もう一つの明治維新ー野邊地えりざ『紅葉館館主 野邊地尚義(のべちたかよし)の生涯

あまたいる私の友人の細君たちのなかで、本を執筆、発刊した人は今までいなかった。そこへ「家内が本を出したので、読んでくれれば嬉しい」と、大学同級の友・青木聡君から送られてきた。野邊地えりざ『紅葉館館主 野邊地尚義の生涯』。サブタイトルにー明治の民間外交 陰の立役者ーとある。著者は青木の妻君で、本名は智子さん。我々は大学を出てちょうど50年になる。この20年あまり、熱心な3人の幹事のお陰で、毎年一回東京でクラス担任だった小田 英郎先生を交えクラス会を続けている。20人ほどが集まる会の、青木も私もほぼ常連。親しい仲だ。智子さんとは一度会ったことがあり、かの有名な雙葉学園出の才媛(大学は慶応)であることは知っていた。ご先祖が高貴なお方とは聞き及んでいたが、野邊地尚義の玄孫に当たるとは知らなかった▼頂いてより一気に読んだ。力作である。歴史エッセイとして一級品だ。岩手に、京都にと、尚義の足跡を追って足を運ぶ。国会図書館始め各地の図書館に資料を求め、丹念に読み解いた結果が見事に蘇り、読むものの興を唆る。わたし的には、時折顔を出す、著者のルポ風の書きこなしが特に気に入った。京都の盛岡南部屋敷跡に立ち寄ったあとで、近くの割烹に入って食事されるくだり。これはもう最高。ご本人のその時の気分も巧みな表現で盛り込まれ、読んだこちらも行って見たくなるほど。他にも随所に著者の人となりの麗しさが嗅ぎとれ、興味深い▼じつは、恥ずかしながら、野邊地尚義を知らなかった。野辺地町という地名は知っていたが。そして、紅葉館なるものの存在も。本を読み終えてのち、ものの本を開くと、「蘭学者、英学者。日本の英学教育の始祖である。日本で最初の女学校である『新英学院 女紅場』を京都に創設した。芝・紅葉館館主を29年間勤め、明治の民間外交の陰の立役者となる」とあった。うーん。これほどの人物を知らずに、明治150年がどうしたこうしたとよく去年は書いたり喋ったりしたなあと、心底から反省する。津田塾や鹿鳴館は知っていても‥‥。この本を読んで大いに認識を新たにし、知識を深め、広げることが出来た▼高級な社交場としての紅葉館と並んでこの本に登場する鳩居堂は蘭学塾。両者共に、尚義とのゆかりは深い。ただ、鳩居堂といえば、京都や銀座にある有名な書画用品、香の老舗を想起する。一方、紅葉館が元は東京タワーの立つすぐ傍にあった(戦争で灰燼に帰す)と聞くと、今その近くにある懐石料理店『とうふやうかい』を思い出す。現役の頃、ここを時々訪れ、その庭の美しさに感嘆したものだ。この著作の中に登場する紅葉館の佇まいには遠く及ばないだろうが、ひょっとして、この店の創業者の頭には紅葉館のことがあったのかも。この辺りのことについてこの本で触れて欲しかったとの気はする。ともあれ、自分の無知を恥ずかしくなると共に、著者が羨ましい。野辺に咲く雑草のような無名のご先祖しか持たない身にとって、こんな素晴らしいご先祖の足跡、業績を辿れるなんて、凄いと。ぜひ著者には引き続き新たな歴史散歩風エッセイを書いて欲しいものだ。(2019-4-27)

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高まった興奮後のいささかの失望ー横山秀夫『ノースライト』を読む

横山秀夫の本にはいつも興奮させられる。『動機』『クライマーズ・ハイ』『第三の時効』『半落ち』『64』などから、数多い短編にも。今回数年ぶりに満を持して書かれた『ノースライト』も、読む前からのワクワク感があった。予想に違わずグイグイと引き込まれた。実在した建築家ブルーノ・タウトの影を追いながらの筋立ては、いささか高級感が漂い、これまでのものとは趣が異なる。その分一層謎解きへの興味は高まる▼この物語は、建てられた邸に注文主が入った痕跡がないまま姿を現さないという謎に、建築士が挑む形で進む。それに加えて、建築士の夫婦の離婚、そして娘との交流というお馴染みのパターンが加わり、さらに、彼が縁あって雇われる友人のちっちゃな建築事務所の建築コンペでの大事務所との競争という要素が絡む。この筋立てのなかに、タウトが作ったと思われる椅子の由来が浮かぶ▼全体を通じて、殺しの場面や血生臭さはない。死も、殺人ではなく、事故死か自殺かとの差異をめぐるものがメインだ。更に、辛うじて怪しげな男の存在が随所に影を落とすものの、恐怖感はさしてない。トーンとしてはどこまでも優しい。後半になって注文主と建築士の双方の父親の過去が顔をだし、急展開していく。基底部に「鳥」の存在があり、九官鳥が重要な脇役を演じるのは面白い。更に遺児のために父親の建築物を遺すとのくだりには胸打たれる▼こう書いてくると、お察しのようにいささかこれまでの横山作品と比較すると、物足りなさは覆いようがない。しかも、導入部で重要な役割を果たした椅子がなぜこの邸に持ち込まれ、そして残っていたのかの説明がない。読み終えて妙に気懸りである。わざと余韻を残すためか、はたまたこちらが読み落としたのか。だが、こういう推理小説もいいかもしれない。これなら自分にも書けるかもしれないという無謀な思いを抱かせる分、読者に限りなく優しいように思われる。(2019-4-25)

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昭和最後の父親像ー宮本輝『野の春』ー流転の海第九部ーを読む

私の妻はあまり本を読まない。正確にいうと、読んでるところを見たことがない。その彼女がこれまで読んだと思われる数少ない本が宮本輝さんのものだ。私も彼の本はそれなりに読んできた。この人は知る人ぞ知る創価学会文芸部員出身。作家としての手ほどきをしたのは、同文芸部草創の指導者・池上義一さんだ。『流転の海』の最終巻である『野の春』を書き終えた後、聖教新聞のインタビュー記事(昨年12-19付け)に小説を書く上での転機になったのは、人生の師匠である池田大作先生のあるスピーチに出合ったからだと述べていて興味深い▼『流転の海』はともかく長い。37年越しで著者は書き上げた。書くのも勿論大変だが、読む方もしんどい。著者の輝さんにとってこの本は、「家族伝」だから、思入れもひとしおだろう。それに付き合う読者は、よほど輝さん好きでないとついていくのに苦労する。私と輝さんはほぼ同世代なんで、この本を読み進めるにあたって、最初の頃は自分と彼の生い立ちを比べる気持ちが無きにしもあらずだった。しかし、途中でそれをやめた。あまりにも境遇が違うーとりわけ父熊吾の生き方ーからである。小説だから当然創作部分が入っていようが、大枠は変わるまい。こんな魅力溢れる男っているのか、というのが率直な思いだ▼全9巻を通じて何を一番強く感じたか。わたし的には、一言で言えば、「ほんとかよ。こんな親父っている?」というもの。しばらくして、「昔はいたろうな」ときて、最後は「団塊世代の親は、子の育て方を知らないままきたな」いう風なところで収まる。昨今の日本の、とてつもないくだり坂の風潮の原因は、団塊世代が子どもをまともに躾けてこなかったからだとの説がある。自分の子に対する姿勢を含めて、概ね賛同する。輝さんの親父熊吾は、別に口先だけで躾けめいたことをしたり、言ったりしたわけではない。全存在をかけて子供に自分の背中を見せて生きてきたのである。そういう親父とそこに反発しながら寄り添う母親を見ながら育った輝さん。この辺り、彼の今があるからこそ同調出来る▼ただ、私の率直な感想は息子・伸仁の描き方つまり輝さんの自画像が物足りない。20歳までだからこういうものなんだろうが、いささか遠慮しすぎでないかと思われるほど、影が薄い。我々と同世代の評論家・川本三郎は、毎日新聞の書評(2018-12-9)で「一人の偉大な大庶民の死は胸を打つ。男性作家が父親をこれほど魅力的に描いたことは特筆に値する」と結んでいる。私はこの父親像はどこまでが本当の事実で、どこからが創作、つまりウソなのかが気にかかる。もし、殆どが本当だったら、大変な父親だし、そうでなかったら、大変な息子だと思う。これっておかしな読み方だろうか。輝さんに本当の自伝を書いて貰いたい気持ちが読み終えた今高まってきている。(2019-4-22)

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生と創作への漲る意欲ー柳谷郁子『美しいひと』を読む

選挙期間中は流石の私も当然ながら本は読めず、4月に入って読後録も書けなかった。「忙中本なし」を実感する。しかし、習い性となった身としては、試験前に限って無性に本を読みたくなる学生のように、束の間読みさしの小説や随筆などを開いてしまう。著者の柳谷郁子さんから送られてきた『美しいひと』なる掌篇集を一日一篇、つまり10頁ほどづつ読み続け、ようやく終わった。この人、姫路が誇る女流作家である。私はひょんなことから評論家の森田実さんと彼女を結びつける役割を果たし、双方から喜ばれていることは既に触れた通りだ▼表題作のように、6頁のものから、一番長い50頁足らずのものに至るまで、全部で17の掌篇からなっている。繊細かつ大胆な内面を、美しいお顔立ちと穏やかな表情で覆い隠された著者の心のあやがジワリ伝わって、爽やかな思いに誘われる。帯には「人生の一瞬にひそむ妖しい機微」「人の一瞬を彩る華のごとき魔性」ーとあるように、恐らくは編集者は17の小さな物語に宿る、人の一瞬のこころの動きの共通点に着目したと思われる。続けて「人はこうして生きています。一粒の涙も微笑もみんなあなたです」と、柳谷さんが読者に語りかけたい思いに共感を訴えている▼私は、この本から、迫り来る「老いと死」に対して、いかに創作をし続けるかという著者のこころの叫びを感じた。「何処も彼処もが死者たちの影のそよそよと重なり合い擦れ合う気配で満ちているのだ(中略)今生きている者たちもこれから生まれて生きていく人々も、命という命はみな、死者の影たちの仲間なのだ」(「お札」)ーここには若い時には殆ど考えなかった「生と死」が奏でる、晩年における二重奏が聞こえてくる。私も深夜時々目が覚めて、この「気配」に引き摺り込まれてしばし眠れないことがこのところ少なくない▼一方、そうした「気配」に抗して、著者は人の内面に潜む強い欲求をこう表現する。「わたしの記憶、わたしの思い、わたしの望み、わたしの夢、わたしの論理、わたしの感受したもの、わたしの内の形の無いすべてをこの世にとどめておきたい、わたしはけしからぬ欲望の持ち主だ」(「放熱)」)ーこのくだり、「終活」にさしかかった全ての人に共通する思いではないか。わたし的には、17篇中でこの掌篇が一番の好みだ。ショパンとベートーヴェンの音の相違から始まって、主人公の身近に残った三冊の本と作家の話。それと絡めて老人ホームに入居している3人の老女とひとりの老人たちとの交流。主人公はその展開の中で「そうだ、わたしは壮大な物語を書きたかったのだ」「ああ、わたしは小説を書きたかったのだった」と叫ぶ。最後に「放熱を。放熱を」と闇に呟くくだりは強い共感を覚える。ほんのちょっとした紙数の中に、終着駅に向かうような人の姿が描かれていて強烈なインパクトだ。尤も「放熱」という言葉にはどこかで読んだもの(志賀直哉『暗夜行路』の「豊年だ、豊年だ」)と類似の印象を受け、多少の違和感は否めないが。 (2019-4-11)

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深くて面白い台湾風ー呉佩珍・白水紀子・山口守編訳『我的日本』を読む

「台湾人の観光」に興味を持つに至ったのは、この冬に台湾に行く機会があり、その際に駐台北の沼田幹夫・日本台湾交流事務所代表(台湾大使)の話を聞いてからのことである。同大使は、私がインバウンドに取り組んでいると知って、こう訊いてきた。「貴方は外国人の旅行者に対する日本人バスガイドの能力がどのくらいか知ってますか?」と。私があまり知らないと答えたことについて、それではいけないと窘められたうえで、「自分は台湾の富裕層たちの日本旅行グループに随行したが、彼らは自前のバスガイドを台湾から連れて行ったのです。それは日本のバスガイドが極めていい加減だからです。一方、台湾人バスガイドはもうほんとうに日本の観光地について驚くほど詳しかった」と。この時から、台湾人に、尋常ただならざる日本通が多いことを意識した▼そうした折に、『冬将軍が来た夏』で有名な甘耀明氏や、『自転車泥棒』の呉明益氏ら台湾の作家たちの「日本旅行記」が刊行されたと新聞紙上で知って、読む気になった。18人の作家たちの競演は、なかなか興味深い中身で、大いに感じ入るところがあった。人気はやはり京都で、真正面からこの地に行ったことを取り上げ、タイトルにまでしているものが3本もあった。それ以外は、東北、東京、北陸、九州などを舞台に、日本史、日台関係史、宗教、言語、文化交流といったように、さまざまなテーマに触れられている。インバウンドを数的角度からしか見てこなかったことを、台湾作家たちの眼差しの深さを知るに至って、大いに反省した▼私が一番興味を持って読んだのは黄麗群の『いつかあなたが金沢に行くとき』。日本では「小京都」との形容で、何かと比較される金沢だが、この人は見事なタッチでこの地の独自の美しさと文化性を高らかに謳っている。いつも私は京都と金沢を比べて、前者は文化を売り物にしているが、後者は文化そのものの中に町がある、との説を述べることにしている。山崎正和さんと、丸谷才一さんの対談『日本の町』からの受け売りである。黄さんは微に入り細にわたって金沢の美しさを語っているが、「よりによって外は濃艶だが、中身は淡くのんびりしていて、円熟した大人の仙女の姿の裏に『無心無意』が隠されているようなところがある」との表現をこれからは付け加えることにしようか▼読み進めてきて最後に行き着いたのが舒國治『門外漢の見た京都』。これはもう凄い。20頁にも渡って京都礼賛が延々と続く。「私が京都へ行くのは〜のためだ」とのフレーズが、文中に10箇所ほど出てくる。曰く「他の地で消え失せて久しい唐代、宋代の情緒に浸るため」「竹籬茅舎のため」「田舎の棚田のため」「小さな橋や流れる川のため」「大きな橋と流れる水のため」に行くのだ、とのオーソドックスなものから「酸素のため」「眠るため」「芝居の中に入り込むため」「見るため」などと言った〝あばたもえくぼ的〟なものまで。ともかく見るもの、聞くもの京都は素晴らしいと来るのだから、いささか辟易しかけた。丁度そこへ、拝観料をめぐって「金を払う価値のない所は確かにある」との記述が出てきて、襟を正すことに。ともあれ、これほど詳しい「京都入門」は読んだことがないと錯覚する。ご本人はそれでも飽き足らないとみえ、文末に「(京都の魅力ある場所を)一冊の本にまとめ、そうした眺望と、一瞥と、大まかな観察を通じた京都を専門的に詳しく語りたい」と結ぶ。「京都」を知ってるようで知らない関西人として、恥ずかしさと羨ましさの入り混じった妙な気分にさせられた。(2019-3-31)

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古いものにこだわり続けた結果ー野口悠紀雄『平成はなぜ失敗したのか』を読む

先日、BS朝日の日曜夕刻の人気番組『クロスファイア』を見ていると、評論家の田原総一朗氏が早稲田大ビジネス・ファイナンス研究センター顧問の野口悠紀雄氏らと出演。野口さんの『平成はなぜ失敗したのか』を推奨していた。経済の観点から、平成を振り返ったもので、「失われた30年の分析」というサブタイトルに惹かれて読んでみた。失われた10年が20年になり、そして30年になったという見立てに残念ながら共感するだけに、それを最初から順次追うよりも、ではどうすればいいのかという最終章「日本が将来に向かってなすべきこと」から読んでみた。一読、いささか落胆せざるを得なかった▼今後の日本経済の抱える問題として❶労働力不足への対処❷人口高齢化による社会保障支出増大への対処❸中国の成長などの世界経済の構造変化への対処❹AI(人工知能)などの新しい技術への対処ーという4点を挙げた上で、既得権の打破が重要な課題だとしている。これって、いかにも誰でも指摘する平凡な処方箋に見えるのではないか。だが、ちょっと待て。早飲み込みで思い込みの激しい私らしい勝手な解釈は思い止まろう、と考え直して、最初から読み始めた。いやはや、実に面白い。というか、この本、野口さんの個人的回顧録風、平成経済分析になっていて、ステーキのコース料理に、最初だけでなくその都度野菜が付け合わせになってるように中々食べやすいのである▼平成が失敗した最大の理由は、世界の国々が次々と経済構造を変える試みをしているのに、日本はいつまで経っても、ものつくり、即ち、製造業に依拠することにこだわり続けたことにあるとする。リーマンショック前の数年間の日本企業の業績回復を「長い不況からの回復」「新しい成長の始まり」「これからは日本の時代だ」と捉えたものが一気に崩れた。「アメリカの住宅価格バブルの崩壊によって、日本の製造業が壊滅的な影響を受けた」ことへの認識が極めて弱かったとの指摘は重い。要するに、日本人の多くが「輸出立国モデルが崩壊した」ことに無頓着で、結局は「日本経済の実体は古いままだった」ことでよしとしてきたというのである▼ショックは他にも数多ある。例えば、アメリカでの日本人の留学生が少ないとの指摘だ。中国、韓国からの留学生がぐんぐん増える一方、日本人の留学生は減る一方、統計データの仕分けでは日本は今や「その他」に分類されているという。また、古いビジネスモデルに固執し続けた日本の企業実態についても。世界で「水平分業型」工場への移行が進んでいる頃に、「垂直統合型」のそれにこだわり続けた、と。具体的例として、パナソニック大赤字の原因として姫路の新工場が挙げられているのは、我が地元だけに身につまされる。また、たまたま、地域おこしの実体験で25日から二日間徳島行きでご一緒した、神戸山手大学のY講師の弁が気にかかる。ヴェトナム人留学生と日本人学生を比較すると、圧倒的に前者が元気で全てに意欲的。日本人大学生は皆大人しくて内気だという。数だけでなく質的側面でも日本人の劣化が際立つ、と。こう見ると、やはり、将来展望は暗くならざるを得ない。さてどうするか。(2019-3-27)

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この30年の移ろいの真の切なさー芹川洋一『平成政権史』を読む

「細川護熙から、麻生太郎に至るまで、日本の総理の名前を順番に言えますか?またそこに一つの特徴があるのをご存知?」ー民主党政権が誕生した頃のこと。ソ連からロシアへの100年の変遷の中で、10人の指導者が変わったが、その人たちの順番に法則がある(ハゲ・フサフサが交互に登場)というギャグを聞いて、思いついた。日本の場合はわずかな期間に10人も立て続けに変わっており、しかもそこにもあるひとつの特徴を見出せるからである。お分りだろうか。それはさておき、日本経済新聞論説フェローの芹川洋一さんが『平成政権史』を書かれたと知って、飛びついた。平成の30年が終わろうとする今、うってつけの本であり、近く私風の『回顧録』をまとめる際に、参考にしたいからだ。加えて、彼が中心になってまとめた日経の『憲法改革』なる本の、目の付けどころを高く買っていたからである▼この本は、竹下登政権から説き起こし、今の安倍晋三政権に至るまでの30年17人の政権について、それぞれどんな政権だったかを、10編に分けて追っている。ご本人があとがきで書いているように「独断と偏見のそしりをおそれずに、政権の特色を簡潔にまとめ、平成の政治を大づかみにすることをめざし」ており「日本の政治の30年が縦と横から見えてくるのではないか」と自負しておられる。もちろん、大筋でそれは間違っていない。昭和44年、佐藤政権の頃から公明新聞の政治部記者として曲がりなりにも18年、昭和末期の頃の衆議院秘書を経て、平成元年に衆議院議員候補なって苦節5年の末に当選し、20年間政治家を続け、引退後5年余の今に至るまで、ずっと日本の政治を見続けてきたものとしても、役立つ視点は少なからず見出せる。そして、この間、小沢一郎という政治家に翻弄され続けたという底流に流れるものもよくわかる▼だが、それを認めた上で、この30年史は、脇役を欠いた映画のように、物足りなさが残ることを指摘せざるをえない。「芹川さん、これはちょっと」と。なぜか。公明党に向き合った記述が殆ど出てこないのである。そのうちきっとと思い、最後まで読み続けたが、見事に期待は裏切られた。小渕政権のところで、辛うじて「今日につづく自公連立の起点がここにあることは第1に指摘しておかなけてばならない」とあるだけ。しかも、本文最後に「30年たって政党の体制がもとに戻ってしまった」として、めまぐるしく政権の組み合わせは変わってきたが、結局、全く同じだというのである。以前の、自民・社会・公明・民社・共産の5党から、今の、自民・公明・立憲民主・国民民主・共産の5党へと、「かりに立憲民主党を社会党に、国民民主党を民社党と想定すれば、全く同じである。30年たってひと回りということ」だ、と▼確かに表面的にはそう見られる側面は否定しない。しかし、「全く同じ」とは。公明党は30年前には野党だった。今は与党である。いくらその存在が軽くとも、それを押さえずに、この30年の政治を概説したと言えるのだろうか。これでは孫や子に残す平成政治の歴史としても不正確と言われよう。安倍長期政権の理由として10の項目をあげているが、その中の四番目に「保守派の政権ながら、政策が左側、中道リベラルの側を向いている点こそ政権延命の肝である」とある。ここに、公明党との連立政権の特徴の表れを見ずして何を見るのか。続けて「野党的な考え方を先取りして、無党派層を取り込むねらいがみてとれる」と、その「現実主義者」としての側面を指摘していることを見ると、公明党を意図的に外したとさえ思えてしまう。「独断と偏見」だから、そんなに目くじらたてないで、と言われるのかもしれないが、それでは余りに切ない。(2019-3-18)

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混沌とする国際情勢の見極め方ー佐藤優 宮家邦彦 『世界史の大逆転』を読む

「奇しくもほぼ同時期に外務省を離れた二人が、過去数十年の経験を踏まえ、それぞれ思い思いの視点から、激動する国際情勢の方向性を見極めようとする新たな知的試行錯誤の結果である」(宮家邦彦)「現在の国際情勢は、きわめて混沌としている。こういうときに役に立つのが、地政学と思想史だ。(中略)地政学においては大陸国家と海洋国家という二つの基本類型が存在する。大陸国家は領域的拡張を、海洋国家はネットワークの形成を重視する」(佐藤優)ー国際情勢のルールが変わったとのサブタイトルがついた、佐藤優氏と宮家邦彦氏の対談本『世界史の大逆転』から、各章ごとに注目される発言をピックアップしてみた▼⚫︎「米朝首脳会談後の東アジア」(第1章)ー仮に、朝鮮半島が統一か軍事境界線が取り払われると、韓国が大陸国家性を強めることになり、中国、ロシアの影響下に置かれると日本にとって脅威である。日本は防衛線を対馬に引かねばならず、その安全保障政策は根本的に変わってくる(両者)。⚫︎「国際情勢は『感情』で動く」(第2章)ー北方領土問題の「現実的な落としどころとしては、近々に日ロ平和条約を締結し、歯舞島と色丹島の主権は日本に、一方、国後島と択捉島の主権はロシアに帰属させる。さらにこの平和条約に、『歯舞群島と色丹島の引き渡しに関する協定は、協議を継続したうえで策定する』と定めるのでは(ないか)」(佐藤)▼⚫︎「核抑止から核拡散の時代へ(第3章)ー核をめぐっては、最重要なことは、思考停止せずに、あらゆる可能性を想定して、「ではどうするか」をタブーなしに議論すること」(宮家)である。「日本は非核化政策を貫くべきではあるが、核兵器をつくる原子物理学的な能力はもっていたほうがよい」し、「『つくる能力はあるが意思はない』と国際社会に示すことが重要」(佐藤)。⚫︎「混沌する中東と『脱石油』の衝撃」(第4章)ー「(自分がエネルギーの危機管理担当だったら)原子力、LNG(液化天然ガス)、石炭、石油、それに再生可能エネルギーを組み合わせたベストミックスをめざす。それが最適解だ」。エネルギー産業やエコノミスト、学者、軍事専門家らみんなが知見を出し合い、最善策を議論する必要がある」し、加えて、「経済にも安全保障にも精通した人材の育成も急務」だし、「いまからでも和製エネルギーメジャーの創設めざすべき」である。(宮家)▼⚫︎「AIが世界の『常識』を覆す」(第5章)ー「AI兵器の誕生は、従来の『核抑止論』を根本的に変える可能性がある」ので、「本来なら日本もAI技術の軍事応用を進めるべきなのだが、今の日本にはAIを軍事に応用するという発想そのものがない」(佐藤)。「せめてカウンターAIの研究くらいは今からでも遅くないから、予算をつけて始めるべきだ」(宮家)。⚫︎「民主主義はもう限界なのか」(第6章)ー「私はいまの世界を『新・帝国主義』の時代であると分析して」おり、これは「昔の帝国主義のように植民地を獲得するのではなく、外部からの搾取と収奪によって生き残りを図る」という意味で、「グローバル化の進展」と「国家機能の強化」という二つの異なったベクトルの引っ張り合いが繰り広げられる」(佐藤)ことになる。以上ほんのさわりだけ挙げてみた。随所にお二人の鋭い分析がみられる極めて刺激に満ちた面白い本である。(2019-3-11)

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奥深く幅広い「旅」ードナルド・キーン『日本文学史』を読む

作家のドナルド・キーンさんが亡くなったと聞いて、三つのことを思い出した。一つは、塩川正十郎さん(故人=元財務相)から、キーンさんの『明治天皇』上下2巻を勧められた上、実際に頂き、苦労して読んだこと。二つ目は新幹線車中で近くに極めて似た人が座っていながら、声をかけずに済ませてしまったこと。三つ目は、『日本文学史』全18巻を読み終えているのに、『忙中本あり』に取り上げていないことである。正確に言うと、半分の9巻まで読んだ時に、書いている。2014-10-29に、「ドナルド・キーンの案内で辿る日本文学の旅」のタイトルで。ということで、残りの9冊についても触れて、決着をつけることで、自分なりの追悼の意の表明としたい▼膨大な日本文学の論及の中から、代表的な3人だけを取り上げて読後感とするのは、甚だ心もとないがお許しを。明治150年の節目に、西欧文明と格闘した漱石の苦悩を思い起こすところから。キーン氏(以下著者)によると、『草枕』は「漱石文学の中でもっとも意図的に日本の伝統的手法を取り入れたもの」であるが、漱石はそれ以後ぷっつりとその追求をやめ、嫌悪していたはずの西洋文学に傾斜を強めていく。その結果、「『生命のやりとり』をするような小説を書こう」との「決心は、後続の作品に力を与え、多くの日本人読者をして漱石を尊崇させる因となったが、文学にとって貴重ななにものかー一種の詩ーを奪ったと言える」とする。かくいう私も漱石文学の詩的なるものを排して、人生と真正面から対峙するテーマを追う姿勢が好きで、これまできた。その辺りを再確認するべく今、漱石全集読破に挑戦中だが、著者の視点は大いなる水先案内人足りうる▼一方、森鴎外について。偶々、鴎外の孫・小堀欧一郎さん(医師)の著作『死を生きた人々』を読み、かつNHKスペシャルで、この人の在宅診療ぶりを感動のうちに観たこともあって、改めて祖父・鴎外に関心を持った。「語られぬ部分があまりに多い彼の小説は、ちょっと読んだだけでは味があまりに淡白に過ぎ、今日の読者を堪能させるまでには至らない」という。確かに、私には近寄りがたい存在だ。著者は、ディレッタント(好事家)だった鴎外について「翻訳、物語、戯曲、詩、小説、評論、史伝等に」と、活動は様々に広がったが、「偉人として後世の人に仰がれる存在になった」という。その理由は「文武両道をきわめた者として、日本の伝統的理想を、身をもって行ったからである」とする。日本の伝統から離れたと見られる漱石と真逆といえようか。数多の弟子がいた漱石と、全くいなかった鴎外と。対称的な二人はどこまでいっても興味が尽きない▼「鴎外を神のように尊敬すると自認した」三島由紀夫について、著者の眼差しは鋭く、微に入り細を穿つ。「日本文学の古典から得た情緒を、繊細で古風な文体を用いて再現するのがうまい神童だった」か弱き少年が、やがて「筋肉たくましいおとなになり、鴎外の歴史小説に出てくる主人公そのままに真一文字に腹かききって死ねる男になった」のだが、「実は、それが話のすべてではなかった」と、筆を運び、「この古武士に見まがう人間が、死の日に、近代日本文学の一級の部に入る作品を書き上げていた」と、読み物風のタッチで読者を引き込み、『豊饒の海』四部作へと導入していく。日本の近代・現代文学史に興味を持つ向きには堪えられない面白さがそれこそ満載されている。例によって「一度読んだだけ」の私だが「読書の本懐は再読にあり」を実践してみたいものだと思うに至っている。(2019-3-3)

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政治家の資産公開より資質公開をー大山礼子『政治を再建するいくつかの方法』を読む

先日、故大沼保昭元東大教授を偲ぶ会があった。ご生前に奥様や娘さんらご家族も含め親しくしていただいたことや、『忙中本あり』で、ご著作を紹介するたびに喜んでいただいたりしたこともあって、一泊二日で上京した。予想通り、会場の如水会館は一杯だった。6人の代表の方々の弔辞はいずれも本当に心打つ聞かせる内容だった。死の病の床にあって遺著『国際法』の執筆に全魂を注ぐ一方で、ご自分の葬儀における全てをプロデュースされ、弔辞者を指名し、それぞれの中身にまで注文をつけられたというから驚くほかない▼献花の後、隣のホールで参加者の懇親会があった。読売新聞の特別編集委員の橋本五郎氏と故人を偲ぶ会話を交わした際に、談偶々、大山礼子『政治を再建する、いくつかの方法』に及んだ。「政治制度から考える」との副題がついているものだ。その角度に大いなる興味を持ち、読み終えたばかりだったので、「あれ、いいね」って水を向けた。彼は同調せず。寧ろ否定的な雰囲気だった。その理由を問ういとまもなく会話は中断。この人、『二回半読む』との著作を持つ、名うての書評家だけに色々不満があるのだろうと理解した。だが、そうなると、「一回だけ読む」の私としてはムラムラと天邪鬼心が鎌首をもたげた▼大山さんは今は駒沢大教授だが、以前は国会図書館に勤務。かつて勉強会にお招きし、お話を伺ったことがある。国会の仕組み、政治家のありよう、選挙制度の問題点に、一家言も二家言も持っておられる様子がありありだった。案の定というべきか、今回の本は壊れた政治の再建に向けて、真正面から斬り込んでいる。お粗末な議員立法の現状。法案修正がほぼ皆無の実態。予算を論じない予算委員会の惨状。使われていない国政調査権の不思議。いずれも本質を突いた議論の展開で、読み応え十分だ。更に、議員の無能さを暴いた章も面白い。危険水域に達した政治不信の背景にある政治家不信について、実例を挙げている。とりわけ政務活動費や職務手当の使われ方など、傾聴に値するものばかりである。議員経験者として、我が身の不明を棚上げにして、この手の議論に参画することは面映ゆい限りだが、この際お許しを願いたい▼私の政治再建に向けての持論は、国会議員の仕事ぶりを詳らかにすることに尽きる。衆参両院の全ての議員の国会での質疑の中味、日常活動の現実などを赤裸々にする事で、一気に国会の雰囲気は変わると確信する。それを恐れている議員が多いのは間違いない。政治家の資産公開を公表するのもいいが、政治家の資質公開の方がよほど意味がある。どこに基準を置くのかなど、もちろん問題なしとはしないが、世の英知を結集することで幾らでも可能だ。こういった議論のきっかけをもたらす本として本書は価値がある。ただ、惜しむらくは課題への挑み方がソフトに過ぎる。この辺りが五郎さんも恐らく気になってるのかも。国会審議は無意味?無能な議員が多過ぎる?などと、各章立ての語尾に全て 「 ?」 がついているのがその証拠だ。? はつけず断定をして欲しい。(2019-2-26)

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