「心臓病、糖尿病、脳卒中などの病気(成人病)は、胎児期にできあがる胎内環境にその起源がある」──「成人病胎児期発症説」を詳しく説明したのがこの本である。従来からの「受胎時に決まる遺伝子が赤ん坊の身体を左右する」との「遺伝主義」を否定し、「生活習慣病」という名が意味する「環境決定説」も退ける。1980年代から提唱してきた英国の医学者・デイヴィッド・バーカー教授のこの仮説を、「21世紀最大の医学仮説」として、日本にあって高く評価し続けているのが、福岡秀興医学博士である。この本の監修者であり、「日本の危機的状況」というタイトルの解説を書いて、ダイエットに勤しむ若い母親たちに警告を発している。兵庫県姫路市生まれ、私とは同郷であり、30年来の友人でもある。初めて会った頃から今に至るまで、一貫して変わらず日本の若い女性たちに対して、スタイルを気にする〝やせ願望〟への苦言を呈し、正しい食生活の大事さを説き続ける。
「ジョン・クレッグは角を曲がってブランチ・ロードに出ると、堤防に続く下り坂を歩いていく」と、小説風の書き出しで始まる。この人物がその後、突然、腕から左腕、首にかけて鋭い痛みが走り、救急車で病院に運ばれる。医師の診断を受け心臓病発症を告げられた。クレッグ氏はいったいなぜこうなったのか、タバコも吸わないのにと、ぼやく。看護師は「あなたのお父さんも心臓病だったそうですね。だからこれは家系ですよ。遺伝なんです」と、伝える。その会話を聞いていた、隣のベッドのモハン・ラオというインド系の男性が口を開き「私の場合は、インド人の遺伝子が悪いんだとさ。糖尿病になりやすいんだ。出身地のマイソールは糖尿病が多くて、心臓病になる人がたくさんいる。わたしはその両方になっちまった。まだ、35歳で、肥満でもないっていうのに」と。実は私もこの会話に似たような経験をした。かつて脳梗塞で入院した時に、「運動もしてきたし、タバコも吸わない。そやのになんでこうなるんだ」とぼやいた私に「運動してても、タバコ吸わずともなる人はなるのよ!」と、女医から言われたものだ。
●成人病の起源
著者は、いわゆる成人病がなぜ発症するのかについて、地理的な分析に始まり、個人の一生、とりわけ発育期の研究に取り組む。一方、胎児の栄養源を追うため、妊娠女性の食生活を検証するなど、広範囲な分野からの調査内容を分かりやすく解き明かす。その結果として、「成人病胎児期発症説」を提案するに至っている。このことを監修者の福岡さんは「読み進むうちに、最初は荒唐無稽であると考えていた人であっても、次第に納得していく自分の姿に気付かれる」「ごくごく常識的な考え方なのである」と推奨する。福岡さんは、「日本では成人病を生活習慣病と名付けたことから、厚生労働省には生活習慣病対策室という成人病に対する部局があり、一般的にも生活習慣病検診という名称が定着しつつある」として、「成人病は遺伝素因に加え、生活習慣に起因するところが大きいとの認識が独り歩きしてしまい、(中略) そこから成人後の生活習慣のみ注意すれば成人病が予防できるという考えが起こってくる可能性があり、これはまさに、成人病の本質を大きく見誤る」と、厚労省の責任を力説しているのだ。
福岡さんが昨今の若い女性たちの平均体重の低下について警鐘を鳴らしていることには十分にうなづける。「やせ状態の女性が妊娠した場合は、すでに低栄養状態で妊娠したことになるし、妊婦健診では、体重増加を抑制する指導が多い。このような環境では胎児発育に大きな影響が出ると考えられる」と述べ、「小さく産んで大きく育てる」との日本の慣用的パターンが、いかに危険であるかを強調している。妊娠中も母体本体を痩せたままの状態にしておき、小さく生まれた赤ん坊に一転過剰な栄養を与えるというやり方は、理にかなっているとは思えず、危険なことだといえよう。胎児期の栄養状態が成人病の主犯であるかどうかについては、異論があろう。遺伝、生活習慣との複合的相互作用ではないかと言うのが常識的見解のように思える。だが、「人生のベストスタートは胎内で始まる」から、母親の健康が第一ということには誰しも首肯できると思われる。
【他生の縁 遺伝も生活習慣も胎内説も】
物腰柔らかく、紳士然とした福岡さんですが、成人病が胎内から始まってるとの主張については一歩も引かぬ強い姿勢を崩されません。姫路出身の仲間たちが集まると、時にこのテーマが話題になり、侃侃諤諤の論議となってきました。
私の父も糖尿病を患っていましたし、私自身盛んな飲み食いを生活習慣にしてきました。加えて、母親から、お前がお腹にいるときは、大豆だけが栄養だったと聞かされて育ちました。戦争末期の生まれですから当然でしょう。となると、やはり、三つの要因が重なってるように私には思われます。