ー私が特別顧問的立場で関わっている一般社団法人「日本放射線ホルミシス協会」の主張を一言で表すとこうなる。少量でピンポイント的に局所にあてると、驚くべき結果を招くということはがん治療の分野で外科手術、抗がん剤治療に加えて、第三の手だてとして今や証明されつつある。しかし、一般的には放射線と言えば、怖い危険なものとのイメージはぬぐいがたい。この傾向に大きく竿をさしたのが東北の大震災による福島原発事故である。「羹に懲りてなますを吹く」の例え通り、「原発に懲りて放射線ホルミシスを排除する」流れは覆いがたい▼ただ、それでも根気よく説明し理解を求めればわかってくれる人は少なくない。私の地元姫路市の北部にある富栖の里での洞窟に入って、肌から口から体内に微量の放射線を取り込んで、がんが治り、元気になったとの実例には枚挙にいとまがない。私も現地にしばしば足を運び、洞窟に入る経験をしている。「百聞は一見に如かず」のことわざがリアルに迫って来る。放射線の権威であり、この団体の理事長である中村仁信(大阪大名誉教授)さんが、免疫学の大家・安保徹(新潟大)、生活科学の重鎮・清水教永(大阪府大)の両氏(ともに名誉教授)と一緒に著した『放射線ホルミシスで健康長寿』という本は、分かりやすくその辺りを解きほぐしてくれ、とても有用で役立つ▼数年前に富栖の里で講演をされた時にお会いしていらい、中村さんとは知己を得た。穏やかな風貌の下に秘めた強い放射線への信念はひとの心を射抜いてやまない。実は私は今『放射線ホルミシスって何だ?10問10答』(仮題)という小冊子を作ることに取り組んでおり、原稿を執筆しているところだ。その際に、この本を参考にしているしだい。「易しくないと本は優しくない」というのが”本を読み継いで50年”の我が人生の行きついた結論的モットーである。どんなにいいことが書いてあったとしても難しければ理解できない。易しく書かれてあることは極めて重要なのである。つまり、ひとに優しいのだ▼この本、十分に易しく書いてある。だが、それでも専門家の書いたものはどうしても難しさがつきまとう。私など元来が単純だから、これでもか、これでもかと分かりやすくして欲しいし、自分が書くならそうしたい。放射線ホルミシスをめぐって、その名前の由来から始まり、なぜ誤解が発生してきたのか、身体にいいのはなぜか、そして原発是非論議にいたるまでの放射線本の決定版ガイダンスを書き、できれば電子本にして出すつもりだ。勿論、中村さんに監修してもらって。おかゆのように既に胃の腑に優しいものを、さらに水を加えたとぎ汁風のもののようにしたい。お正月明けから、その作業に取り組んでいる。乞うご期待。(2017・1・10)

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もうひとりの主役を深く考えるー林景一『イギリスは明日もしたたか』を読む

昨年世界中を驚かせたのは米大統領選でのトランプ氏の勝利と英国の国民投票でEU離脱が決まったこと。共に、一般的な予想を覆しての結果だった。ISなど米欧に対する「価値観の反逆」ともいうべき動きが顕著な時代の流れとして伺えるときだけに、より一層注目される。歴史の分岐点とまでいわれる事態。だが、その背景を解説する本については、前者に比べて英国に関するものは圧倒的に少ない。そこへ格好の読み物が登場した。ついこの間まで英国駐在大使をしていた林景一さんの『イギリスは明日もしたたか』だ。まさに実況中継風の溢れる臨場感と、深い英国の歴史への洞察力に基づいたもので、知的興味が強く惹きつけられる▼林さんと私は付き合いが古い。公明党の外交安全保障政策の担当をしていた当時、国際法局長などをされていた彼と幾たびか議論をした仲だ。後にアイルランド駐在大使をされていた頃に、私は司馬遼太郎氏の『街道をゆく』を片手に同地を案内して頂く幸運にも恵まれた。自民党の石破茂氏らと訪れた英国視察旅の行程を私だけ延ばしたのである。林さんのただならざる筆力は『アイルランドを知れば日本がわかる』で十分にわかる。本当は英国について先に書きたかったはず。が、巡りあわせの妙というべきか順序は逆になった。尤もお蔭で最高の舞台装置のもと、水を得た魚のように英国を料理してくれたものを読める私たちは幸せだ▼英国が直面している事態をどう見るか、そしてこれからどうなるかについて、楽観論、悲観論双方のシナリオを冷静に分析したうで、今判断を下すのは早いとしている。当然だろう。だが、そこはタイトル故もあって自ずと楽観論に読む側の比重はかかる。EU離脱派が「英国一国ならば、世界を相手に自分たちの新たな経済ネットワークを確立する作業も、あっという間にやってみせる」としている辺りに、英国のお手並み拝見という気分になってしまう。複雑極まりないこれからの国際政治の展開は、誤解を恐れずに傍観者気分でいえば滅茶苦茶に面白いとも。しばらく世界史で脇役に追いやられていた英国が久方ぶりの主役にとの期待感すら禁じ得ない。メイ首相について報じられることが少ない日本にあって、「鉄の女・サッチャー」並みの辣腕を期待させる書きぶりだ。「氷の女王」「冷たい魚」「ひどく難しい女」など彼女への評価は政治家としては高いと見るべきだろう▼英国という国は普通の日本人にとって分りにくいところが多い。聞き古された英国紳士との呼称とは真反対の、狡くてしたたかなイメージは、世界史にそして日本史にあまた刻印を残す。そこからくる好悪の感情を乗り越えて、現実の国際政治は日米英のパートナーシップの重要性を求めている。林さんもこの本で英国との協調を訴え、「原則を守るために分をわきまえながらも、他力を活用して実力以上の成果を上げることを目指す」存在である英国に見習えと強調している。それは分かる。だが、ギリシャ哲学、キリスト教に裏打ちされた西洋思想に対して、根底において異質の価値観を持つ日本という原点を忘れてはならないとの思いも同時に頭をもたげてくる。西洋発の「民主主義」の在り様、行く末に警鐘が乱打されている今だからこそ深く考え直すいとまを持ちたい、と。(2017・1・5) 

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世界、日本の今を根底的に透視するー佐伯啓思『反・民主主義論』を読む

年の暮れになると否が応でも一年の回顧をしてしまう。代議士として飛び回っていた頃には、新幹線車中でのゆとりある時間に読書に励み、多い時には年間100冊を超す本を読んだ。しかし、引退後は新幹線にあまり乗らないこともあって、読書がはかどらない。というのは言い訳なんだが、本年はとうとう40冊を切ってしまった。その分、多くの人に出会い、動き回ったものとして後悔はしないことにする。振り返って、最も印象に残るものは佐伯啓思さん(京大名誉教授)の一連の新書だ。『反・民主主義論』をこの12月に読み、順に過去の作品に遡り『さらば、資本主義』と『日本の宿命』を年末ギリギリに読み終えた。様々な意味で感銘を受け、いま満足感に浸っている▼佐伯さんのものは、これまであれこれ読んできた。とりわけ『西田幾太郎』には思索を深めるきっかけを貰った。団塊の世代に属するひとで、私なんかより少々若いが、彼は今や「文明論」の分野における第一人者だと高く評価したい。一般紙紙上に時々目にする論考も群を抜いてためになる。今年も数多く目にしたが、「世界史の転換点」と題した本年2月8日付けの神戸新聞の「識者の視点」は秀逸だった。一言でいえば、「欧州が生み出し、米国が軸になって世界化してきた価値観こそが試されている」ということに尽きる。イスラム過激派をめぐっての中東の状況も、ロシアや中国の言動も、欧米の価値観への反逆だ▼私がこの12月に遅ればせながら読んだ三冊は、試される価値観という観点から、日本の現状を透視したものでぐいぐい引き込まれた。いずれも雑誌『新潮45』に連載されたものだから、同誌の読者たちにとっては、何をいまさらと言われそうだが、仕方ない。私的にとても面白かったのは「朝日新聞のなかの”戦後日本”」という章。佐伯さんの思想的傾向とは合わないと思われている同紙との”最初の出会い”めいたものに触れられていて、笑いさえ催す。最近、「異論のススメ」などのコラム(11月3日付け「中等教育の再生ー脱ゆとりで解決するのか」は面白かった)で、彼を登場させている同紙だが、”すわり”が決して良くないと思うのは私だけだろうか。つまり、論者と新聞の関係に違和感があるように思われるのだ▼トランプ現象を見事なタッチで抉り、結局は「民主主義の本質そのもの」と位置付けるているのも興味深い。200年ほど前にフランス人貴族・トックヴィルが、地方の小規模な町のようなコミュニティにおける市民による自由な自治を、アメリカの民主主義の最上の部分だとして、取り上げたうえで、「共有する価値のもとでの公共的活動」という”習俗”が支えてきたことを考えてみるべきだという。確かに、「一方で自由な経済競争やIT革命やグローバル金融などで、共和主義精神も宗教的精神も道徳習慣も打ち壊しながら」、もう一方で「民主主義をうまく機能させるなどという虫の良い話はありえない」のだ。こう読み進めてきて、はたと気づく。この”習俗”って、我が自治会活動そのものではないか、と。(2016・12・30)

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反復にこそ人生勝利の因ありー中嶋嶺雄著作選集➇『教養と人生』を読む

中嶋嶺雄ー私にとってこのうえなく巨大で近寄りがたく、かつ優しく身近な存在だった。この矛盾した位置に20代前半から60代半ばまで、ずっと中嶋先生は私の傍にあった。「現代中国論」を引っ提げて華々しく論壇に登場されたときの中嶋先生は未だ20代後半。慶應義塾での非常勤講師としての講義は、ほんのひよっこに過ぎなかった私には衝撃の連続であった。「中国文化大革命批判」の重みは、ある意味で我が人生の色合いを決定づけたのである。このたび発刊された中嶋嶺雄著作選集第八巻『教養と人生』を読んで改めてこの人物の凄さを思い知るに至った。真面目に人生を考える青年たちすべてにこの本を読ませたいと心底思う▼既に私は単行本で先生の著作をすべて読んできた。中国論それも初期の頃のものは仰ぎ見る存在としての先生を彷彿とさせるものばかり。一方、8巻に登場する『リヴォフのオペラ座』や『オンフルールの波止場にて』などはどこまでも優しくひと懐っこい先生を、ひたすら漂わせるものが多い。尤も、私はかつてピアノを志した妻や、絵画に造詣の深かった義父を持ちながら、一向に芸術の道には開眼し得ていない。それゆえ、どこまで理解を深めたかどうか大いに疑問ではあるが。だからこそというべきか、この巻の編集を担当された中嶋聖雄さん(ご次男)の解説に大いなる興味が募った。先生のご自宅にも伺ったことがあり、奥様とも幾度かお話をしたことはあるものの、お子さんたちとはこれまでご縁がなかっただけに▼この本での読みどころは、人間存在の基底部は、繰り返しによって形成されるということだと思われる。ご自身のヴァイオリン演奏における暗譜。語学習得における暗誦、繰り返しの重要性。このあたりについて触れられたくだりは示唆に富んでいて極めて興味深い。中国論については蟷螂の斧のように、身の程知らずに先生に体当たりを繰り返した私だが、流石に音楽論には太刀打ちどころか、合わせることすらできなかった。忙しい最中に音楽を聴いたり演奏をされたりした先生が「忙中楽あり」と口にされている。これには「忙中本あり」を造語し、実際に自著のタイトルにした者としてニヤリとするのが精いっぱいなのである▼聖雄さんが、「父、中嶋嶺雄から学んだこと」との結論で四つ挙げている。第一に、自分の考えを文章として残し、発表すること。第二に物事を常識的に考えること。第三に個性的でありながら、協調的であること。第四に、国際的な公共性をめざすために国際人たりうるためにこそ、自らが生まれ育った土地や環境に根付いたアイデンティティを持つことの重要性である、と。実は私もこの四つは先生から教えて頂いた。何れも中途半端は否めないが、耳朶に残って離れない。最末尾に、父上の死が絶望すら抱かせる壮烈なものであったことに触れ、「落ち込んだ時、もう駄目だと思ってはいけない。自己否定をしてはいけない。そこには新しい選択が生まれる」との先生の言葉を引かれているのは強烈なインパクトを感じる。父上の死をきっかけに永住権まで取られていたアメリカから帰国し、「現代中国」を研究するという「新しい選択」をされた▼いま、彼が早稲田大学アジア太平洋研究所准教授として「アジアにおけるクリエイティブ産業」などの授業を担当する一方、現代中国映画産業における英文著書を執筆中と知って驚いた。実はいま私は、北京電影学院客員教授の榎田竜路さんと親交を深めているからだ。彼は、中国の若者に映像制作などを講義する一方、日本の若者たちに認知開発力を培うなかで、地域の真の意味での再生を図るという壮大な試みに取り組んでいる。聖雄さんが目指す分野との関連性に、中嶋先生との深い縁を感じて、ひとり感じ入っているしだいである。
                                             (2016・12・20)

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”感幸”で地域全体の価値向上をー藻谷浩介、山田桂一郎『観光立国の正体』を読む

観光、それもインバウンドブームである。外国人の日本への旅行客が一気に年間2千万人を超えたとの報道が喧しい。しかしその実態はどんなものか。偶々私は今「瀬戸内海島めぐり協会」なる一般社団法人の専務理事をしており、まずは淡路島に観光客を呼び込むことを仕事にしている。といってもこの分野、決して詳しくない。どちらかと言えば、ド素人と言っていい。文字通り、”泥棒捕まえて”何とやらで昨今慌てて何やかやと只今猛勉強中である。そんな私が本やの棚で発見してむさぼり読んだのが藻谷浩介、山田桂一郎『観光立国の正体』。これなら十分”縄をなえる”だけ、面白くてためになる▼藻谷さんは『デフレの正体』『里山資本主義』でお馴染みのライター。日本総合研究所主席研究員で、今最も知的刺激を与えてくれる書き手だ。彼は「本もあまり読まず、ネットもテレビもほとんど見ず、日本と世界各地に設けた無数の定点観測点を繰り返し訪問し観察すること、『現場の知』を体現した人と対話を重ねること、それにいくつかの統計データの推移を分析すること」の三つを情報源にしているという。その藻谷さんが観光を核とした地域振興の分野で、この人以上の知識と見識を持ったひとはいないと太鼓判を押すのが山田桂一郎氏。スイス在住の「観光カリスマ」との触れ込みだ▼第一部では、山田氏が住むスイスのツェルマットという6千人足らずの村の観光への取り組みの紹介だ。スイスの各市町村で、地域経営の基盤になっているのが「ブルガーゲマインデ」と呼ばれる組織。住民自治経営組織とでもいうべき仕組みである。住んでいる人が「真の豊かさ」を感じられる地域を目指して、少数でも団結して目先の利害を超えて「一緒に稼ぐ」ことを前提に、域内利益を最大化させる活動を始めることだとの指摘はなかなか胸を打つ。第二部では、二人が観光立国とは名ばかりだと、徹底して現状を批判する対談が展開されている。いちいち御尤もだと思うが、素人の私でもなるほどと膝をうったのは、プロダクトアウトとマーケットインの発想の違い。前者は、顧客の意向、思いを無視して売り手の意思を押し付ける考え。後者は、旅行者が真に求めるものを提供するというもの。観光庁が取り組む広域周遊ルートも「ほとんどが各地の売りたいものだけを繋げた自己都合的なルートで」あり、「旅行者が巡りたくなる価値を提供しようとの発想になっていない」と手厳しい。「観光」というより「感幸」と呼びたいとの二人に大いなる心意気を感じた▼さて、この本で得た知識や情報をどう実際に生かすか。ここからが私の腕の見せ所だ、と言えば、皆さん笑われよう。あまりにも安易だと。しかし、やって見なければわからない。これまで、明石大橋が出来るまでは近畿圏に最も近い大型離島だったのが、出来てからは四国への単なる通過道になってしまい、今も昔も今一つブレイクしない淡路島。「国生みの島」と呼ばれるように神話に登場する伊弉諾神宮を抱え、「御食国(みけつくに)」と呼ばれるように、海の幸から山の幸まで何でもござれの豊富な食が食べられる島がこういう状態ではまことにもったいない。人生最終盤の終の棲家ならぬ、終の仕事場を得た私の真骨頂を発揮していきたい。(2016・12・2)

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燃えて生きた思い出だけが命に刻印ー志村勝之『こんな死に方を…』老化編を読む➃

生きている人間の体を構成する細胞が瞬時、新たに生まれたり、死んだりを繰り返しているとの科学的事実は凡愚の身においてさえ想像を膨らましてくれる。夜中に目が覚めてしまい、その後なかなか寝付かれないことがしばしばあるが、そういう時はやはり後ろ向きな考えに陥りがち。一方、早朝のウオーキングの際などは沸々とやる気が充満して来る。これって生の細胞と死にゆく細胞の比率に関係するのか、などと思ったりしてしまう。今の一瞬に死を覚悟する生き方をせねば、ということをわが身に言い聞かせる一方、生きて生きて生き抜こうと不老長寿を祈って見たりする。あい矛盾するこの姿勢の共存も細胞の生死に無縁ではないのかもしれない▼先日、ドイツから友人夫妻(日本人)が新たなドイツ人の友二人を伴って来日された。姫路城天守閣に登城したあと、西隣にある好古園に誘った。奥の方にある入口に入った瞬間、赤く燃えたつような紅葉が目に入り、みな思わず「おーっ」「素晴らしい」と声を上げた。一本だけだが見事に紅葉したモミジの木が遠来の友を出迎えてくれた。北陸路から京都、広島を経ての彼らの紅葉狩りの旅路の果てに出くわした姫路のモミジの歓迎ぶり。長く記憶にとどめて頂くようカメラのシャッターを切った。今朝ほども、その庭園からほど近い「千姫の小径」なる堀端を歩くと、幾本ものモミジが見事に紅葉しているのを発見した。カメラを向けている通りがかりの人と「本当にきれいですね」と言葉を交わし、お互いほっこりした気分に浸ったものだ▼我が人生の師・池田大作先生は写真においても卓越した能力の持ち主だが、先日も見事な紅葉の姿とともに、万人の詩心をとらえて離さない言葉を私たちに下さった。「燃えて生きたその刻(とき)だけが色褪せぬ今生人界の思い出となる」と。我が誕生月である11月が来るたびに思うのは、「この一年、燃えて生きてきたか」との自らへの問いかけだ。年々歳々出会う人も直面する仕事も違ってきているが、向き合う姿勢には、わくわくとしたり、燃えるというよりも、よく言えば淡々とこなす、厳しくみればやり過ごすという感が強い。気になる新聞記事やら映像場面やらを、切り抜いたり録画をしたりしても、頭に叩き込むことなく結局は棚ざらしの末に廃棄してしまいがちなことが多い。この人生の思い出となるような明確に命に刻印する生き方をせねばとの思いだけが空回りする▼昨日、志村勝之氏と夕刻から姫路で懇談する機会を持った。定年後のほぼ10年、臨床心理士として日々具体的な心のやまいや悩みを持つ人々と向き合う彼の姿はまぶしいほどに光っていた。彼の個人的な課題(いわゆる悩みめいたもの)はブログを通じて熟知しているのだが、それを包み込む大らかさに感嘆するばかりだった。当方は、衆議院議員を辞してちょうど4年。大学なら卒業の時だし、”石の上に坐る”時期も1年を超えた。日々多くの友との語らいをわが身に課し、新たな仕事に情熱を込めてはいるものの、まだまだ激しく燃えるところまでは至っていない。今日11月18日は、創価学会創立記念日だ。2年後に目標を定め、燃え上がる気概で大いなる出発をしていきたいと心に誓う。(=この章はこれで終わり。次回以降は「忙中本あり」のコーナーから「後の祭り回走記」に移します。2016・11・18)

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没頭できるものを持つ大事さー志村勝之『こんな死に方を…』老化編を読む➂

先日、NHK総合テレビの『プロフェショナル・仕事の流儀』を観ていて大いに考えさせられた。介護ホームを経営する40代の男性の、要介護者の側に徹して立つ仕事ぶり(大概の介護ホーム経営者とはこの人とはかなり違う)と、そこで暮らす何人かの要介護者の前向きな暮らしぶり(大概のひとは後ろ向きに陥りやすい)とが強く印象に残った。後ろから前へと、向きが変わるきっかけは、実はそのひとが”得意とする手作業”をしたことだった。一言でいえば、老化に抗する力は、「腕に覚えがあるかないか」がカギを握ると思った次第である。老化の果てに自分を失い、その極致としてのいわゆる「痴呆症」(今は「認知症」といわないと差別用語。だが、個人的にこっちが分かり易いのであえて使っている)になってしまう危険を救うのは、そのひとをそのひとたらしめている「得意技」を生かすことだ、という風に思わせられた(ということは「得意技」をもたないと危ういことでもある)▼男性の平均寿命が80歳、女性が86歳代といったように長寿が当たり前になってきた今日、老化とうまく付き合う方法が極めて大事になってきた。男性の場合、勤め人生活を終えて定年退職になってからのほぼ20年ほどの間における身の振り方が文字通り死命を決する。”会社人間”であった人ほど、志村氏がいう「志事期」をうまく乗り切れずに、茫然自失してしまいかねない。会社からの解放なのだから、本来はより元気にならねばならないのだが逆の場合が少なくない。女性の場合、特に専業主婦などで、夫が亡くなると、よりきれいになり、生き生きするひとが多いといわれるが、これは「圧政(圧性)からの解放」に成功したケースなのかもしれない▼男も女も死に至る前の一定期間を充実させるには、「得意技」をどう磨くか、あるいは新たに身に付けるかだと思うが、磨き方をめぐって私は生きたモデルが二人いると思う。一人は医師の日野原重明さん、今一人は書道家の篠田桃紅さんだ。共に百歳を有に超えておられるが、ますます盛んなお姿は、「現代日本の老人たちの英雄」に違いないとさえ思われる。このお二人は先年対談をされていたのをNHK総合テレビで観たが、色んな意味で対照的だった。片や理性のひと。方や感性のひと。日野原さんは数年先の日程まで、ことこまかに予定表に書き込んでいる。その歳にして今なお未来に生きる感じだった。篠田さんは明日の予定も書かないし、一向気にもしない風情。ひたすら今に生きるという姿が際立っていた。ともあれお二人は対照的に見えた▼お二人に共通するのは過去を見ないということだろうか。私はかねて物事に集中する時間を多く持つと、そのことに費やした時間はあとで帰って来るに違いないのではないかの仮説を持っている。つまり、我を忘れて没頭した時間は、あとでご褒美として天は恵んで下さる、と言った風に。逆にぼーっとして過ごすとそのひとの持ち時間は削られてしまう、というように。これって全く根拠はなく、思いつきのでたらめなんだが、秘められた確信としてわが体内に宿っている。古今東西の芸術家や優れた科学者らを見ていると、何やら時間を超越した存在が多く、そんな感じがしてならないのである。(2016・11・13)

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