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自前の歴史観を持ちたいとの渇望ー佐伯啓思『「保守」のゆくえ』

 朝日新聞を自宅で購読することを来月からやめるつもりだ。長い間まさに愛読してきたのになぜなのかはここでは触れない。それよりも今やめると読めなくなるのが惜しいコラムがある。佐伯啓思(京都大名誉教授)さんの『異論のススメ』だ。この新聞が今辛うじて存在感があるのは、自社の主張とほぼ真反対の考えの持ち主を「異論」として登場させることだろう。この6日付けの「重要政策論の不在 残念ー森友問題一色の国会」がその典型だ。朝日新聞こそこの国会における野党の戦いぶりのこよない応援団であり、主導的役割を果たしている。その新聞が、佐伯さんの批判的意見をオピニオン欄の最下段とはいえ掲載し続けているのは面白い。この問題については与野党とメディアの双方に責任があると思うがこれもここでは触れない。佐伯啓思さんの近作『「保守」のゆくえ』を読んだ。先に西部邁さんが亡くなった時に、その志向するところの類似性に思いを馳せ、よりマイルドなのが佐伯さんだと書いた。かつて若い頃に嵌りかけた評論家・福田恒存氏の延長線上にも位置しよう。この本はまさに現在展開する諸事象の根源的な問題の所在に迫っており、「保守」の真髄とでもいうべきものを明らかにしている■我々が物心ついた頃から一貫してあった「保守対革新」の対立の枠組みが潰えてほぼ30年。いわゆる冷戦が幕を降ろしてからの時期と重なり、日本にあっては平成の30年とダブル。ソ連の崩壊とともに内外における「革新」の退潮があり、世界は混とんとしたカオスの状態に陥っている。佐伯さんは、冷戦とは「ソ連社会主義や共産主義という理想へ向けたそれこそ究極の『進歩主義』と、それを押しとどめようとするアメリカ中心の『保守』との対立」と見なされていたが、実はそうではなく、「計画的・平等主義的な進歩主義」と「競争的・自由主義的な進歩主義」の対立であったという。そして、「保守」を定義し論じることの難しさを正直に告白している。巻頭に掲げられた「無秩序化する世界の中で『保守思想』とは何か」で8つの基本的論点をあげてはいるが、何れも真正面からの定義づけではない。すべて「まともに論じるのにはかなり骨の折れる」ことで、「多くの場合、保守思想は、何らかの具体的な問題状況のなかで、それに即して論じるほかない」としている。まさに、これは私たちが中道主義とは何かを論じる場合と同じだということは興味深いものがある■この本はある意味で解のない論考といえ、矛盾の只中にある課題を考える解決への糸口を示しているに過ぎないものかもしれない。しかし、それゆえにこそ著者の苦労がしのばれ、その思考の所産を頂く喜びも大きい。様々な果実の中でわたし的には、「近代日本とは何であったか」とのテーマに関するものが参考になる。最も読み応えのあるのは第三章「歴史について」で、「「アメリカはその普遍的理念が挑発されていると感じ、中国は『中国』という国家そのものが挑発されていると感じ、イスラムはイスラムの宗教原理が侵食されていると感じて」、悪循環の回路にはまり込んでいる、と。で、最大の問題は「諸国家の利益の対立」ではなく、「西洋啓蒙主義が生み出した歴史観によって作り出された『近代』をめぐる価値の対立」にあると「見ておくべき」だという■西洋の歴史観に翻弄されてきたのが明治維新から150年の日本近代史であり、そこからの脱却こそ日本の大いなる希望であると私は思う。神道日本に仏教、儒教、キリスト教などの外来宗教、思想が入ってきたが、江戸期まではなんとか凌いで、自前の思想的なるものを持してきた。だが、明治に入って科学技術の鎧を纏った西洋啓蒙主義の怒涛のような侵入の前に、日本はなすすべもなく降参してきた。そこから何とか超えるための思想、歴史観の確立を急ごうと私など考えてきた。佐伯さんは「現実的な選択肢として、ポツダム宣言の背後にある歴史観を俎上に挙げ、アメリカの政治信条というべき『近代主義』の普遍的歴史に対して、われわれの歴史観を打ち出すなどということが容易にできるとは思えない」というのだが、そうだろうか。いかに困難であっても、自前の歴史観を持ちたいと渇望する。この本を読んで改めて一層その思いを強めた。(2018・4・10)

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日本3分断の危機ー門田隆将『死の淵を見た男』を読む

大津波が福島第一原発を襲った。「全電源喪失、注水不能、放射線量激増」-わたしたちが生まれ住むこの国・日本が殆ど死滅する寸前までいっていた。北海道と東日本、西日本に3分割されかねない状況ーもちろん東日本は人の住めない地域になるーにあったということを改めて思い知らされ、背筋が凍る。誰しも思い出したくないこととして、わざと忘れたふりをしている事実の集積が目の前に突き付けられる。読み終えて改めて思う。タイトルの『死の淵を見た男』はどうもふさわしくない。ここは『国家の死の淵をみた人たち』にすべきではなかったか、と。門田隆将ー元週刊新潮の記者にして、読売テレビ『そこまで言って委員会』の常連出演者。この人の成し遂げた仕事はとてつもなく大きい。7年前の大震災による津波で被った福島第一原発の被災は、あの「チェルノブイリ」の10倍にも及ぶものであった。それをギリギリの状況で食い止めたのは吉田昌郎所長とその部下たちだった。それを克明に記し続けた門田氏。何よりも驚くのは事故後僅か1年半余りで出版されていることだ。私が読んだのは2016年に一部加筆修正された文庫版による。先日ご本人がテレビで説明しているのを見て、手にしたのだからいかにも遅い。恥ずかしいことだがこの7年避けてきていたのである■政治家のひとりとして、関心があったのは、あの時の首相・菅直人氏の対応だ。彼が事故直後に現地に行ったことで、対応に多くの齟齬をきたしたことは良く知られている。この本でもそのあたりは極めてリアルに描かれている。いかに菅直人という人物が常軌を逸した怒りっぽいひとであるかが手に取るようにわかる。日本は、大災害の時代といわれるこの30年ほどの間に、村山富市、菅直人と二人までも統治能力に欠ける政党の、しかも統率力のない人物をトップに抱く不幸な巡りあわせに出くわした。だが、門田氏は丁寧に菅首相の言い分もしっかりと記載している。決して一方的に断罪はしていない。尤も、もう一人当時の政権にいた政治家が幾たびか登場するが、彼は驚くほどきちっと対応したかのように書かれている。その人物をそれなりに知っている身からすると、いささか眉唾もののようにさえ思われるほどだ。この辺り門田氏がわざと彼我の差を対比させたのかもしれない。国家存亡の危機に際して政治家の立ち居振る舞いは極めて大事で、仮に自公政権だったらどうだったろうかなどと思いを巡らせてしまう■だが、ここではそうした対比よりも、壮絶なまでの危機に立ち向かった時の東電の職員や自衛隊を始めとする様々な現場の戦いぶりを命に刻みたい。吉田昌郎、そして伊沢郁夫(事故時の当直長)や平野勝昭(その日偶々病院検査のため当直長を交替)を始めとする人々の文字通りいのちを賭けた言語を絶する奮闘ぶりは、社会学者の開沼博氏が解説に書いているように「(原発や福島に関する)玉石混交の書籍の中で、本書は間違いなく『歴史に残る3・11本』だ。それは筆者である門田隆将さんの圧倒的な力量による」し、「当時の福島第一原発で働いていた人々はもちろん、官邸、自衛隊、住民にも細かくインタビューを重ねながら状況を重層的に、広い視野を持ちながら描き上げた『福島第一原発事故の教科書』と言っても良い内容だ」との評価は全く同感する。吉田氏は若き日より宗教的素養があった。道元の『正法眼蔵』を座右の書にし、般若心経を諳んじるほど。そして命をかけて事態の収拾に向かう部下たちをして、法華経における地涌菩薩に見たてていた。残念ながら彼は事故の8か月後に食道がんの宣告を受け、その翌年(2013年7月9日)に帰らぬ人となった■吉田氏については作家の黒木亮氏による『ザ・原発所長』なる本がある。未読ではあるが、ネットによると、作者は吉田氏の生い立ちと人間形成の過程を明らかにし、彼の功罪を論じる材料を提供したものだとしている。要するに吉田氏の「光と影」のうち、影の方にも目を向けているのだろう。要約すれば彼が原発所長として、「本社で津波想定を潰した一人だ」し、補修や保安点検作業を大幅に切り詰めた張本人だという。「安全設計を自分でゆるがせにしておいて、事故が起きたら想定外だと言い逃れ、悲劇のヒーローになっているのは許せない」との声も東電の技術者たちの一部から上がっている、と。そうしたことがあったにせよ、この国が死の淵に立ったときに彼らがそれを救ったことは間違いない。光と影の双方を見据えたうえで、なおあまりある得難いものを提供してくれる本である。(2018・3・30)

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元を正せば脳内ホルモンー中野信子『ヒトは「いじめ」をやめられない』を読む

先日、久方ぶりに映画を観に行った。今話題の『北の桜守』である。吉永小百合の120本目の出演作で、総合雑誌『潮』の「人間探訪」欄に、同映画の監督・滝田洋二郎さんが取り上げられていたこともあり、足を運ぶ気になった。映画の出来栄えについては、泣けてくる感動はあったものの、スピードとリアル感がないと満足しない私としては”いま一の作品”だった。吉永小百合のあの若さは尋常ではない。それこそ特殊メイクをほどこして年相応の苦労がしのばれる老母に見せてくれなければ、と思ってしまう。感情を昂らされたのは、次男が子ども時代に仲間からいじめを受けるシーンだ。貧しいこどもを皆で寄ってたかって辱める場面は印象深い。後年になっていじめの張本人にたまたま”意趣返し”する機会が訪れた場面はカタルシスさえ感じる■実は、先に紹介した『不死身の特攻兵』と併せて高柳和江さんが同時に薦めてきていたのが、中野信子『ヒトは「いじめ」をやめられない』である。つまりご丁寧にも2冊送ってきてくれた。というしだいで、映画を観た後に改めて「いじめ」を考えるに及んだ。高柳先生は、「特攻兵」を読んで、その非効率さ(殆ど飛行機による敵艦体当たりの成果は上がってなかった)と共に、日本の軍隊における理不尽極まりない「いじめ」に改めて憤りを感じた。集団から外れることを避けようと、外れたヒトを皆でいじめるパターンを日本的なマイナスの文化として指弾する。彼女は、中野さんが脳科学者として縦横無尽に「いじめ」について語っているのを知り、私に読ませたいと思ったのに違いない。確かにこれまでの「いじめ」に関する本とは違った視点が提供され、刺激を受けた■「いじめ」に関わる脳内物質としてオキシトシン、セロトニン、ドーパミンの三種類が紹介されている。それぞれ、仲間意識を作るホルモン。安心感をもたらすホルモン。快楽をもたらすホルモン。一言でいえばこういう風になる。このうち注目されるのはセロトニンで、早く言えば、これが少ないと不安感を感じる傾向が強い。しかもこれが日本人はほかの国に比べて多いという調査結果がある。それによると、調査の対象になった29か国中最も多いのが日本。日米比較をすると倍も違う。つまり、日本の方が心配症のヒトがどの国よりも多く、アメリカとは1対2というから驚く。中野さんは「日本人は、先々のリスクを予想し、そのリスクを回避しようと準備をする『慎重な人・心配性な人』、さらに他人の意見や集団の空気に合わせて行動しようとする『空気を読む人』が多くなる傾向がある」という。なぜ日本人にそういう傾向が強くなったのか。中野さんは江戸時代に原因を求めている。つまり、平和な時代だったがゆえに、皆と協力する人、リスクに対して慎重で裏切り者には糾弾する人が生きやすい傾向が定着、それが後々の日本人の遺伝子に反映されたというわけである■これまであまりこんな風の日本人論はお目にかかったことがなかった。こうした遺伝子が持つ傾向ゆえに、日本人にいじめが多いと言われても俄かに賛同でき難いのだが、興味深い指摘ではある。更に新たな発見として、いじめが増える時期が6月と11月だとの主張にも驚く。日照時間が変わると、「セロトニンの合成がうまくできず、分泌量も減り、その結果、不安が強まり”うつ状態”を経験する人が散見される」と。この時期は運動会や学芸会など団結が求められるだけに、いじめの標的になると過激になりやすい、とも。そうしたことから人間関係のトラブルを避けるための手だてを実に細かく提案している。はたして学校現場でこれらに着目するかどうかわからないが、取り入れてみる価値はありそうだ。また、学校や教師の側は「いじめがなかったらなかったことにしたいというのが本音のはず」だから、あやしげなものは見て見ぬふりをするのは自然だという。このため、いじめを報告する努力が報われる環境を作るとか、現場の教育関係者のモチベーションが高まる仕組みを担保する必要を強調している。日本でいじめが激化しやすいのは同調圧力という向社会性ー先生すらも傍観者にさせてしまう同調圧力の強さーだとの指摘は深刻にならざるをえない。(2018・3・26)

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ぬるま湯の時代に激しい生と死を選んだー西部邁『保守の真髄』を読む

思想家の西部邁さんが亡くなって二か月ほどが経つ。生前に全く接点がなかった人ではあるが、妙に気にかかる人ではあった。とはいえ、彼のものは我が書棚に一冊もない。その思想があまりにラディカル過ぎてついていけそうにないというのが正直な理由だった。そこへ「自死」をされたということを知った。急に読みたくなった。数多の作品の中から『保守の真髄』を選んだ。4章に10節づつ、全部で40節。右手が頸椎摩滅と腱鞘炎の合併症からきた激しい神経痛のために使えず、口述筆記で娘さんの世話になったと冒頭に断りがある。ほぼ遺言風のものであり、胸打たれた。思想の中身はともかく、その生き方はまことに慄然としており、ぬるま湯につかったような生き方をしてきたとの自覚がある身にとって、大いに考えさせられる■ほぼ10歳年下で、若き日にしばしば語り合った後輩の佐伯啓思氏(京都大名誉教授)の「追悼文」(朝日新聞1・25付け)が読ませた。「お前は何を信条にして生きているのか、それを実践しているのか」との「生への覚悟」を常に問いかけられた、と。西部氏は「社会に蔓延する偽善や欺瞞の言説に我慢がならなかった」し、「過敏といってよいほどに繊細な感覚と激しい感情」と「冷めきったような理性と論理」の持ち主だった。であるがゆえに、「決まりきったような党派的意見や個人的な情緒の表出をもっとも嫌っておられた」。この辺りの言動のスタイルは、西部さんとは4歳上の故市川雄一公明党書記長と通ずるものがある。佐伯さんとは4歳ほど上になる私に、市川さんは常に政治家は「何になろうと思うな。何をするかだ」と問いかけられた。そして、透徹した論理展開のもとに、政治家としてなすべきことに果敢に挑戦して足跡を残された。後輩たちには、かりものでなく自分の頭で考えることを常に求められた。知ったかぶりを極度に嫌い、少々的外れでも自分の意見を持つものには耳を傾けた。彼我の差(並行的ではなく斜交い的に)は質的かつ量的に違うものであることを分りつつ、束の間敢えて対比して見たい気になってしまう■西部さんのかねてからの「改憲論」や「核武装論」そして「反米自立論」が、私をしてその作品群を遠ざけた直接の原因ではあるが、ここで語られる「文明に霜が下り雪が降るとき」や「民主主義は白魔術」での要旨には、激しい共感を覚える。とりわけ「近代化の宿痾に食い荒らされたこの列島」の節での「模流時代に喉元まで浸かってきた」が、今やその水位は「頭頂にまで達してしまっている」というところなどには。世の中に無視されてきた彼の予測した事態が今頃になって、重しがとれた湯の中の板のように浮かび上がってきたという他ない。ただ、民主主義批判の在り様においても西部さんのそれはあまりにも苛烈であるがゆえに人々の賛同を得られなかったように思えてならない。佐伯さんが同じことを言ってもその表現が極めてソフトであることと対比されよう■この本の最終節は更に共感を呼ぶ。「人生の最大限綱領は、一人の良い女、一人の良い友、一冊の良い書物そして一個の良い思い出」とのG・K・チェスタトン(イギリスの作家)の言葉を引いているくだりである。「世界社会主義革命」を呼号する輩が横行している時に皮肉を込めて述べたものだ。西部さん自身はしばしば若者にこの言葉を語りかけた。そして難しさの順番は、思い出、友人、女性、書物の順だとする。その理由は(戦争のような)死活の場面を共有することが少なくなったからだ、と。「死を覚悟した勇気」を発揮する場面が今はないと言いたいのだ。最後に、彼が「病院死と自裁死のいずれをとるか」を問いかけ、後者を選んだ過程は深く重い。かつて厚生労働省で仕事をした際に、新たな医療保険制度に「後期高齢者」との名称を冠することにした。死をどう迎えるかの準備として、75歳を私たちは区切りとしたのである。世間では不興を買ったものだが、辻事務次官(当時)始め、当事者のひとりであった私は動じるところはなかった。「自裁死」を選ぶつもりは今の私にはない。だが、「病院死」も選びたくない。ではどうするのか。「自宅死」か。誰に看取ってもらうのか。こう考えると俄かに答は出てこない。考え続けている間は死なないだろうとの錯覚に身を委ねているだけかもしれない。思想的信条の相違を離れて、最終節は今に生きるすべての人が考えるべき材料が提起されている。他の彼の主張とほぼ同様に無視されてしまうのは、あまりにももったいない。(2018・3・18)

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「戦後」が「戦前」に繋がらないためにー鴻上尚史『不死身の特攻兵』を読む

「僕はどうしても、この人の生涯を本にしたかった」-日本劇作家協会会長の鴻上尚史さんの本を感動と共に読み終えた。『不死身の特攻兵』である。ここで描かれたのは「必ず死んで来い」と上官から言われ、9回出撃しながらもそのつど生還し、92歳まで生きた佐々木友次さんという元特攻兵。新聞の書評欄で見たもののあまり気乗りせずに放っておいた。そこへ笑医塾の高柳和江さん(元日本医大准教授、小児外科医)から、「ぜひ読んでみて」と送られてきた。「特攻」ものは友人の息子で戦史家の畑中丁奎『戦争の罪と罰 特攻の真相』を先年読んでおり、気にはなるものの暗い中身が予想され、引くところがあった。が、高柳先生のお勧めには外れがないし、据え膳食わぬわけにもいかぬ思いでページを繰った■いやはや読んでみると息を吞み続けるど迫力。冒険推理小説を思わせるほどの運び方の巧みさ。直ぐにひきこまれた。先週の読後録(『敗者の想像力』)で紹介したように、我々戦後人は「すくすく育ちすみやかに老いた」。ものごころついた頃には高度経済成長の真っただ中。中年期には「バブル絶頂」。貧富の差はあれども、基本的には豊かな生活を享受してきた。そしてあっという間に高齢者から後期高齢者の長蛇の列に並びかけている。そんな「戦争を知らない老人」たちは、あの7年間の占領期さえも自覚せずにやり過ごしてきた。召集令状に戦慄した若者や家族たちから70有余年。今では、血液検査票に一喜一憂の日々だ。そんな私たちのついひと時代前の特攻兵。同じ日本人として彼らの血涙と苦悩を解っているのか。鴻上さんの仕事は、戦後を呑気に生きてきた老人たちを生前の修羅場に連れ戻す■「帰ってきた特攻兵」ー不遜な言い方になるが、興味津々のテーマである。90歳を超えて目の光を失った元特攻兵へのしつこいまでのインタビュー。奇跡というよりも運を文字通り天から招き寄せた体験の数々。「人間は、容易なことで死ぬもんじゃないぞ」-日露戦争の激戦を生き抜いた父の言葉が繰り返し頭をよぎり胸に迫る。その強い確信を胸に、好きで好きで仕方のない大空を明けても暮れても飛んだ。理不尽そのものの戦地にあって、佐々木さんの言動は驚くほど冷静で強く逞しい■特攻をめぐる本は夥しいほど出版されている。最終章「特攻の実像」はあたかも文献解題の役割を果たしており興味深い。「すくすく育ちすみやかに老いた」元政治家の私も、特攻については殆ど知らずに定番の”美化的風潮”に冒されてきていた。辛うじて50歳代前半に広島・江田島の海軍兵学校跡地や鹿児島・知覧基地に行き、当時の雰囲気を齧って知ったかぶりをしていただけ。そんなわが身がただ恥ずかしい。全軍特攻化を強いた連合艦隊参謀に徹して拒否した、美濃部正少佐。その姿は眩しいまでに光る。それに比し嘘をつくことに躍起となった上官たち。戦後長く生き続けた彼らの事実の数々は重く悲しい。そして大衆に受け、売れるから戦争を煽って書いたメディアの実際も。戦後70数年。「ここまで来て、ようやく冷静に『特攻』を考えられるようになった」と。「戦後」が明確に終わらぬまま新たな「戦前」の匂いが漂う今、極めて重くのしかかって来る言葉だ。(2018・3・10)

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すくすく育ちすみやかに老いた「戦後」ー加藤典洋『敗者の想像力』を読む

この本の指向するところは極めて深く重い。わたしより少し若い、いわゆる団塊の世代に属する著者だが、こうした論考は日本社会ではこのところ忘れられているように思われる。昨年末の新聞読書欄で知った、加藤典洋『敗者の想像力』である。著者の言わんとするところは、日本人は先の太平洋戦争で敗れ、未だに真の意味での独立を達成していないということを自覚していない。占領期が終わって66年程が経っているのに、皆知ってか知らぬか、日常的には何も違和感を持っていないということに尽きよう。ゆでガエルの挿話が分かりやすい。「カエルを入れた水槽を温め、徐々に温度をあげていく、すると、そこから飛び出す機会を見つけられずに、カエルはついにはゆであがって、死んでしまう」との話である。「日本は未だ米国に占領されており、独立していない」のに、気づかず、ゆで上がってきているということなのだ■冒頭にカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』を用いつつ語っているところは、クローン人間をめぐっての”私の浅読み”(過去に取り上げた)を自覚させられたうえに、「独立と占領」について大いに考えさせられた。ショックを受けるに十分な内容で、ぐいぐい引き込まれた。更に、日本には占領期の経験を描く文学作品が少ないのはなぜかとの指摘も興味深い。「日本は敗戦を終戦と言いかえたし、占領軍も、自分を進駐軍と言いかえた。占領をするものとされるものの、あうんの呼吸の協力があった」との記述は言い得て妙である。敗戦、占領というマイナスイメージを押さえることが両者にとって都合が良かったということだろう。というように様々な観点から日本は本当の自画像を知らないでいるのかもしれない■ただ、一方で、加藤氏のような戦後史の捉え方を「自虐史観」として切り捨てる立場についても触れざるを得ない。この主張をする人々は、概ね「戦前への回帰」を志向し、戦後の支配的潮流となった「欧米的民主主義」を否定的に捉えてきた。いささか極端に言えば「皇国史観」といえ、民族の誇りを前面に押し出す考え方である。ある意味で戦後の日本は、まさにそうした二つの史観の対立、抗争の時代であったと言えよう。戦後そのものが人生のすべてである昭和20年生まれの私にとって、少年期から青年期にかけては文字通り「民主主義」の申し子であった。無批判に”戦後の甘い果実”を享受してきた。しかし、長じてはそんな境遇に疑問を抱くようになったというのが偽らざるところだ■戦中派の思想史家である橋川文三氏は、敗戦前の20年余りが戦禍の連続であった日本を、「ながいながい病床にあった老人」と捉え、敗戦をその老人の死と表現した。それを引用した後、加藤さんは「戦後の時代にやってきたのは、新たに生まれた早熟な子が、みるみる育ち、しかし、すみやかに年老い、もう一度老人になって再度、『ながいながい病床』につくようになった、という経験だった」としていることは極めて印象的である。いかにも、という自虐性は感じるが、しかし、確かにすみやかに年老いてしまって70歳を超えた身として笑ってしまうほどの共感も覚える。大江健三郎と曽野綾子という今に強い影響力を持つ文人同士の”暗闘”ともいうべき事件の存在などの事実も興味深い。他に手塚治虫の『鉄腕アトム』と宮崎駿の『千と千尋の神隠し』の漫画・アニメの世界の比較やら、日本のそれとアメリカのディズニーのものとの比較など極めて面白い。さらに、映画『ゴジラ』と『シン・ゴジラ』論などなかなかに読ませる。こうした一連のテーマを取り上げているのだが、若干消化するのに苦労することを告白せざるを得ない。(2018・3・4)

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貧困な我が想像力に戸惑うばかりー今村昌弘『屍人荘の殺人』を読む

この本に関する関係者の絶賛ぶりを目にして、読まない人はおかしい。だが、読み終えて全く感心しないーという私は恐らくおかしい。今村昌弘『屍人荘の殺人』を私が読む気になったのは新聞書評による。本屋で手にした表紙の帯には、「21世紀最高の大型新人による前代未聞のクローズド・サークル」とあったうえ、人気作家の圧倒的な支持する声がずらり。このところ推理小説は読んでなかったこともあり、迷わず買った。そして悪戦苦闘して数日かかって読み終えた■私がこの本に賛同しないのは勿論理由がある。一つはリアルがないということ。二つは、影の主役の登場がおもわせぶりに書かれているだけ。恐らくは続編に出て来るに違いないが、もう少し触れてくれないと面白くない。小説の世界だから何を書いてもいいという風にはわたしには思えない。こんなこと絶対起こらないと思わざるをえない舞台設定には生理的嫌悪感を持ってしまう。いやあSF小説はどうするのかなどと言われたくない。一方で登場人物の描き方などにリアル感が漂うだけにちぐはぐさが馴染めない■すべては冒頭の手紙に匂わせられている、班目機関なる「特異集団」のしでかしたことで、今後に続くのだろうが、それなら最後になんらかの予告がないと中途半端な感じがしてしまう。実は名探偵シャーロック・ホームズとその友人ワトソンを思わせる明智と葉村という名の大学生が登場するのだが、早々と明智が死んでしまうことに、奇妙な感情が沸いてくる。嘘だろう、と。次々死にゆく人々の展開に読み手の意識が追いつかないのである。密室殺人の粋がこめられているとか、トリックが密接に組み込まれていると言われても■あれこれとケチをつけてしまった。結局はわたしという人間が創造力が貧困で、推理小説の何たるかを知らないということに尽きるのかもしれない。こんなにも絶賛するひとがいるのに。真逆にこういう本が凄いという人たちはいったいどういうひとだろうと思ってしまう。私の感性がおかしいのか。この本を推す人たちがおかしいのか。是非皆さんもこの本を読んでみてほしい。(2018・2・24)

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忘れられた本来の役割を覚醒させるー島田雅彦『深読み日本文学』を読む

島田雅彦という作家はNHK好みなのか、テレビにラジオによく登場する。軽いノリとイケメンが影響してか、私的にはあまり好みではなかった。だが、この本(『深読み日本文学』)はそうした私の”僻み根性”を一掃するに足る面白い中身を持った本である。まず序章の「文学とはどのような営みなのか」に強い共感を覚えた。昨今のグローバル化の進展の中で、効率主義、成果主義がはびこり、人文社会科学を軽視する傾向が極めて強い。私の親しい古田博司筑波大教授によると、その分野はもはや風前の灯で、次つぎと講座は縮小されていくと聞いている。こうした傾向を冒頭で島田さんは厳しく断罪する。先の見通しが立たない現代だからこそ、未来に起きる予測できないことに備えるためにも人文社会系の知識を学ぶ必要がある、と。「(その分野の)教養のない人間が政治家になると歴史認識において大きな躓きを招いてしま」いかねないと忠告し、「エセ文学的な『言葉の悪用』をする人たちを批判するのが、文学の本来の役割」だと言い切り、小気味いいばかりだ。政治家としては文学に関心を持ってきてせっせと本を読んできた身としては、まさに我が意を得たりというところである■日本文化の基本概念が紫式部の『源氏物語』に流れる「色好み」であろうことには誰も異論はない。島田さんは、そこに端を発した伝統的傾向が江戸時代に受け継がれる経緯を分り易く説く。天皇を中心とする貴族たちの宮廷から、町人たちの遊郭へと担い手は移り、物語の内容も「もののあわれ」から、より下世話な快楽主義へとの変化は、時代を貫いて伝わって来る。そしてそれが千年経った20世紀において、谷崎潤一郎の文学に体現される、と。「エロス全開ースケベの栄光」といった直截な命名ぶりには、いかにも著者らしさが窺え、感動する。東洋・日本の光源氏と西洋・スペインのドン・ファンにおける「女たらし比較」論は実に面白く読ませる。「狩猟採集民族系」対「農耕民族系」との捉え方は、前者があらゆる世界に「敵意」をばらまくのに対して、後者は「友愛」を運ぶとの仕分けを生み出し、味わい深い■江戸期の井原西鶴『好色一代男』は、世之介54年にわたる性遍歴を描き出して、『源氏物語』のパロディだ。数年前に現代語訳をした島田さんが「フィクションとはいえ、『人間はここまでバカになれるのか』と、呆れるのを通り越して一種の尊敬の念を抱かざるを得なかったのも事実」としているのに、私としては笑いを禁じ得なかった。近松門左衛門の『曽根崎心中』は、心中を様式美にまで高めていったとし、自殺を流行らせる傾向をヨーロッパのゲーテの『若きウェルテルの悩み』と対比させているところも読ませる。さらに西鶴や近松の手法が現代のライトノベルに受け継がれているとの捉え方も。谷崎潤一郎の作品を読むためのポイントのくだりも面白い。➀根っからのスケベであってほしい➁悩める知識人であってはならない➂常に何かを崇拝し続けるということ。しかもその対象をコロコロ変えていかねばならない➃戦争といっさい関わりをもたない➄老いてなお悟ってはいけないー「不道徳講座」の見本みたいなまとめ方である■もちろん、こういった「チョイ悪爺」が喜びそうな日本文学の伝統ばかりが書かれているのではない。「恐るべき漱石」や文学上の奇跡としての樋口一葉についてのくだりも惹きつけられる。さらにナショナリズムを人類の麻疹として捉えたり、戦中、戦後はどのように描かれたかとの視点も興味深い。生真面目な生き方に憧れてきた私としては、漱石や鴎外などといった正統派の文学に偏った読み方をしてきた。島田さんがあとがきで「文学とは時に不徳を極めた者を嘲笑うジャンルであり、権力による洗脳を免れる予防薬であり、そして求愛の道具であった。(中略)バラ色の未来が期待できない今日、忘れられた文学を繙き、その内奥に刻まれた文豪たちのメッセージを深読みすれば、怖いものなどなくなる」と結んでいる。こういう境地に達していない「浅読み」の爺さんとしては、日暮れて道遠しであり、老いてなお怖いものだらけであるのは切ないばかりだ。(2018・2・19)

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ことば遊びの粋がきらめくー柳澤尚紀『日本語は天才である』を読む

いやあ、面白かった。痛快そのものの読後感で、胸のつかえがすっと落ちたあとに、日本人としての誇りが高まって来る。柳澤尚紀『日本語は天才である』を読む気になったのは毎日新聞の書評欄を見て。10年程も前に刊行されたとのことだが、知らなかった。というよりも翻訳家としての著者そのものの存在さえ知らなかったのだから。あらためて我が呑気さに呆れる。この人、ジェイムス・ジョイスの『フィネガンス・ウェイク』を見事に翻訳した、天才翻訳家だ、と。そう聞いても、その価値が分らないのでは始末に負えない。まあ、遅ればせながらこの辺りの領域にも足を踏み入れるか、と考えるところがまだまだ若いというか、未熟なじいさんだと自嘲するしかない■柳瀬さんは冒頭に翻訳家として、日本語が天才であると思ったきっかけを三つ挙げている。一つ目は、”You are a Full Moon.”と”You are a fool,Moon.”という二つの英文を挙げて、月が怒った理由が分るように日本語訳をした時のケースだ。耳で聞くと、この二英文は音の誤解を生み出す。通常は、これを「やあ、満月さん」「バカなお月さんだなあ」と訳すのだろうが、これでは月の怒ったニュアンスが出ない。そこで「されば、かの満月か」と声をかけられたのに、「去れ、バカの満月か」と聞き違えたとして、翻訳をした。(この辺り分かり辛い向きは本を読んでみてください)30年前のことだが、「されば」と「かの」という文語的表現の存在に今も感謝している、と。二つ目は O note the two round holes in onion.これは、「おおタマネギの二つの円い穴に注目せよ」と訳すと、面白味が訳されないので悩んだというのだ。確かにonionという単語には、よく見るとoが二つ入っている。そこで、考えに考えた結果、たまねぎという日本語の単語にも「ま」と「ね」に二つ円い穴が開いてることに気づく。確かにそうだ。三つめはEvil とLive と翻訳した時のこと。これは、悪と咎という言葉に結びついていくが、ここではもう触れない。ともかくこの後、日本語の天才的凄さを次々と挙げていく■そんななかで、私としては最終章の「四十八文字の奇跡」に感動した。「いろはにほへとちりぬるをわかよたれそつねならむうゐのおくやまけふこえてあさきゆめみしゑひもせず」「色は匂へど散りぬるを 我が世誰ぞ常ならむ 有為の奥山経越えて 浅き夢見じ酔ひもせず」ーこのいろは歌(実際は47文字だが、最後に、んを付け加えて48文字とする)は「世界に類のない奇跡、日本語という天才のみが生み出した奇跡」だと言われてあらためてほれぼれとするのはわたしだけではないはず。7つの段落に分解すると、それぞれの語尾が「とかなくてしす」となる。これを柳瀬さんは「咎なくて死す」というメッセージが浮かび上がるという。ウーン、ナルホド。これは奥が深い。いや、深すぎる。さらにあれこれといろは歌を作ったり、ことば遊びの数々を披瀝してくれて飽きない■この本のなかには現代日本の文学を彩ってきた様々な作家や批評家の言葉が出てくるのを追うのも楽しい。とりわけ言語学者の大野晋さんとのやり取りには注目だ。大野さんの『日本語の年輪』なる文庫本を読むことを強く勧めている個所に出くわし、これも早速買い求めて並行して読んだ。こちらはまさに由緒正しい国語を理解するための正攻法からの本である。であるがゆえに、一層柳瀬さんの変化球というか、クセ玉乱発の「天才ぶり」が際立つ、こちらの方が面白い。(2018・2・11)

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大阪の女興行師のど根性に圧倒されるー山崎豊子『花のれん』を読む

このところNHKの朝ドラを観るなどどいう習慣がついてしまった。つい5年ほど前には考えられなかった。それだけ朝の時間帯に余裕ができたのだろう。今はご存知『わろてんか』である。このドラマは吉本興業の創業者(吉本せい)をモデルにしているというが、大分趣きを異にしているかに思われる。今一歩笑うところがすくないうえ、ピリッとしたところもない。そんな不満もあって以前から読みたいと思いつつも敬遠してきた山崎豊子『花のれん』(かつて舞台や映画に登場)を読むことした■いやはやこれは凄い。彼女がこれで直木賞をとり、その後の作家生活に本格的に入っただけのことはある。まず感心したのは文章のテンポである。きりりと鋭い文章がこぎみよくとんとんと進む。読みながら吉村昭の文体を思い出した。加えて、大阪弁の面白さだ。解説で山本健吉は「大阪弁独特の柔らかさとまだるさに、融通無碍ともいうべき巧みな曖昧さが加わって、角をたてずにスムーズにビジネスを推し進めることに役立っている」とご本人のエッセイから紹介している。私など残念ながら悪評高い播州弁の姫路生まれゆえに本格的な大阪弁とは縁遠い。改めてその効用を知って感激した。恋を語る場面で「おいでやす」というと、「一杯飲み屋の客引きのよう」などに聞こえるとか、「大阪弁で独白すると、心理の緊迫感がなくなってしまう」など、笑いを誘う展開にも惹きつけられた■この小説を通じてわたしてきには、明治から大正、昭和にかけての日本文化のこよなき伝統を感じた。昭和20年以後の戦後に育った世代が、子や孫に伝えきれていない日本の古き佳き生活習慣。そうしたものがそこはかとなく伝わって来るのだ。ルビがうたれた漢字を読むことで、既に忘れてしまっている日本語(例えば、吝嗇=しぶちん、お為着=おしきせなど)の妙味も次々と蘇ってきた。ちょうど並行して読んでいる『日本語は天才である』とか『日本語の年輪』などに相通ずるものがあり、興味深い■それにつけても主人公・多加の女興行師としての立ち居振る舞いは凄まじいの一言だ。自分のところの寄席に名だたる真打を呼ぶために、公衆便所の(今と違って水洗ではない)汚い便器に跨って待ち伏せして、札を押し付けるなど「大阪商人」のど根性を次々と見せられて圧倒されるばかりである。テレビを先に見てから小説を読んだために、てんと多加とのあまりにも落差の大きさに戸惑うばかり。また、二人の夫の差も大きい。小説では妾の家で同衿中に死んだことになっているが、流石に朝ドラではそういうわけにはいかない。小説もテレビドラマの脚本も、創作なのだからと思いはするものの、どうしても実在の人物たちと二重写しになってしまう。まして我々世代にとって懐かしい花菱アチャコや横山エンタツが出てきたりすると尚更だ。とはいうものの、そこは映像の面白さ。てんのかわいさも捨てがたい。などなど何やかやとあって今朝も朝ドラに見入ったしだい。(2018・2・5。一部手直し=2・7)

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